4人の女

猫枕

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クラリス・ダンテス

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 クラリス・ダンテス男爵令嬢は取り立てて恵まれた容姿をしているわけでもなく、至って平凡な少女であった。

 周囲に気を使う優しい性格で、幼少期は可愛がられて育った。

 しかし6才の時に大好きな母親が病死すると彼女の環境は激変する。
 
 葬儀が終わって何日も経たないうちに継母が連れ子と共にダンテス家に乗り込んできた。

 2才年下の妹はその容貌からも父ダンテス男爵の態度からも明らかに父親の実子であり、クラリスは幼いながらに愛する母が存命中から父に裏切られていたことを思い知らされた。

 その後2年程は家庭内で疎外感を覚えながらもかろうじてダンテス家の長女としての扱いは受けてきたと思う。

 しかし、もうすぐ9才になろうかという初等教育学校3年の途中頃からクラリスはあからさまに不当な扱いを受けるようになった。

 母方の祖父が亡くなったことで、継母が傍若無人に振る舞おうとも諌める相手がいなくなったことが一番の理由だったと思われる。


 それからクラリスは学校は辞めさせられ外出も制限されるようになる。

 綺麗な衣服どころか満足な食事さえ与えられなくなり、早朝から夜遅くまで使用人のようにこき使われる毎日が始まった。

日々、義母と腹違いの妹からの憂さ晴らしの暴力と暴言に耐え、実父の無関心に諦めながら、

『一生このまま義妹の小間使いとして終わるのだろうな』

 と、己が人生を諦観しつつも、まるでそれがこの状況から救出してくれる唯一の手段であると信じているかのように幼い頃にかろうじて身につけた読み書き計算の最低限の教養にしがみついていた。

 クラリスは何かを包むのに使われた古新聞の切れ端や拾った雑誌や破損して捨てられている大して価値もない本を後生大事に隠し持ち、何度も何度も読み返しては床に指で文字を綴った。

 そんな彼女が適齢期も過ぎた23才になり、妹が次期当主として婿養子を迎えた頃、クラリスに縁談が持ち上がった。

 相手は、

 『どんなに美しいご令嬢も容赦なく叩き出す』

 でお馴染みの、氷の貴公子ジルベール・タレーラン公爵令息だった。

 
 義母と義妹はクスクスと嫌らしい笑いを浮かべて、

「良かったじゃないの~。

 身内から公爵夫人が出るなんて私も鼻が高いわ~」

 などと馬鹿にした。



 断ることも許されず、帰ることも許されないクラリスがたどり着いたのは籔の中の一軒家だった。

 案の定ジルベールはクラリスの挨拶に返事もしない。

 一応通された与えられた部屋に着いた30分後には、追い出された後の算段を考える始末だった。

 後に他のご令嬢達に聞いた話によると、家政婦シノはご令嬢達に対して表向きには慇懃に振る舞いながらも陰でジルベールに悪口を吹き込んでいたということだったが、クラリスには比較的親切で好意的だった。

 クラリスがあまりにみすぼらしくてジルベールの気に入る筈がないと安心したのと、子爵家出身のシノにとって男爵家のクラリスは格下で優越感を満たしてくれたこと、そしてクラリスの悲惨な境遇にさすがのシノもいくばくかの同情を禁じえなかったからだろうと推測される。

 クラリスはシノを手伝い積極的に家事をすることで、役に立つことをアピールしようと考えた。

 このままここで家政婦として雇ってもらえるか、別の家を紹介して貰ってもいい。
  
 シノに気に入ってもらえれば、シノがジルベールに進言して勤め先を紹介してもらえるかも知れない。

 クラリスは懸命に働き、シノは面倒な掃除や洗濯をクラリスに押し付けて楽をするようになった。

関心が無いのかシノから悪い報告が無い内は放置しているのか、ジルベールから追い出されることもなく2ヶ月が経とうとしていたある朝、窓を拭いていたクラリスは水の冷たさに両手にハアッと息を吹き掛けた。


「そうやって生真面目さをアピールして取り入ろうというのか。
 浅ましいな」


 冷たく響き渡る声に驚いて振り向くと、ジルベールが心底見下したような目でクラリスを見ていた。

 
「お目汚しして申し訳ございません」


 クラリスは慌てて頭を下げると逃げるようにバケツを持って立ち去った。


 
 
 『きっと今日か明日にでもここを出ていくよう言われるのだろう』

 クラリスは絶望的な気分になった。

 いっそ身投げでもすれば楽になれるだろうか。

 ジルベール様は恥をかかされたと実家に抗議するだろうか。

 そうなっても、もうどうでもいいじゃないか。


 

『幸せになってね』

 そう微笑んで死んでいった母の顔が浮かんでくる。

 
全てを諦めようと思う一方で、人生を諦めたくないと思う自分もいる。


どうすれば幸せになれるんだろうか。


 クラリスの脳裡に浮かんできたのはジュール・ランベールの他人を食ったような笑顔だった。


 ジュールはクラリスの妹の婿、ジュリアンの兄だ。

 近所に住んでいて知り合いではあるが、クラリスの7才上のジュールとは子供の頃遊んだこともなく、ほとんど接点がなかった。

 ランベール家の嫡男でありながらフラフラと遊び歩き、30になった今も独身である。

 その彼が、あの日の早朝、大した荷物もなく追い出されるように実家の通用門を出たクラリスを待ち構えていて、細長いケースを渡してくれたのだ。

 
母の形見のバイオリン。

 

 取り上げられて行方不明だった、とっくの昔に諦めたバイオリンケースだった。


「古道具屋で売られてるの見つけて引き取ってたんだけど、アンタに返したら またすぐ捨てられるか壊されるかすると思ってオレが持ってたんだ」

 クラリスは目にいっぱい涙を溜めて、ただただジュールを見上げることしかできなかった。

 お礼を言いたいのに唇が震えて上手く言葉が出てこない。

「あ、・・・あ・・あり・・ありが」


「まあさ、色々あるだろうけどさ、なんか困ったら来なよ。
 そこら辺の飲み屋で聞けば誰か連絡取ってくれるだろうから」

じゃ、元気でな。



 

 
 
 

 



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