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キャンピングカーで始める異世界スローライフ
第9話「祈り」
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「カバ……!? いや、猪か……!?」
あとに聞いた話だが、エルグランデにおいて動物と魔物の区別は曖昧らしい。
神の使いとされる動物が、地域によっては害獣であるように、人の都合次第だそうだ。
おおむね、人間の手に負えない獣が魔物と呼ばれるし、生息域が魔界だとしてもペットとして高値が付くやつもいる。
「ブルファングです。この場所には魔物は寄り付かないはずなのに……」
この牛みたいにデカい猪は、間違いなく魔物として区分されるだろう。
口から突き出し、大きく湾曲した牙が……ヤバい。人間なんて紙くずみたいに引き裂いてしまうに違いない。
「わたしに惹かれてやってきたんですね」
「ホントに自意識過剰じゃないか⁉ 生肉としてってことか!?」
混乱している。そんなツッコミ入れてる場合じゃないだろう。
美人は皆に好かれると思いこんでいる……とか、考えてる場合でもないんだ。
「とにかく逃げないとっ!」
「落ち着いてください。無闇に動くとあの子を興奮させてしまいます」
馬みたいに立って前脚をバタつかせ、犬みたいに地面をガリガリ掘ってる。
動物を、別の動物で例えるのはセンスがないが、いまの俺にはそれが精いっぱいだ。
巨体に似合わないつぶらな瞳が、真っ赤に充血している。
興奮させるなというが、手遅れなんじゃないだろうか。
いまにも牙を剥いて、飛びかかってきそうだ。
「ブルファアアアッ!!」
「ひいっ!」
ブルファングが吠えた。俺は腰を抜かした。
「安心してください。あの子の目的はわたしです」
無様に座り込む俺の前に、ルミは立った。
恐ろしい魔物から、俺を庇っているように見える。
目線を合わせるために彼女は腰を折っていて……顔が近い。
その視線は優しくて……揺れる金髪から甘い香りがする。
途端に自分が情けなく感じた。
「ブルアアアアアッ!!」
水面を揺らす咆哮が近づいて来る。
ドスドスと地面も揺れて、背中に悪寒が走った。
ルミは振り向き、迫り来る猪と対峙した――
「ばかやろうっ!」
咄嗟の判断だったと思う。
なにも考えていなかった。考えていたらこんな行動とっちゃいない。
車に跳ねられるような衝撃を受けた。
子供の頃に一度だけ交通事故にあったことがある。
自転車に乗っていて、見通しの悪い路地での出来事だった。俺自身は無傷だったものの、前輪はぐにゃりと曲がって悲惨だった。
だが、あのときとは桁が違う。
「うわぁああ!」
「ハンゾーさん!」
押しのけたことでルミは転んだ。
俺はその何倍もの距離を転がっていく。砂利や木片が体に食い込むのを感じた。
「大丈夫ですか!」
ルミが駆け寄ってくる。
長いスカートが邪魔になるのか、両手でつまみあげながら。
その所作すらも気品に溢れているが、なんでそんな格好で森に来たんだ?
「なんだこれっ⁉」
腕がぐにゃりと曲がってる。
もちろん、曲がっちゃいけない部分から、曲がっちゃいけない向きに。
「いってぇえええっ!!」
折れていると気づいた瞬間に、強い痛みが襲って来た。
脂汗か、冷や汗か、とちらかわからないが、とにかく大量に噴き出した。
「あああ、折れています!」
「知ってるよ!」
これだけ痛いなら、死んではないってことだ、それだけはよかった。
「ブルアアアアアッ!!」
なにもよくない。
猪が地面を踏み鳴らしながら、方向転換している。
もう一発ぶちかまそうとしているのは明白だ。
「くそっ! 逃げろ! 逃げるんだ!」
俺らが死ぬまで、何度だって繰り返すだろう。猪突猛進というくらいなのだから。
「おい! 逃げるんだ!」
「……」
ルミは動かない。動いちゃくれない。
俺が逃げるまで、自分も逃げるわけには……なんて、考えてそうな顔をしている。
なんだそれ。俺だってそうだ。順番なんてどうだっていいだろう。
「くそ! 逃げるぞっ!」
俺は立ち上がり、ルミの手を引いた。
折れた腕に激痛を感じるが、なんというか……情報として感じている、みたいな感触だった。
絶体絶命のピンチで、アドレナリンが全開なんだろう。
俺は、俺の底力に驚きつつも、辺りを見回した。
「逃げるってどこに⁉」
開けた場所だ、隠れる場所なんてない。
森に逃げ込むか、湖に飛び込むか……いずれにしろ、距離が遠い。
「ブルッ! ブルブル!」
無理だ。ブルファングの速度を振り切ることはできない。
俺かルミのどちらかが囮になるくらいしないと無理だ。
だがもう、俺はルミの手を掴んでいる。
いまさら手を離すことはできやしない。
ブッ、ブッブーーーー!!
「ブルファッ!?」
大きなクラクションが鳴って、ハイビームがブルファングを照らした。
驚いたのか、その場で跳ねて足をバタつかせた。
「エクラ!?」
光はエクラのフロントライトから伸びていた。
そして、手招きでもするかのように、ワイパーがウィンウィンと揺れている。
「こっちに来いって言ってるのか!?」
なんで車がひとりでに。なんてことは今は考えないでおこう。
車内に逃げ込むのはよい考えだ。そのまま運転して、この場から立ち去ることもできる。
「こっちだ!」
「ハンゾーさん!?」
急いでエクラに駆け寄った。
扉を開けようと腕を伸ばしたが、折れて曲がっているほうだったから上手く掴めなかった。
「こっちじゃないっ!」
折れてない腕でドアを開け、車内に滑り込む。
「キミも乗れっ! はやくっ!」
「でも……」
ルミは扉の前で立ち止まっている。
戸惑っている様子だ、異世界に車はないのだろうか。
しかし、そんな場合じゃないだろう。
「馬車みたいなものだよっ! はや――」
はやくしろと言い終わる間もなく、強い衝撃が車内を揺らした。
ブルファングが俺とルミの間に割って入ってきた。長い助走からの頭突きを見舞ってきた。
「うわぁ!」
「きゃあっ!」
俺は車内で転がり、備えつけのテーブルで頭を打った。
痛い。だが、折れた腕はもっと痛かった。
「ルミっ!」
ドタバタと、寄りかかるものを探しながら立った。
彼女の無事を確かめる為に、窓に目をやる。
キャンピングカーはこういう場合に不便だ、外の様子が掴みにくい。
車内からはルミの姿を捉えることはできなかった。
恐る恐る半開きになったドアから顔を出した。
「ルミ! なにしてるんだっ! こっちに来るんだ!」
彼女はブルファングと顔を見合わせながら、車からジリジリと遠ざかっていった。
「わたしは大丈夫です」
俺の叫びに、ルミは笑顔で答えた。
大丈夫って、何がだ?
「おいっ! ルミっ! こっちだって言っているだろ!!」
苛立ちで口調が荒くなる。
言い方が悪かったことが原因だとは思えないが、返事は無かった。
ルミは、俺とエクラから距離を取っていく。
被害がこちらに及ばないように、ブルファングを引き離そうとしている。そんな風に見えた。
――カッチ、カッチ、カッチ
「エクラ!?」
ハザードランプが点滅した。
「なんだっ? 座れって言ってるのか!?」
フロントガラスの向こう側で、ブルファングがあと脚を使って地面を削るのが見える。
ガリガリという音がする。突進前の予兆に違いない。
「なんだってんだよっ!」
俺はドライバーシートに飛び乗った。
キーはつけたままだった。急いで回した。
グォオオンッ!
一発で点火した。エクラのエンジンが唸りをあげる。
「ブルアアアアアアッ!!」
ブルファングも吠えた。
「あなたでは無理かもしれません」
ルミは、祈りを捧げるように両手を組んでいた。
その目に恐怖はなく、むしろ、悲しみの色を帯びていた。
蹄が土を抉り、巨体がロケットのように飛び出した。
二本の牙で抉るような角度で、ブルファングは前に進んだ。
「祈ってる場合かよっ!」
折れた腕では、ハンドルを握れない。
アクセルに体重を乗せ、肩口で抱き着くようにハンドルを回す。
内臓がおいていかれるような感覚を覚えた。
三トン越えの車体とは思えない加速で、エクラは奔った。
グォオオオオオン――――――ドゴォーンッ!!
「~~~~~ッ!!」
人身事故もこんな感触なのだろうか。
ゾッとするような考えが脳裏を過った。派手な音の割に、対した衝撃がなかったからだ。
ルミを襲う巨大な猪の横っ面に、キャンピングカーでの体当たり。
軌道が逸れるどころじゃない、直角に折れ曲がるように吹き飛んでいった。
「はやく乗ってくれっ! 逃げるんだっ!」
俺は滑り落ちるように、車外に出た。
「ハンゾーさん!」
ルミは吹き飛ぶブルファングを目で追っていたが、そのあとすぐにこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「いまのところはな! だがすぐにそうじゃなくなるっ!」
「腕、やはり折れています」
「わかっているよ!」
グズグズしないでほしい。
ブルファンゴを仕留めてる自信はない。早くこの場から立ち去りたかった。
「動かずそのままで大人しくしていてください」
こいつは、さっきからなんなんだ。
逃げろ、逃げなきゃと、俺はずっと言っているのに――
「ドロル・レミッスス――」
ルミは何かを口ずさんだ……詩? 違う、これは祈りだ。
「――カロ・サネトゥル・アニマ・パケム……癒しの光をっ!」
折れた腕に添えられた彼女の掌から、黄金の光が溢れた。
森に差し込む木漏れ日よりも、強く、色濃く、暖かかった。
「動きますか?」
「えっ? うそだろ? 痛くない……折れてもない。治っている?」
「……癒しの祈りです」
「異世界すぎるだろっ!」
もう少し気の利いたことを言いたかった。
だが、それ以外に例えようがなかったんだ。
「異……世界……?」
わけが分からないと、ルミは小首を傾げた。
こんな至近距離で、その仕草はやはり反則ではないかと思う。
しかも、美人でシスターで、ヒーラーってなにか狙っているのかとすら思う。
異世界の住人に、転生がどうこうって話をしていいのだろうか。
そんな疑問が過るが、悠長にしている時間などないことを思い出した。
「ルミ! 話はあとだ。車に乗ってくれ! 逃げるぞっ!」
立ち上がり、彼女の肩に手を置いたのだが、キョトンとした表情を向けられた。
この期に及んで、そのリアクションはなんだ。しゃらくさい。
無理矢理にでも連れて行く。俺は彼女の手を引こうとした。
「ブ……ブ……ブルファアアアアアッ……!」
跳ね飛ばしたブルファングが、ヨロヨロと立ちあがってくる。
そんな気はしていた。エクラをぶつける瞬間に、俺はブレーキを掛けた。
日和った俺が悪い――だが、立ってくるなよ。これが魔物って奴か。
「ルミ! はやくっ!」
急かす俺に、やはり彼女は優しく微笑んだ。
「あなたを巻き込んでしまった以上、責任を取らないといけません」
「はぁ?」
俺の疑問を他所に、彼女はまたも振り向き、一歩前に出た。
「ルミ――」
「大丈夫です」
ルミは俺の言葉を遮るように、右手をスッと上げた。
「ノクティ・フィネム・ディク――」
まただ、あの祈りだ。
バリッ……バリバリバリバリバリッ!!
雲ひとつない青空だが、雷が落ちた。
彼女の小さな体から迸る雷光が、右手に収束していく。
「――ルクス・ドミニ・ウンブラス・デレト――」
たわわに実った胸を天に向け、大袈裟に見えるほどに彼女は振りかぶった。
野球の投手というよりは、やり投げのフォームに近い。
光の奔流が風圧となって、ヴェールから金髪がこぼる。スカートもはためき肌が露わになる。
修道服の下には、純白のストッキングにガーターベルト。それらと同じく純白の下着だった。
普段であれば目を奪われるような光景だろうが、如何せん、いまはそれ所ではない。
ド派手な電撃が空間に迸っているのだが、この場にいてもいいのだろうか。
感電してしまうのではと、足が竦んだが、光は意思を持ち、俺を避けているようにも見えた。
「――強き光をっ!」
ルミは腕を振り抜いた。
「ブギャアアアアアッ!!」
断末魔は一瞬だった。
光速――かどうかは分からないが、彼女が光の槍を投げた直後に終わっていた。
閃光が、ブルファングを焼いた。
「……す、すごい……」
ルミの背中に視線を移しながら言った。
肉と空気が焦げる匂いが鼻を刺す。
「……」
ルミは振り向くことなく、胸の前で両手を組んだ。
そのまま、消し炭と化したブルファングの元に歩みを進め、立ち止まり、祈りを捧げた。
あとに聞いた話だが、エルグランデにおいて動物と魔物の区別は曖昧らしい。
神の使いとされる動物が、地域によっては害獣であるように、人の都合次第だそうだ。
おおむね、人間の手に負えない獣が魔物と呼ばれるし、生息域が魔界だとしてもペットとして高値が付くやつもいる。
「ブルファングです。この場所には魔物は寄り付かないはずなのに……」
この牛みたいにデカい猪は、間違いなく魔物として区分されるだろう。
口から突き出し、大きく湾曲した牙が……ヤバい。人間なんて紙くずみたいに引き裂いてしまうに違いない。
「わたしに惹かれてやってきたんですね」
「ホントに自意識過剰じゃないか⁉ 生肉としてってことか!?」
混乱している。そんなツッコミ入れてる場合じゃないだろう。
美人は皆に好かれると思いこんでいる……とか、考えてる場合でもないんだ。
「とにかく逃げないとっ!」
「落ち着いてください。無闇に動くとあの子を興奮させてしまいます」
馬みたいに立って前脚をバタつかせ、犬みたいに地面をガリガリ掘ってる。
動物を、別の動物で例えるのはセンスがないが、いまの俺にはそれが精いっぱいだ。
巨体に似合わないつぶらな瞳が、真っ赤に充血している。
興奮させるなというが、手遅れなんじゃないだろうか。
いまにも牙を剥いて、飛びかかってきそうだ。
「ブルファアアアッ!!」
「ひいっ!」
ブルファングが吠えた。俺は腰を抜かした。
「安心してください。あの子の目的はわたしです」
無様に座り込む俺の前に、ルミは立った。
恐ろしい魔物から、俺を庇っているように見える。
目線を合わせるために彼女は腰を折っていて……顔が近い。
その視線は優しくて……揺れる金髪から甘い香りがする。
途端に自分が情けなく感じた。
「ブルアアアアアッ!!」
水面を揺らす咆哮が近づいて来る。
ドスドスと地面も揺れて、背中に悪寒が走った。
ルミは振り向き、迫り来る猪と対峙した――
「ばかやろうっ!」
咄嗟の判断だったと思う。
なにも考えていなかった。考えていたらこんな行動とっちゃいない。
車に跳ねられるような衝撃を受けた。
子供の頃に一度だけ交通事故にあったことがある。
自転車に乗っていて、見通しの悪い路地での出来事だった。俺自身は無傷だったものの、前輪はぐにゃりと曲がって悲惨だった。
だが、あのときとは桁が違う。
「うわぁああ!」
「ハンゾーさん!」
押しのけたことでルミは転んだ。
俺はその何倍もの距離を転がっていく。砂利や木片が体に食い込むのを感じた。
「大丈夫ですか!」
ルミが駆け寄ってくる。
長いスカートが邪魔になるのか、両手でつまみあげながら。
その所作すらも気品に溢れているが、なんでそんな格好で森に来たんだ?
「なんだこれっ⁉」
腕がぐにゃりと曲がってる。
もちろん、曲がっちゃいけない部分から、曲がっちゃいけない向きに。
「いってぇえええっ!!」
折れていると気づいた瞬間に、強い痛みが襲って来た。
脂汗か、冷や汗か、とちらかわからないが、とにかく大量に噴き出した。
「あああ、折れています!」
「知ってるよ!」
これだけ痛いなら、死んではないってことだ、それだけはよかった。
「ブルアアアアアッ!!」
なにもよくない。
猪が地面を踏み鳴らしながら、方向転換している。
もう一発ぶちかまそうとしているのは明白だ。
「くそっ! 逃げろ! 逃げるんだ!」
俺らが死ぬまで、何度だって繰り返すだろう。猪突猛進というくらいなのだから。
「おい! 逃げるんだ!」
「……」
ルミは動かない。動いちゃくれない。
俺が逃げるまで、自分も逃げるわけには……なんて、考えてそうな顔をしている。
なんだそれ。俺だってそうだ。順番なんてどうだっていいだろう。
「くそ! 逃げるぞっ!」
俺は立ち上がり、ルミの手を引いた。
折れた腕に激痛を感じるが、なんというか……情報として感じている、みたいな感触だった。
絶体絶命のピンチで、アドレナリンが全開なんだろう。
俺は、俺の底力に驚きつつも、辺りを見回した。
「逃げるってどこに⁉」
開けた場所だ、隠れる場所なんてない。
森に逃げ込むか、湖に飛び込むか……いずれにしろ、距離が遠い。
「ブルッ! ブルブル!」
無理だ。ブルファングの速度を振り切ることはできない。
俺かルミのどちらかが囮になるくらいしないと無理だ。
だがもう、俺はルミの手を掴んでいる。
いまさら手を離すことはできやしない。
ブッ、ブッブーーーー!!
「ブルファッ!?」
大きなクラクションが鳴って、ハイビームがブルファングを照らした。
驚いたのか、その場で跳ねて足をバタつかせた。
「エクラ!?」
光はエクラのフロントライトから伸びていた。
そして、手招きでもするかのように、ワイパーがウィンウィンと揺れている。
「こっちに来いって言ってるのか!?」
なんで車がひとりでに。なんてことは今は考えないでおこう。
車内に逃げ込むのはよい考えだ。そのまま運転して、この場から立ち去ることもできる。
「こっちだ!」
「ハンゾーさん!?」
急いでエクラに駆け寄った。
扉を開けようと腕を伸ばしたが、折れて曲がっているほうだったから上手く掴めなかった。
「こっちじゃないっ!」
折れてない腕でドアを開け、車内に滑り込む。
「キミも乗れっ! はやくっ!」
「でも……」
ルミは扉の前で立ち止まっている。
戸惑っている様子だ、異世界に車はないのだろうか。
しかし、そんな場合じゃないだろう。
「馬車みたいなものだよっ! はや――」
はやくしろと言い終わる間もなく、強い衝撃が車内を揺らした。
ブルファングが俺とルミの間に割って入ってきた。長い助走からの頭突きを見舞ってきた。
「うわぁ!」
「きゃあっ!」
俺は車内で転がり、備えつけのテーブルで頭を打った。
痛い。だが、折れた腕はもっと痛かった。
「ルミっ!」
ドタバタと、寄りかかるものを探しながら立った。
彼女の無事を確かめる為に、窓に目をやる。
キャンピングカーはこういう場合に不便だ、外の様子が掴みにくい。
車内からはルミの姿を捉えることはできなかった。
恐る恐る半開きになったドアから顔を出した。
「ルミ! なにしてるんだっ! こっちに来るんだ!」
彼女はブルファングと顔を見合わせながら、車からジリジリと遠ざかっていった。
「わたしは大丈夫です」
俺の叫びに、ルミは笑顔で答えた。
大丈夫って、何がだ?
「おいっ! ルミっ! こっちだって言っているだろ!!」
苛立ちで口調が荒くなる。
言い方が悪かったことが原因だとは思えないが、返事は無かった。
ルミは、俺とエクラから距離を取っていく。
被害がこちらに及ばないように、ブルファングを引き離そうとしている。そんな風に見えた。
――カッチ、カッチ、カッチ
「エクラ!?」
ハザードランプが点滅した。
「なんだっ? 座れって言ってるのか!?」
フロントガラスの向こう側で、ブルファングがあと脚を使って地面を削るのが見える。
ガリガリという音がする。突進前の予兆に違いない。
「なんだってんだよっ!」
俺はドライバーシートに飛び乗った。
キーはつけたままだった。急いで回した。
グォオオンッ!
一発で点火した。エクラのエンジンが唸りをあげる。
「ブルアアアアアアッ!!」
ブルファングも吠えた。
「あなたでは無理かもしれません」
ルミは、祈りを捧げるように両手を組んでいた。
その目に恐怖はなく、むしろ、悲しみの色を帯びていた。
蹄が土を抉り、巨体がロケットのように飛び出した。
二本の牙で抉るような角度で、ブルファングは前に進んだ。
「祈ってる場合かよっ!」
折れた腕では、ハンドルを握れない。
アクセルに体重を乗せ、肩口で抱き着くようにハンドルを回す。
内臓がおいていかれるような感覚を覚えた。
三トン越えの車体とは思えない加速で、エクラは奔った。
グォオオオオオン――――――ドゴォーンッ!!
「~~~~~ッ!!」
人身事故もこんな感触なのだろうか。
ゾッとするような考えが脳裏を過った。派手な音の割に、対した衝撃がなかったからだ。
ルミを襲う巨大な猪の横っ面に、キャンピングカーでの体当たり。
軌道が逸れるどころじゃない、直角に折れ曲がるように吹き飛んでいった。
「はやく乗ってくれっ! 逃げるんだっ!」
俺は滑り落ちるように、車外に出た。
「ハンゾーさん!」
ルミは吹き飛ぶブルファングを目で追っていたが、そのあとすぐにこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「いまのところはな! だがすぐにそうじゃなくなるっ!」
「腕、やはり折れています」
「わかっているよ!」
グズグズしないでほしい。
ブルファンゴを仕留めてる自信はない。早くこの場から立ち去りたかった。
「動かずそのままで大人しくしていてください」
こいつは、さっきからなんなんだ。
逃げろ、逃げなきゃと、俺はずっと言っているのに――
「ドロル・レミッスス――」
ルミは何かを口ずさんだ……詩? 違う、これは祈りだ。
「――カロ・サネトゥル・アニマ・パケム……癒しの光をっ!」
折れた腕に添えられた彼女の掌から、黄金の光が溢れた。
森に差し込む木漏れ日よりも、強く、色濃く、暖かかった。
「動きますか?」
「えっ? うそだろ? 痛くない……折れてもない。治っている?」
「……癒しの祈りです」
「異世界すぎるだろっ!」
もう少し気の利いたことを言いたかった。
だが、それ以外に例えようがなかったんだ。
「異……世界……?」
わけが分からないと、ルミは小首を傾げた。
こんな至近距離で、その仕草はやはり反則ではないかと思う。
しかも、美人でシスターで、ヒーラーってなにか狙っているのかとすら思う。
異世界の住人に、転生がどうこうって話をしていいのだろうか。
そんな疑問が過るが、悠長にしている時間などないことを思い出した。
「ルミ! 話はあとだ。車に乗ってくれ! 逃げるぞっ!」
立ち上がり、彼女の肩に手を置いたのだが、キョトンとした表情を向けられた。
この期に及んで、そのリアクションはなんだ。しゃらくさい。
無理矢理にでも連れて行く。俺は彼女の手を引こうとした。
「ブ……ブ……ブルファアアアアアッ……!」
跳ね飛ばしたブルファングが、ヨロヨロと立ちあがってくる。
そんな気はしていた。エクラをぶつける瞬間に、俺はブレーキを掛けた。
日和った俺が悪い――だが、立ってくるなよ。これが魔物って奴か。
「ルミ! はやくっ!」
急かす俺に、やはり彼女は優しく微笑んだ。
「あなたを巻き込んでしまった以上、責任を取らないといけません」
「はぁ?」
俺の疑問を他所に、彼女はまたも振り向き、一歩前に出た。
「ルミ――」
「大丈夫です」
ルミは俺の言葉を遮るように、右手をスッと上げた。
「ノクティ・フィネム・ディク――」
まただ、あの祈りだ。
バリッ……バリバリバリバリバリッ!!
雲ひとつない青空だが、雷が落ちた。
彼女の小さな体から迸る雷光が、右手に収束していく。
「――ルクス・ドミニ・ウンブラス・デレト――」
たわわに実った胸を天に向け、大袈裟に見えるほどに彼女は振りかぶった。
野球の投手というよりは、やり投げのフォームに近い。
光の奔流が風圧となって、ヴェールから金髪がこぼる。スカートもはためき肌が露わになる。
修道服の下には、純白のストッキングにガーターベルト。それらと同じく純白の下着だった。
普段であれば目を奪われるような光景だろうが、如何せん、いまはそれ所ではない。
ド派手な電撃が空間に迸っているのだが、この場にいてもいいのだろうか。
感電してしまうのではと、足が竦んだが、光は意思を持ち、俺を避けているようにも見えた。
「――強き光をっ!」
ルミは腕を振り抜いた。
「ブギャアアアアアッ!!」
断末魔は一瞬だった。
光速――かどうかは分からないが、彼女が光の槍を投げた直後に終わっていた。
閃光が、ブルファングを焼いた。
「……す、すごい……」
ルミの背中に視線を移しながら言った。
肉と空気が焦げる匂いが鼻を刺す。
「……」
ルミは振り向くことなく、胸の前で両手を組んだ。
そのまま、消し炭と化したブルファングの元に歩みを進め、立ち止まり、祈りを捧げた。
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バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
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