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クラリス・ダンテス2
しおりを挟むクラリスの母は音楽の才があり、バイオリンの名手であった。
クラリス自身も2才から音楽の英才教育を受けていたが、6才の時に母が逝去するとその指導もなくなった。
その後も 漠然と将来は音楽学校に行きたいという希望を持っていたクラリスだったが、意地悪な継母を前にしてそれは叶うことのない夢物語になってしまった。
母の形見は悉く取り上げられたり売られたりして、唯一死守したバイオリンもある日忽然と姿を消した。
最後の心のよすがを失くしたクラリスは感情を表に出さなくなった。
それからは心を無にして理不尽を堪え忍ぶ毎日だったが、ジルベールに嫁ぐよう言われた時は、まだ絶望を感じる余地が残っていたのかと自分に驚いたものだった。
ジルベールの居宅での生活は思っていたよりは遥かに快適だった。
ジルベールからは無視されていたが、相手の目に入らないように気をつけてさえいれば暴言を吐かれることも暴力を受けることもなかったからだ。
結婚相手としては論外なのは分かっていたのでいずれ追い出されるのは折り込み済みだが、心のどこかで真面目に誠意を持って働く姿を認められて、就職先の一つも紹介してくれるのではないかという期待もあった。
しかし今朝、それが世間知らずの甘い考えだったことを思い知った。
所詮クラリスはタレーラン公爵が跡継ぎを作るために、
『この際誰でもいいから』
連れて来た娘であり、端っから結婚などする気のないジルベールにとっては迷惑でしかない存在で、追い出した後のたれ死のうとどうしようと無関心な相手なのだ。
クラリスは沈む気持ちで1日を過ごした。
濡れ雑巾で床を拭きながら、湯殿のタイルをブラシで擦りながら、これからどうしたらいいのか途方に暮れていた。
今日の夜なのか、明日の朝なのか。
この家に来たときに、
「出ていけと言われたら即座に出ていけ!」
と言われた。
あの人のことだから、準備の時間も与えずに本当に身一つで追い出されるかもしれない。
やっぱり、言われる前に出ていこう。
クラリスは少ない荷物をまとめた。
時刻は夕方近くになっていた。
これから出発すると町につく前に真っ暗な田舎道を歩くことになり、正直怖い。
いつもジルベールが帰宅するのは早くても午後7時過ぎだ。
いくらジルベールが冷酷非道だからといって暗闇の獣道を歩いてどこかに行けとまでは言わないのではないか。
いや、言うかも。
クラリスは不安で押し潰されそうだった。
クラリスは庭に出た。
自分が来たときは草だらけの荒れ地だったが、クラリスがせっせと草を抜き石を並べて花壇のようなものを作った。
出入りの農家の奥さんに分けてもらったユリや水仙の球根を植えたが、自分がその花を見ることはない。
私はこれからどうすればいいのだろうか。
クラリスは母を思った。
夕暮れの黄金色に輝く光の中でクラリスはかつて母に教わったアリアを歌った。
オペラ路地裏の王女の中の崖下の恋という曲だ。
歌っていると優しい母の顔が思い出された。
「お母様・・・」
クラリスは涙を流した。
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