キャンピングカーで始める異世界スローライフ

まけない犬

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キャンピングカーで始める異世界スローライフ

第6話「俺のテーマ」

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「うまそうな匂いがする」

 コーヒーを片手に、フライパンをのぞき込んだ。

 お湯は車内に置いてある電気ケトルで用意したものだ。焚き火たきびで沸かしてみたかったが、ヤカンの用意がなかった。
 フライパンを流用することも考えたが、そこまでやる必要もないと判断した。腹もへったし、早く飯にしたい。

 豆は携帯用のミルでいてある。
 コーヒー通というわけでもないが、キャンプでは豆から入れないといけないルールがある。
 俺がこれまでチェックしてきたキャンプ配信者は、皆そうだった。

 そして、やはり美味いのだ。
 一仕事終え、喉が渇いたときであれば、市販の缶コーヒーだとしても美味いだろう。
 本音ではそう思いつつ、豆からいてるから美味い! ということにしておこうじゃないか。

 牛肉を乗せたフライパンは、焚き火たきびにくべてある。
 即席のキャンプファイヤーだから、フライパンを置く場所にこまったし、火加減の調整がえらく難しい。
 焦げるよりはマシだと考えて、すこし離れた箇所に置いた。弱火でじっくり調理中である。

 パッパッ、と塩コショウをふりかけると、肉の油に混じって、香ばしい匂いがした。

「分厚くてご機嫌なステーキだ。慌てるな、慌てるな……じっくりいこう」

 時短のために直火に掛けたい衝動を抑え、俺は我慢した。
 最高のキャンプは、最高の食事が作るという考えは間違っているのだろうか。

 貧困な発想と、不足する経験値では、飯とコーヒーくらいしか、やることが思いつかない。
 だったら、そのふたつが完璧じゃないと、今後に響くってもんだろう。

「そういや、あれは……島か?」

 俺は折り畳み式の椅子に腰かけ、湖の方を向いていた。
 焚き火越したきびごしに水面が見える。よくよく目を凝らすと、湖の真ん中に小さな陸地があった。

 島というほどの大きさではないが、大きな岩のようなものが水面からせり出している。
 こけむしていて、遠目には小さな丘のようにも見えた。

 よく見ると、湖岸からその場所まで陸続きになっていた。幅はちょっとした道路くらいある。

「歩いていけそうだな」

 まだまだ、日は高い位置にある。
 暗くなってからでは遅いだろうし、肉が焼けるまで、まだ時間がかかりそうだ。
 匂いにつられた動物が寄って来ないか心配だったが、焚き火たきびがあれば大丈夫だろう。
 そんなことより、あの場所への好奇心が勝った。

「おっと……結構、滑りやすいな……」

 道は土ではなく、石のように硬い足場だった。
 こけに足を滑らせないよう慎重に歩く。
 最後は軽く跳躍して、目的の場所に到着した。
 湖岸からは二十メートルか三十メートルくらいの距離だろう。

 ここには何もなかった。
 こけに覆われた大岩が、ただそこにあるだけだ。

 それでも真上を見上げると、木々の隙間からさし込む光が、岩場を照らしていた。
 まるでスポットライトだ。この場所は俺だけのために用意されたステージに違いない。

 耳を澄ませても何も聞こえなかった。
 風の音も、水の音も、鳥のさえずりも聞こえない。

 シーン……という静寂だけが聞こえる。

 森に囲まれた湖。そこに立つ俺。
 世界の真ん中がここにある気がした。

 光があたたかった。
 なぜだか、涙がこぼれた。

 この程度の景色。地球にだっていくらでもあるだろう。
 それでも、心が洗われるような気がした。

 この場所からもはっきりと、三つの月が見えた。

 異世界の中心に俺は立っている。だが、異世界の誰もが俺のことなんて知らないだろう。
 つまり自由なんだ、何だってできる、何をやってもいい。

「うん、見たいな。俺はこの世界を……隅々見て回りたい」

 あの国に、あの場所に、行ったことがあるのかと聞かれたときに「あるよ」って答えたい。
 いや、それすらどうでもいい、他人は関係ないんだ。

 死ぬ間際……元の世界では死んだそうだから、この世界で死ぬ時の話だが。
 いろんな場所に、俺の痕跡を残してきたと、おもいながら死んでみたい。

 今度こそ、悔いのない人生を送るんだ。
 三十過ぎの俺に残された時間は、四十年か五十年か……残りの人生をかけただ。

 急ぐ必要はない――のんびりいこう――エクラに乗って――

「キャンピングカーで始める異世界スローライフ」

 それが俺のテーマだ。

「よーし! 長生きするぞっ!」

 長く生きれば、それだけみて回れるしな。
 水面に映る自分の顔を見た。

 吹っ切れたように、晴れ晴れしている。
 辞表を叩きつけた同僚たちもこんな顔をしていた。その理由が、いまになってわかった。

「早まらないでくださいっ!」

 俺が異世界での生き方を決めたそのときだった――

「うぉおおおお!?」

 背中越しにズドンと強い衝撃を受けた。

「命を粗末にしてはダメですっ!」

 俺は水面に向かってダイブしそうになり、耐えようして踏ん張ると、くるっと半回転した。

 必死の形相で、こちらに手を伸ばす女が見えた。その女は……美しかった。
 落水間際に、一枚の絵画のように焼きついたその姿。金糸のような髪がキラキラと輝いている。

「金髪ロングのシスター!? こいつはとんだ異世か―――!」

 バシャーンッ!

 俺の断末魔は、水飛沫みずしぶきにかき消された。
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