侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕

文字の大きさ
4 / 16

4

しおりを挟む

 初日、おそるおそる屋敷の外に出た私は近所を一周して戻って来た。

途中数人とすれ違ったが奇異な目で見られることもなく、なんなら

「こんにちは」

なんて挨拶すら交わした。

 私の素性を知る者はこの近辺にはいない模様だった。

 翌日から私は徐々に大胆な行動に出るようになった。

 「昨夜は眠れなくて寝不足なので起こさないように」 

 というメモ書きをドアに貼っつけて意気揚々と下町に出掛けた。

 久しぶりに訪れた庶民街は活気に溢れていて気分が高揚した。
 夕方こっそり抜け穴を通ってドキドキしながら離れに戻ったが誰も私の不在に気づいてはいなかった。

 私は毎日のように町に出掛けた。
 はじめのうちは色んな店を見て回ったりお茶をするのが楽しかったがそのうち飽きてしまった。

 何をするにも一人の私には美味しいお茶やお菓子も、可愛い雑貨もだれかと喜びを共有することもなく味気ないものに感じられた。
 女の子達が数人で楽しくお喋りしながらお茶を飲んだり、キャハキャハしながら雑貨やアクセサリーを物色しているのを眩しいものでも見るような心持ちで眺めていた。


 そんな時にふらっと入ったのが大衆食堂レインボーだった。
 
 そこで食べた名物ハリケーンライスの虜になった私は、ほぼほぼ毎日通って女将さんや常連客と顔馴染みになった。

 数日通ううちに女将さんに話しかけられ、バカみたいに喋り捲った私はよほどヒト恋しかったんだろうと思う。

 少々自己嫌悪に陥りつつも、翌日のレインボーで何事もなく温かく迎えられた私にとってレインボーはかけがえのない存在になっていった。
 
 友達とは違うかも知れないが、気さくに話しかけてくれる人達との何気ない世間話が孤独な毎日の中でどれほど励みになったことか。

 そんななかで、腹の探りあいなどという回りくどいことをしない人達は遠慮なしにこっちの事情を聞いてくる。

 独身だと思われると面倒なことになるかも知れないと思った私は、申し訳ないけれど身の上話をでっち上げた。

 遠く離れたリュワン州の出身で、夫と二人で王都に出てきたが、夫は国境警備の為に一年前から単身赴任している。
 毎日暇だし一人分の料理を作るのも面倒だったところにレインボーのご飯にハマってしまった。

 まあ、ざっと こんなかんじだ。

 疑いもしない皆を前にするとそこはかとなく後ろめたさが胸を締め付けたが。

常連のオッサンの中には

「じゃあ寂しかっぺ!オレが慰めてやろうか?うふぇふぇふぇふぇ・・・」

なんてセクハラ野郎もいるが、

「ウチの旦那の剣は一閃で熊を仕留めるよ」

 なんて適当にあしらっている。
 
 気がついたら私は日中のほとんどの時間をレインボーに入り浸るようになり、忙しいランチタイムなんかは女将さんを手伝うようになった。

 最初は空いた食器を片付けたり、出来た料理を運んだり、テーブルを拭いたりしていたが、次第に注文を取ったり飲み物を作ったりするようになった。

 「サービスのミニサラダ、とりあえず20個用意しておけばいいですかね?
 あと、玉ねぎの注文数20キロでいいっすか?」

 なんて言って、私カッコいい!と悦に入っていた。

 

 そして相変わらず侯爵邸で私の不在に気づく者はいなかった。





しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...