奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

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『三河平定編』 天文十六年(一五四七年)

第67話 刈谷城を落とせ!

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 今川軍の兵士たちが一斉に刈谷城の城門に取り付いた。その様子を五郎八郎は陣幕から出て眺めている。
 五郎八郎にはすぐに気が付いた事があった。明らかに服部隊の数が少ない。恐らく昨晩のうちに半数以上はもう城内に潜入してしまっているのであろう。

 城門の上から攻撃する者を次々に槍で突き落として行く今川軍。すると突如パンという火薬の爆ぜたような音が鳴る。それと共に門の奥で薄赤い煙のようなものが発生し、守備兵たちは涙を流し、こほこほ咳込んで大乱戦に陥った。

 混乱しているどさくさに紛れ門のかんぬきが外され、総攻撃からわずか数十分、あっさりと南門が開門。そこから今川軍は本丸めがけて雪崩れ込むように突入して行った。
 「なんだこいつらは!?」「化け物だ!」「逃げろ!」、そんな阿鼻叫喚の悲鳴が敵兵から発せられている。

「それがしの功績となりたいやつはどいつだ!」

 その声の主は幼馴染の友人のものである。随分と楽しそうに暴れている。遠目からでもよく見える。

「新入りにばかり手柄を立てさせるな! 皆の者遅れを取るな!」

 そう怒声を張り上げるのは蒜田孫二郎である。それを聞いた兵庫助は「孫二郎があんなに羽目を外しているのを久々に見た」と大笑いしている。

「松井隊ばかりに美味しい思いをさせるな! お前らもっと貪欲に行け!」

 若干進軍の遅れている井伊隊が、まるで後始末でもするかのように、零れた敵兵を始末していく。

 そんな中にあって岡部隊は実に冷静沈着で、比較的背の高い櫓を一つ確保し、内藤様を招き入れてからは、本丸に至る虎口の奥でじっと待機していた。まるで何かを待っているかのように。
 実際、岡部隊は待っていた。このまま乱戦に紛れては自分たちの取り分は少ない。それよりは新たな獲物を食らう方が賢明と判断したのであろう。

「今だ! かかれ!」

 慌てて駆けつけてきた北門の兵に岡部隊は一斉に襲い掛かった。敵は本丸の城門攻略に向かっているはず、だからそこで挟撃ができるはず、そう思っていた北門の兵たちは待ち伏せを食らい、完全に狂乱に陥ってしまった。


 本丸の城門は固く閉ざされ、南門の兵たちが「開けてくれ!」「入れてくれ!」と悲痛な叫び声をあげている。だが本丸に「絶対に門を開けるな!」と声を張り上げている者がいる。

 ところが突然その声が聞こえなくなった。城兵は不審に思い指揮していた者の方に視線を移す。すると、首元の鎧の隙間に綺麗に矢が射込まれ目を見開いて絶命している指揮官の姿が映った。
 それに恐怖した城兵が、一人また一人と悲鳴をあげ、腰を抜かして門から後ずさっていく。
 それを見た別の指揮官が門を守れと叫ぶ。だが、次の瞬間にはその指揮官も眉間に矢を射込まれ絶命。
 城兵たちは恐怖で我先にと逃げ出そうとした。そんな士気の消し飛んだ城兵を潜入していた服部隊が殺害し、本丸の城門もあっけなく閂が外された。


 そこから半時ほど経った頃であった。本丸御殿から歓声が上がった。

「勝鬨をあげろ!」

「「「おおおおおおおお!」」」

 その雄叫びを合図に五郎八郎と兵庫助は陣を引き払い、刈谷城へと入城したのだった。


 ……確かに好きに暴れて良いとは言った。天守閣で激しい抵抗があった事も十分見て取れる。だからといって、城兵の八割強を討ち取るというのはいささかやりすぎたのではないだろうか。
 家人の生き残りは戦前に交渉に来た高木主水助のみ。水野藤四郎は討ち取られたが、幼い弟や妹たちは辛うじて捕縛してくれた。それだけが唯一の救いという状況である。

 兵の死体でまるで足の踏み場も無いではないか。傷ついて当面使い物にならなそうな残り二割の城兵を見て、さすがにこの惨状はどうなんだろうと五郎八郎も若干の焦りを感じる。

 これだけ城兵が死んでいると城下の民の中には明日の暮らしもままならない人たちがでるであろう。そう感じた五郎八郎は、米蔵を一つ開け、城下の顔役を集めて、そうした家を支援するよう命じた。「私腹を肥やそうとすればこうなると心得よ」と言って、山積みにされている城兵の遺体を指差して。


 落城から数日後、五郎八郎からの報告を受けて、岡崎城から久野三郎左衛門がやってきた。

 最初こそ、「この城をそんな短時間で!」と驚いていた三郎左衛門だったが、徐々に城兵の姿がほとんど見えない事に気が付いた。勢いまかせで殺しまくってしまったと聞くと、「廃城にでもするつもりだったのか?」とちくりと苦情を言ってきた。「暫くは松井、岡部、井伊の兵は逗留するから」となだめたのだが、三郎左衛門は水野家が使い果たしてしまった金倉、五郎八郎が開放した米倉を見て呆然とし、「これでどうしろというのだ……」と力無くつぶやいた。


 三郎左衛門は最前線の拠点として機能させるには相当時間がかかると覚悟したようだったが、意外にも募兵の要請を城下に行うと我も我もと人が集まって来た。

 近くの安祥城はここ数年で何度も落城を経験しており、その都度城下がどんな目に遭っているかを刈谷城の民は耳にしている。今川軍が現れた時、自分たちも同じ目に遭うのだと覚悟していた。
 ところが、今川軍が城を落として真っ先に行った事は米倉を一つ開ける事であった。刈谷城は最前線の城で、籠城を思えば米は一粒でも貴重だろうに。
 今米倉を開けるという事は、暫くはここで戦を行う気は無いという事である。そこまで思ってくれるのであらばと、民たちは募兵の募集に応じたのであった。


 「追って命あるまで三郎左衛門を支援してやって欲しい」

 井伊内匠助と岡部五郎兵衛にそうお願いをして、兵庫助を残し、五郎八郎は刈谷城を後にしようとした。そんな五郎八郎に、三郎左衛門が「待たれい!」と引き留めた。

「まさか五郎八郎殿、好き放題やった後始末をそれがしに押し付けて、岡崎城に逃げようというのではありますまいな?」

 三郎左衛門のきつい指摘に五郎八郎の額から一筋の汗が垂れる。井伊内匠助にしても岡部五郎兵衛にしても、大暴れしたのは自分たちなのでどうにも後ろめたさを感じる。孫二郎と九郎はあからさまに五郎八郎から目を反らしている。兵庫助、半三、甚一郎はきつく唇を噛みじっと笑いを堪えている。

「し、城はほら、ほぼ無傷ですから。資金については岡崎城に戻ったら送るように言いますよ。備蓄米ならまだ一月分以上あるじゃないですか。兵は暫く孫二郎たちに鍛えてもらいますから……それで何とか一つ……」

 五郎八郎の引きつった笑みに、三郎左衛門はにこりと微笑んでうなづいた。よく見ると目が笑っていない。

「金を送ってくるまで二俣城の兵と家人はこちらで押えさせていただきます。お館様と雪斎禅師との交渉、よろしくお願いしますね」

 「必ずや早急に」と約束し、五郎八郎は服部半三、内藤甚一郎と共に岡崎城へ帰還した。

****

 どうやら岡崎城への帰還の一番乗りが五郎八郎であったらしい。安祥城も落城はしているが、雪斎禅師には何かしらやる事があるらしく、まだ城に残っている。東条城はまだ落城もしていない。
 小城とはいえ東条城は堅固な平山城で、おまけに朝比奈備中守は野戦には定評があるのだが城攻めを苦手としている。刈谷城、安祥城が落城した段階で大久保甚四郎という者に兵を率いらせ岡崎の兵を援軍として差し向けたのだそうだ。

 刈谷城、安祥城に置かれた双六の石が黒から白に変わっている。よく見ると、何か飲み物を零したような染みが机に付いている。信頼して送り出しはしたものの、お館様も気が気ではなかったのであろう。

 大広間で浅井小四郎から戦況報告を受けているとお館様が現れた。

 お館様は五郎八郎の姿を見ると、よく無事に戻ってきてくれたと言って手を取って肩を叩いた。その後少し顔を近づけ、雪斎禅師から書状が届いていると小声で報告した。


 お館様の部屋に行き、雪斎禅師からの書状を見せてもらった。内容は大きく二つ。一つは竹千代君の行方、もう一つは今後の方針について。

 どうやら雪斎禅師たちは織田三郎五郎を生け捕りにしたらしい。その織田三郎五郎が竹千代君の行方を知っていた。場所は熱田神宮。三男の織田三郎のいる古渡城の影響下である。

 現在織田家中には早くも二つの勢力ができつつある。三郎を推す勢力と、嫡男八法師を推す勢力。元々三郎の廃嫡に反対の者も多く、両者はほぼ半々といった所であるのだとか。
 今回八法師を推す織田三郎五郎の安祥城が落ち、織田三郎を推していた水野家の刈谷城が落ちた。若干三郎が有利と言えなくもないが、ほぼ互角と見て良いだろう。

 当家はこの織田三郎五郎を支援してはどうかと考える。対峙してみて中々に戦上手である事がわかった。そこで織田三郎五郎を当主とし、八法師を旗頭とし最終的に織田家をまとめ上げてもらってはどうだろうかと書状には書かれていた。

 書状を読み終えた五郎八郎は、再度折り畳んでお館様に返却。

「つまり、織田三郎五郎を支援すれば、必ず古渡城を攻めるという話が出る。その際に援軍として尾張に出兵して熱田を支配下に置き、竹千代君を救出するというわけですか。さすが雪斎禅師ですね。なんでしたら三郎にも甘い顔をしてやったら外交交渉に乗って来るやもしれませんね」
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