侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕

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 あの日以来、閉店作業をしていると兄がやってくるようになった。

 そして夜道は危険だからと間借りしている女将さんのアパートまで送ってくれるのだ。
 
 すぐそこだから平気だよ、と何度も言ったが兄は必ずやって来る。
 
そしてそんな兄を心待ちにしている自分も確かにいるのだ。

 仕事や義務からでなく、誰かに気にかけてもらえる温かさを初めて知った。



「ある時までは本当の妹だと思ってたんだよ」

スティーブお兄様がコーヒーを飲みながら話し始めた。

「どうして遊園地とか映画館とかオレだけ連れて行くんだろうって。

 シンディーは?どうしてシンディーは連れて行かないの?って言うと、シンディーはいいのよ、って・・・・それが子供心にすごく不可解でさ」

「メリーゴーランドに乗るわけよ。

お馬さんに乗ってぐるーっと回ってくるとさ、母さんがニコニコ笑いながら手を振ってくるんだけど、オレはちっとも楽しくなんかないわけよ。

楽しくないのに大袈裟に笑って見せてさ・・・」

「そんで、それから暫くしてから理由が分かってさ。

それからは家族と一緒に居たくなくて海外に逃げた。

 二人ともオレには優しい親だったから余計に嫌でさ。

 ホントはそばにいて、親と喧嘩してでもお前を守ってやらなくちゃいけなかったのにな。

 まさかこんなことになってるなんて知らなかった。・・・ごめんな」

 「お兄様は悪くないよ。お父様もお母様も悪くない。

 たまのお出掛けくらい親子水入らずで一家団欒したかったのよ。

 それに遊園地だって映画館だって、お母様はお世話係りのアンに私を連れて行かせてたから」


 むしろ私が生まれたせいで普通にあったはずの家族の幸せな日常も壊してしまったんだな、と申し訳なかった。




 



スティーブ・ヒューズが妹の配偶者であるキャッシュ侯爵に面会できたのは申し入れをしてから一週間後のことだった。

 キャッシュ侯爵邸の応接室に通されたスティーブがソファーに足を組んでふんぞり返っていると、入って来た侯爵が片眉を上げて無愛想な声を出した。

「スティーブ・ハモンドさん。新聞記者の方が何用ですかな?」

 「これはこれはキャッシュ侯爵様はじめまして。
 
ハモンドはペンネームでしてね。

 私の本名はスティーブ・ヒューズと申します。

 シンディー・ヒューズの兄ですよ」

 途端に顔色の変わる侯爵。

「学生の頃に隣国に留学しましてね。
 
就職してからもそのまま特派員として駐留していたものだから妹の結婚式にも出席できずに失礼しました」

応接室の窓からはのどかな春風が吹き込んできて、品の良いカーテンを揺らす。

「ところで義弟殿。
 
 先ほどここへ案内される前に見かけた幼児と戯れていた奥様と呼ばれていたご婦人はどなたでしょう?」

黙る侯爵に畳み掛けるスティーブ。

「使用人に奥様のお名前を尋ねたらシンディー様だと教えてくれたんですがねぇ。

 一体ウチの妹は何処に行ったんでしょうね?
 
床下にでも埋められてるんじゃないでしょうか?」

 
「そんなわけないだろう!!」

 
思わず立ち上がった侯爵の拳はプルプル震えていた。



「じゃあ妹は何処にいるんですか?」

 




 

 案内された離れには兄スティーブはもちろんのこと旦那様である侯爵も足を踏み入れるのはこれが初めてである。

 もちろん中はもぬけの殻。

「いないじゃないですか。
・・・やっぱり妹は床下に・・・」


「違う!違う!使用人を呼べ!」


呼ばれたメイドが顔を青くしてしどろもどろしている。


「えっ・・・と・・・最後にお会いしたのが月曜日の朝・・・ですから・・・5日前?ですかね?」

 呼び出された使用人の白状により日頃のシンディーへの扱いが露呈する。

「事件の匂いがする。
 と~んでもないスクープかも!」

 「聞いていた話と違う!・・・本当なんだ、信じてくれ!」

顔面蒼白ですがるようにスティーブを見る侯爵。




「ちょっと一緒に来てもらえますか?」




スティーブの声には拒否を許さない威圧感があった。
 
    
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