彼の想いはちょっと重い

なかあたま

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「ゆうくん」

 ふと、声が聞こえた。顔を上げると、入れ違いで心矢がこちらへ走ってきていた。
 俺は自分の頬を軽く叩き、いつもの表情を作る。
 「ごめん、そういえば一緒に帰るって約束してたな」と笑顔を作るが、心矢の顔は強張っていた。
 肩で呼吸を繰り返し、汗を拭った心矢は口を開く。

「今、笹部さんに何を言われたの?」
「えっと……」

 彼の目は、ひどく恐怖を煽った。俺は視線を逸らしたが、それは許さないと言わんばかりに肩を掴まれる。
 驚きのあまり、心矢へ視線を戻す。

「告白、されたんだよね?」
「な、なんで……」
「ゆうくんの雰囲気で分かるよ」

 なんだそりゃ、こえーよ。
 なんて冗談を言えないほど、心矢は真剣だった。

「……僕はゆうくんの幸せを願っているよ。それは本心だ──でも、やっぱり無理。ゆうくんが僕以外の人間と付き合うなんて、嫌だ。好きなんだ、ずっと。本気で、好きなんだ。ゆうくんのこと、渡したくない。絶対に!」

 肩を掴んでいた手に力を込められ、体が跳ねる。
 心矢の顔は、今まで見たことないぐらいの気迫だ。

「渡したくない……! ゆうくんを好きな気持ちは、誰にも負けない! 絶対に、絶対に渡さない! 好きなんだ、誰よりも!」

 いつもは余裕のある心矢が、声を荒げている。
 嫉妬と欲望が渦を巻き、どう対処して良いのか分からず、パニックを起こしていた。
 俺は、なぜかそんな心矢に胸がドキドキと高鳴った。
 それほど俺を好きだったんだと、改めて実感させられる。
 そして、同時に彼へ委ねてみたいと思ったのだ。

「僕以外を見ないでほしい! 僕だけのゆうくんであってほしい!」

 顔を俯けた彼は、荒い呼吸を繰り返した。肩に置かれていた手が震える。
 その手に、触れてみる。汗ばんだ手のひらを掴み、握りしめた。

「心矢。お前の気持ちは、痛いほどわかったよ」

 心矢が顔を上げる。涙ぐんだ瞳に俺が映った。

「告白はされたけど、断ったよ」
「そうなの?」
「だって、俺にはお前がいるし……」

 言葉にしたは良いものの、語尾が徐々に弱まる。
 比例して、心矢の瞳がキラキラと輝きだす。
 「それ、本心?」と前のめりになって聞いてきた。
 鼻と鼻が触れ合うぐらいに密着してきた心矢から、一歩退く。

「本心も何も……約束、だろ」

 鼻を鳴らすと、心矢は嬉しそうに頷いた。
 そんな彼が可愛くて、俺も心の底で「心矢を誰かに奪われるのは嫌だ」と思ってしまった。
 意外と俺も嫉妬深いのかもなと思いつつ、スニーカーで地面を蹴る。
 唇を尖らせながら、ひとりごちた。

「……二ヶ月の猶予も、無しでいいよ」
「いいの?」

 花が咲いたように笑う心矢から目を逸らし、首を縦に振った。
 「じゃあ、今から結婚できるってことだね!」と浮ついた声を漏らし、心矢がズボンのポケットを探った。
 何事だと片眉を上げた俺の前に、一枚の紙を掲げた。

「なんだこれ」
「婚姻届はまだ無理だから、契約書」
「え……」
「ゆうくんが逃げないように、契約書」
「契約書……」
「口約束だけじゃ、逃げちゃうかもしれないからね」
「ヤベェ、前言撤回したいかも」
「無理だよ、実はさっきの会話もスマホで録音してるんだ」

 「だから、逃げられないよ」と微笑む心矢に「こえーよ!」と俺は叫んだ。

「冗談だよ」
「心矢、冗談は笑えなきゃ冗談にはならないんだよ……」

 頭を抱え、ため息を漏らした俺の手を、心矢が握る。真剣な眼差しに射られ、ドキリと胸が跳ねた。

「……幸せにする。絶対に」

 俺は絶対という言葉を信じてはいない。そんなもの幻想でしかないからだ。
 しかし、目の前の男の吐く「絶対」は本当にそうであるように思えた。
 俺は頬を染めながら小さく頷く。

「……お前こそ、その言葉を守れよ」
「もちろん」

 ニコリと微笑んだ心矢が、顔を寄せた。雰囲気的にキスをする流れだろう。だが、俺は彼の薄くて形のいい唇を手のひらで覆った。

「ま、まだ早い……!」
「だめ?」
「首を傾げて可愛い子ぶってもダメだ!」

 しょんぼりとした心矢の頭を撫で「段階を踏んでから、だな」と慰める。
 気分を良くしたのか、彼は涙目を拭い「じゃあ、先にこの契約書にサインと実印と拇印をお願いね」と言われた。
 「保険の契約かよ」とツッコミをしながらも、俺は本当にこのおかしな男とうまくやっていけるのだろうか、と再び頭を抱えた。
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