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ジュール
しおりを挟むジュールにとってクラリスは単なる父親の友達の子供、であった。
7つも年下で、しかも女の子となるとたまの集まりで顔を合わせることはあっても一緒に遊ぶことはなく名前以外はよく知らない相手、という存在だった。
ジュールの母親はジュールが4才の時に病死しており、下の弟二人とは母親が違う。
継母は決してジュールに意地悪をしたりはしなかったが、二人の間には遠慮めいたぎこちなさが常にあって互いに居心地の良い関係ではなかった。
今思えば、クラリスの母親がクラリスの力になって欲しいと頼んだのはそういうジュールの境遇あってのことだったのかも知れない。
彼女は既に夫の愛人と娘の存在を知っていて、自分が死んだ後には待ち構えていたかのようにダンテス家に彼女達が乗り込んでくる未来が見えていたのかも知れない。
そう考えるとなんとも不憫であるが、当時まだ子供だったジュールにとっては継母の基準は自分の継母であり、酷いことをする人という概念は無かったし、実際ジュールが知っている限りのダンテス家ではあからさまなクラリス虐めは起きていなかった。
ジュールは将来弟ジュリアンがダンテス家に婿入りすること、そして継母の本心としては末っ子のミシェルに後継ぎになって欲しいと思っていることを知って王都を離れた地方の学校へ行った。
そのままジュールは地方で暮らして、残ったミシェルが家を継げばいいと思っていた。
しかしジュールに父は王都への帰還を命じた。
長男のジュールに期待していた訳ではなく、かつて財政的に破綻しかけたランベール家がジュールの母の実家の支援で再建したという経緯から、親戚の手前ジュールを蔑ろにして末っ子に家を継がせるわけにはいかなかったからだ。
王都に戻ったジュールはどこか他人の家のような実家にいるのは気が重く、部屋を借りて独り暮らしを始めた。
そして何か面白いインテリアでも見つからないかと偶然入った古道具屋で見覚えのあるバイオリンケースを見つけた。
古道具屋のオヤジには楽器の良し悪しの判別はつかなかったようで、二束三文で売られていたバイオリンは修復に出すと、
「これは大した値打ち物ですよ」
と職人に驚かれた。
『母親の形見をガラクタ同然に扱うとは』
ジュールがダンテス家でのクラリスの処遇に疑問を持ったのはその時が初めてだった。
その後まもなく弟ジュリアンがクラリスの妹ポーリンと結婚し、ポーリンがクラリスを召し使いのように扱っていることを伝え聞くと、妻を諌めないジュリアンに対して憤りを感じた。
しかし自分が介入することでクラリスの立場を更に悪くするのではないかと思うと具体的な行動に出ることを躊躇してしまった。
それから暫くするとクラリスの嫁入り先が決まった。
相手はどんなご令嬢も気に入らずに叩き出すという悪評のジルベール・タレーランだった。
充分に辛い目に耐えてきたクラリスに更に過酷な運命が待っているかと思うと、いっそクラリスを連れ出そうかとも思ったが、ランベール家もダンテス家もタレーランの顔を潰して生き残れるはずもなく、ジュールにできることは見送りも無く生家を後にするクラリスにバイオリンを渡してやることだけだった。
それから暫くして、心配していたジュールの耳にジルベールが地味な男爵令嬢を嬉しそうに連れ歩いている、という噂が届いてホッとした。
だから幸せに生活しているとばかり思っていたクラリスが往来の真ん中で声を上げて泣いている姿を見た時は心底驚いた。
行き掛かり上で面倒を見はじめた頃、ジュールのクラリスへの感情はあくまでも大変な時に力になってやれなかったことへの罪滅ぼし的なものだった。
ところが、
他人の顔色を伺って遠慮がちのクラリスが、時々見せる素っ頓狂な言動を可愛らしいと思うようになった。
自分に自信の持てないクラリスだが、自分なりに成長しようと努力しているところが美しいと思った。
そして、まったく期待などしていなかったクラリスのステージを初めて見た時、ハートをぶち抜かれた。
クラリスの歌声とバイオリンの音色はジュールのソウルを揺さぶった。
内緒だけどね。
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