彼の想いはちょっと重い

なかあたま

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「ねぇ、嶋田くん。今朝、教室に来た子と知り合いなの?」

 クラスの女子たちが、きゃらきゃらと鈴が鳴るような声をあげて俺に問うてきた。みんな目を輝かせて、浮ついた様子である。
 俺は口の中に含んでいたおにぎりを嚥下し、包まれていたアルミホイルをグシャリと丸めた。

「知り合いっていうか、幼馴染かなぁ……妹と同級生なんだ」
「へぇ、そうなんだ。あの子、めっちゃカッコいいよね」
「背も高いし、スタイルいいし」
「今、彼女とかいないのかな?」
「さ、さぁ? ……いないんじゃないかな?」

 まるでアイドルに黄色い声援をあげるように、女子たちが言葉を述べる。
 心矢は俺に求婚する変人だぞと告げたら、この中の何人かは泡を吹いてぶっ倒れるに違いない。
 俺はそんな無粋なことをしたくなくて、あえて口を噤んだ。
 そう、心矢はモテる。それはもうモテる。顔もいいしスタイルもいいし、頭もいいしスポーツもできる。
 ただ一つ欠点があるとすれば、それは俺のような男を好きだという点だろう。
 彼の性癖と嗜好を狂わせてしまった俺は、石を投げられても文句は言えないほど、罪な男かもしれない。
 聞きたかった情報を手に入れた女子たちは、そそくさと退散した。
 俺自身には興味ないのか……と少ししょんぼりしつつ、麦茶を飲み下す。

「優希、俺もひとつ聞いていいか?」
「なんだよ、伸晃」

 向かいに座っていた伸晃が身を乗り出した。

「その、幼馴染の一年生について」

 まさかこいつも心矢狙いか? あいつどっちにもモテるな、と肩を竦めつつ「なんだよ」と返す。

「部活はバスケ部に来てくれとだけ伝えといてくれないか」
「あー……残念、心矢はずっと文化部だ」
「嘘だろ? あのナリで!?」
「そうなんだよ。あのナリで文化部だから、余計にそのギャップでモテるんだ」

 確か写真部だった気がするなぁ、と天井を見上げる。
 そこでふと、俺が盗撮されているのではないか、という被害者意識が芽生えた。
 だが、かぶりを振る。そこまで心矢が変人だとは思えない。
 俺は自意識過剰の化身である──そうであると信じたい。

「どうした、優希。なんか顔色悪いぞ」

 伸晃にそう言われ、慌てて頬に手を伸ばす。皮膚にじっとりと汗が滲んでいた。
 俺は無理に笑顔を作り「ちょっと腹が痛いだけ」と目を細めた。



 家に帰ると、リビングのソファで真衣が寛いでいた。
 すでに制服を脱ぎ捨てた彼女は、スウェットを着て、ポテトチップスを食べながらスマホをいじっている。

「なぁ、真衣」
「うん?」

 真衣はこちらへ目をくれることなく返事をした。

「心矢のことについてちょっと聞きたいんだが」

 真衣はちらりと俺へ視線を遣り「あぁ……」と天井を見上げた。

「心矢くんねぇ。あの人、本当にお兄ちゃんのこと好きだよねぇ」

 さらりとそう言われ、どきりと胸が跳ねた。

「心矢くん、きょうだいがいないからお兄ちゃんみたいな人がほしかったんだろうね。うちのお兄ちゃんでよければあげるよって何度も言ってるんだ」

 ガハハと笑う妹を殴りたくなったが、グッと我慢した。
 実の妹である真衣に「お兄ちゃんでよければあげるよ」などと言われ、心矢がどんな気持ちを孕ませたか、想像するだけで冷や汗が止まらない。

「で、心矢くんがどうしたの?」
「あいつ、俺のこと探ったりとかしてないか?」
「え? してるよ?」

 あっけらかんと言われ、俺は悲鳴をあげそうになった。

「好きな食べ物は、とか。好きな色は、とか。最近はどんな漫画が好きか、とか。きのう何を食べたか、とか」

 「なんでそんなこと聞くのかな? よっぽどきょうだいが欲しかったんだろうなぁ。お兄ちゃんのこと本当のお兄ちゃんみたいに慕ってるし」。真衣がなんてことないように言葉を並べる。
 我が妹の鈍感さに、心の底から呆れた。
 お前の実の兄は、いま狙われているんだぞ。

「……そうか。あと、あいつ写真部だったよな。どんな写真を撮ってたか、わかるか?」
「さぁ? 正直、お兄ちゃんの話以外ではあまり仲良くなかったし。あ、でも運動会の写真はなんか必死に撮影してたなぁ」

 俺は背筋が寒くなるのを感じた。
 しかし、運動会の写真を撮っていただけで、俺を撮っていたとは限らない。
 だからまだ、慌てる時間ではないと思ったのだ。

「そういや、一枚だけお兄ちゃんの写真をくれたよ。よく撮れてるでしょって見せてきた。でも、実の兄の走ってる姿なんて別にほしくないから、心矢くんの家宝にしたら? って冗談で返した。心矢くん、冗談が通じたのかものすごくニコニコしてたよ」

 俺はその場でずっこけそうになった。
 予感は遠からず近からずといったところかもしれないが、俺の写真を実妹のお墨付きで家宝にして良いと言われたときの心矢を想像し、喉が引き攣った。

「そうか……」
「どうしたのお兄ちゃん。顔色、悪くない?」
「……気にすんな」

 心矢に(俺の約束が発端とはいえ)求婚されて色々疲れているんだとは言えず、俺は二階へ上がり自分の部屋へ向かった。
 満身創痍の体をベッドに預ける。
 ふと、心矢の顔が浮かんだ。幼少期の可愛らしさを残す顔と、今の凛々しい顔が重なる。
 ──マジであいつ、俺のこと好きなのか……。
 冷静になって考えてみると恥ずかしさで頬が染まった。
 ずっと俺だけを想い続けていた愚かな男が、少し哀れに思えた。
 そして同時に、その執着心に、確かな恐怖を覚える。

「心矢と、俺が……」

 もし仮に、心矢が他に心移りをしなかった場合、俺達は結婚を前提に付き合うことになる。
 手を繋いだり、キスをしたり、見つめ合ったり、抱きしめ合ったりするのだ。
 ──うわぁ……。
 想像した途端、体が火照った。
 そして、同時にその光景に嫌悪感を覚えなかった自分がいる。
 むしろ、あの心矢の隣りに立つのが俺でよいのか? とさえ思ってしまった。

「俺、どうすりゃいいんだ……」

 自分のせいで性癖が歪んでしまった男をどうにか救ってやりたい。
 そのためにできることはただひとつ。心矢に俺を諦めさせることだ。
 他に心移りをしたら、きっと俺のアホヅラなんか忘れるに決まっている。
 不意に心矢と俺が口づけをしている場面を妄想してしまい「ぎゃあ!」と叫んでしまった。
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