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◇
「ということで結婚してください」
「──ぎゃあ!」
俺より身長が高くなり、お世辞にも「可愛い」とは言えなくなった心矢が、俺の手を握って愛の告白をしてきたのは、彼が高校に入学してきた早々のことだった。
俺の教室に来たかと思えば、満面の笑みでドアから顔を覗かせて手招きする心矢。
そんな彼を見て、全身に鳥肌が立ったのと、汗を滲ませたのと、頭が真っ白になったのは記憶に新しい。
元々、心矢は俺に執着している節があった。
中学生の時も同じ部活に入りたがったし(と言っても俺はテニス部の幽霊部員だったためほぼ帰宅部だった)、一緒に帰りたがったりもした。
卒業してからは高校の校門まで迎えに来て「一緒に帰ろう」と腕を引いてきたりもした。
まだ中学生の頃までは「弟的な存在」で可愛かった。
身長もそこまで差がなく、人懐っこい犬のようでもあった。
しかし、高校生になったら話が少し変わる。
彼は俺が通う高校を、わざわざ選んだのだ。
俺は、恐怖した。
ここまで執着してくるなんて、と驚きを隠せなかった。
そして、最終的に心矢は俺に「結婚してくれ」と申し出た。
急激に成長した心矢を見上げる羽目になった俺は、目を白黒させ、言葉を失った。
──一体、何だってんだ。
彼の言葉を咀嚼しきれないまま、俺は心矢の瞳を見つめた。
幼少期から変わらない茶色の瞳は、あの日より切れ目でスッとしている。
顔つきも大人っぽく変化し、俺より年上に見える。
世間でいう「イケてるメンズ」へと変貌した心矢に求婚された俺は、どうして良いか分からなかった。
「し、し、心矢。もしかしてお前、幻覚が見えているのか? 俺が、美少女に見えてるのか?」
「ううん。ゆうくんは、ゆうくんだよ。どっからどう見ても、男だね。美少女とは程遠い……」
「じゃあ、なんで!?」
なおさら俺は戸惑った。声を張り上げた俺の口元を、心矢が手のひらで覆う。
「ゆうくん。声、大きいよ」と囁かれ、さらに眩暈がした。
──な、なんかちょっとエッチだ!?
しかし、そんな考えとは裏腹に、心矢は話を進める。
「結婚もいいけど、先に交際だよね。じゃあ、今日から付き合って」
「い、い、い、意味わからん! なんで結婚? 交際!?」
「え……」と心矢が目をまん丸とさせた。青天の霹靂と言わんばかりである。
やがて眉を八の字にさせ、しょんぼりとした。
その姿は叱られた大型犬のようで、庇護欲が擽られた。
「だって、ゆうくん……約束してくれたじゃん……」
心矢は目を伏せ、唇を尖らせた。その仕草が年齢相応に見え、良心がちくりと痛む。
同時に約束とは一体なんのことだ、と小さい脳みそをフル回転させた。
しかし、浮かぶのはくだらない約束事ばかりだ。
埃被った記憶の中でも、彼の言う「約束」は尻尾さえ見せない。
黙りこくった俺を見かねたのか、心矢がひとりごちるように呟いた。
「公園で……ゆうくんが「お前が高校生になっても好きな人がいなかったら、考えてやらなくもない」って、言ったじゃないか……忘れちゃったの?」
心矢の言葉を聞いた瞬間、電気のようなものが走った。
一気に古い記憶が呼び起こされる。そして、鮮明に再生された。
ベンチに座るまだかわいい頃の心矢。そんな彼を慰める俺。
アホな約束をして、ゆびきりげんまんを交わす俺たち。
──言ってたわ。
完全に失念していた俺は、そこでようやく、なぜ心矢が俺に執着心を見せるのかを理解した。
「あの日から、ずっと僕はゆうくんのこと……好きだったのに……ひどいよ」
心矢が目元を腕で覆う。肩を震わせ始めた。
いよいよ泣き始めた心矢に、俺は慌てふためく。
心矢に招かれ、教室を抜け出した俺たちは人通りの少ない廊下で話をしていた。
しかし、周りの目はものすごく気になる。
「何あれ、いじめ?」と通り過ぎる女子生徒が、ヒソヒソと話をしていた。
「し、心矢、泣くなよ。ごめんって」
「でも、忘れてたんでしょ? ゆうくん」
「あ、あはは……」
「笑って誤魔化してる、ひどいよ」
鼻を鳴らす心矢が可哀想に思え、手を伸ばす。
「忘れてないって」と頬を引き攣らせながら彼を撫でると、その手をガッと力強く掴まれた。
「じゃあ、結婚しよう」
心矢が両手で、俺の手を包み込む。キラキラとした目には涙などなく、俺は瞬時に「騙された」と理解した。
「忘れてないって言ったよね、ゆうくん。じゃあ、約束守ってね。結婚しよう」
「う……うぅ……」
ジィッと目を見つめられ、全身に汗が滲む。
どう答えていいのだろうか。この回答で俺たちの関係性がガラリと変わってしまう。
それに、俺は心の準備というものができていない。
急に今まで弟みたいに可愛がってきた年下の男に結婚を申し込まれて「そういや、約束してたな。よし、結婚しよう」とはならない。
誰だって、そう簡単に割り切れるはずがない。
「や、約束は守る。ただし……」
「ただし?」
「お前はまだ、高校生になったばかりだ。そんなお前も、生活が変われば気分が変わるかもしれない。だから二ヶ月だけ、猶予をくれ。その間に、新しい出会いがあるかもしれないだろ?」
心矢はまだ、高校生になったばかりだ。
子供の頃にした約束に縛られすぎて、周りが見えていないだけかもしれない。
高校生の新生活なんて、そりゃあ楽しいことが溢れている。
視野を広くしたら、俺への執着心が解かれるかもしれない。
もしかしたら良い女子生徒(もしくは男子生徒)と出会う可能性だってある。
「なにも、そう焦らなくたっていいじゃないか。な? 俺はいつだって、消えることなく居るわけなんだし。そういうのは心に余裕を持って、行動に移すべきだと思うんだ」
「そうだろ?」と首を傾げて促すと、心矢は黙ったあと、ポツリと呟く。
「そんなに僕のこと、嫌いなの?」
「違うよ、心矢。好きだからこそ、お前に理解して欲しいんだ」
恨めしそうに俺を見つめる心矢に、気圧される。
目は野兎を捉える猛獣のようで、恐ろしかった。
──どれだけ俺のこと好きなんだよ。
今までも、こんな目で俺を見ていたのだろうか。
だとすれば、これに気がつかない俺は鈍感すぎる。
「……わかった。じゃあ、二ヶ月待つ……」
納得はいっていない様子だったが、すんなりと彼は身を引いた。
同時に、チャイムが鳴り響く。俺を助ける蜘蛛の糸のごとく降り注いだ音に、感謝をした。
「じゃ、またな。授業、頑張れよ」
逃げるように心矢から離れる。教室へ入り込むと、友人である伸晃と目が合った。
なぜか顔見知りの友人に、ホッとした自分がいる。
席へ戻り、遅れて入ってきた教師の話を右から左へ受け流す。
──この日まで、心矢は待ち続けていたのだろうか。
あの日の約束を忘れることなく、ただ一心に果たされる日を待つ心矢はいい意味で一途だ。悪い意味で、執着心が強い。
そんな彼を受け入れることが、俺にできるだろうか。
ふぅとため息をつき、目を瞑る。瞼の裏に、まだかわいい頃の心矢が浮かんだ。
「ということで結婚してください」
「──ぎゃあ!」
俺より身長が高くなり、お世辞にも「可愛い」とは言えなくなった心矢が、俺の手を握って愛の告白をしてきたのは、彼が高校に入学してきた早々のことだった。
俺の教室に来たかと思えば、満面の笑みでドアから顔を覗かせて手招きする心矢。
そんな彼を見て、全身に鳥肌が立ったのと、汗を滲ませたのと、頭が真っ白になったのは記憶に新しい。
元々、心矢は俺に執着している節があった。
中学生の時も同じ部活に入りたがったし(と言っても俺はテニス部の幽霊部員だったためほぼ帰宅部だった)、一緒に帰りたがったりもした。
卒業してからは高校の校門まで迎えに来て「一緒に帰ろう」と腕を引いてきたりもした。
まだ中学生の頃までは「弟的な存在」で可愛かった。
身長もそこまで差がなく、人懐っこい犬のようでもあった。
しかし、高校生になったら話が少し変わる。
彼は俺が通う高校を、わざわざ選んだのだ。
俺は、恐怖した。
ここまで執着してくるなんて、と驚きを隠せなかった。
そして、最終的に心矢は俺に「結婚してくれ」と申し出た。
急激に成長した心矢を見上げる羽目になった俺は、目を白黒させ、言葉を失った。
──一体、何だってんだ。
彼の言葉を咀嚼しきれないまま、俺は心矢の瞳を見つめた。
幼少期から変わらない茶色の瞳は、あの日より切れ目でスッとしている。
顔つきも大人っぽく変化し、俺より年上に見える。
世間でいう「イケてるメンズ」へと変貌した心矢に求婚された俺は、どうして良いか分からなかった。
「し、し、心矢。もしかしてお前、幻覚が見えているのか? 俺が、美少女に見えてるのか?」
「ううん。ゆうくんは、ゆうくんだよ。どっからどう見ても、男だね。美少女とは程遠い……」
「じゃあ、なんで!?」
なおさら俺は戸惑った。声を張り上げた俺の口元を、心矢が手のひらで覆う。
「ゆうくん。声、大きいよ」と囁かれ、さらに眩暈がした。
──な、なんかちょっとエッチだ!?
しかし、そんな考えとは裏腹に、心矢は話を進める。
「結婚もいいけど、先に交際だよね。じゃあ、今日から付き合って」
「い、い、い、意味わからん! なんで結婚? 交際!?」
「え……」と心矢が目をまん丸とさせた。青天の霹靂と言わんばかりである。
やがて眉を八の字にさせ、しょんぼりとした。
その姿は叱られた大型犬のようで、庇護欲が擽られた。
「だって、ゆうくん……約束してくれたじゃん……」
心矢は目を伏せ、唇を尖らせた。その仕草が年齢相応に見え、良心がちくりと痛む。
同時に約束とは一体なんのことだ、と小さい脳みそをフル回転させた。
しかし、浮かぶのはくだらない約束事ばかりだ。
埃被った記憶の中でも、彼の言う「約束」は尻尾さえ見せない。
黙りこくった俺を見かねたのか、心矢がひとりごちるように呟いた。
「公園で……ゆうくんが「お前が高校生になっても好きな人がいなかったら、考えてやらなくもない」って、言ったじゃないか……忘れちゃったの?」
心矢の言葉を聞いた瞬間、電気のようなものが走った。
一気に古い記憶が呼び起こされる。そして、鮮明に再生された。
ベンチに座るまだかわいい頃の心矢。そんな彼を慰める俺。
アホな約束をして、ゆびきりげんまんを交わす俺たち。
──言ってたわ。
完全に失念していた俺は、そこでようやく、なぜ心矢が俺に執着心を見せるのかを理解した。
「あの日から、ずっと僕はゆうくんのこと……好きだったのに……ひどいよ」
心矢が目元を腕で覆う。肩を震わせ始めた。
いよいよ泣き始めた心矢に、俺は慌てふためく。
心矢に招かれ、教室を抜け出した俺たちは人通りの少ない廊下で話をしていた。
しかし、周りの目はものすごく気になる。
「何あれ、いじめ?」と通り過ぎる女子生徒が、ヒソヒソと話をしていた。
「し、心矢、泣くなよ。ごめんって」
「でも、忘れてたんでしょ? ゆうくん」
「あ、あはは……」
「笑って誤魔化してる、ひどいよ」
鼻を鳴らす心矢が可哀想に思え、手を伸ばす。
「忘れてないって」と頬を引き攣らせながら彼を撫でると、その手をガッと力強く掴まれた。
「じゃあ、結婚しよう」
心矢が両手で、俺の手を包み込む。キラキラとした目には涙などなく、俺は瞬時に「騙された」と理解した。
「忘れてないって言ったよね、ゆうくん。じゃあ、約束守ってね。結婚しよう」
「う……うぅ……」
ジィッと目を見つめられ、全身に汗が滲む。
どう答えていいのだろうか。この回答で俺たちの関係性がガラリと変わってしまう。
それに、俺は心の準備というものができていない。
急に今まで弟みたいに可愛がってきた年下の男に結婚を申し込まれて「そういや、約束してたな。よし、結婚しよう」とはならない。
誰だって、そう簡単に割り切れるはずがない。
「や、約束は守る。ただし……」
「ただし?」
「お前はまだ、高校生になったばかりだ。そんなお前も、生活が変われば気分が変わるかもしれない。だから二ヶ月だけ、猶予をくれ。その間に、新しい出会いがあるかもしれないだろ?」
心矢はまだ、高校生になったばかりだ。
子供の頃にした約束に縛られすぎて、周りが見えていないだけかもしれない。
高校生の新生活なんて、そりゃあ楽しいことが溢れている。
視野を広くしたら、俺への執着心が解かれるかもしれない。
もしかしたら良い女子生徒(もしくは男子生徒)と出会う可能性だってある。
「なにも、そう焦らなくたっていいじゃないか。な? 俺はいつだって、消えることなく居るわけなんだし。そういうのは心に余裕を持って、行動に移すべきだと思うんだ」
「そうだろ?」と首を傾げて促すと、心矢は黙ったあと、ポツリと呟く。
「そんなに僕のこと、嫌いなの?」
「違うよ、心矢。好きだからこそ、お前に理解して欲しいんだ」
恨めしそうに俺を見つめる心矢に、気圧される。
目は野兎を捉える猛獣のようで、恐ろしかった。
──どれだけ俺のこと好きなんだよ。
今までも、こんな目で俺を見ていたのだろうか。
だとすれば、これに気がつかない俺は鈍感すぎる。
「……わかった。じゃあ、二ヶ月待つ……」
納得はいっていない様子だったが、すんなりと彼は身を引いた。
同時に、チャイムが鳴り響く。俺を助ける蜘蛛の糸のごとく降り注いだ音に、感謝をした。
「じゃ、またな。授業、頑張れよ」
逃げるように心矢から離れる。教室へ入り込むと、友人である伸晃と目が合った。
なぜか顔見知りの友人に、ホッとした自分がいる。
席へ戻り、遅れて入ってきた教師の話を右から左へ受け流す。
──この日まで、心矢は待ち続けていたのだろうか。
あの日の約束を忘れることなく、ただ一心に果たされる日を待つ心矢はいい意味で一途だ。悪い意味で、執着心が強い。
そんな彼を受け入れることが、俺にできるだろうか。
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