侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕

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「わたくし、良いことを考えましたわ!」


シンディーの弾んだ声に、もう悪い予感しかしない面々。



「私がアグネス様になって、アグネス様が私になればいいのですわ!」


 全員がコイツ何言ってるんだ、という顔になる。

「だ~か~ら」

 シンディーは『どうしてわからないかな~』と皆を小馬鹿にするような笑みを浮かべて得意気に小鼻を膨らます。


「アグネス様がシンディー・キャッシュとして、私がアグネス様として入れ替わって生きていけばいいじゃないですか!!」

 
皆が無言の中、シンディー唯一人が解決解決!とお菓子に手を伸ばす。
 どんだけ食べるんだ。



「アグネス様がシンディーの偽物なんじゃなくてシンディー本人になるんですよ」



「・・・それって罪にはならないのかしら?」



 先程の禁固刑が頭から離れないハンナが息子のスティーブの顔を窺う。



「黙ってりゃわかりゃしませんよ」


スティーブの代わりにシンディーが晴れ晴れと答える。

「私、友達一人もいないし、学校じゃ陰口の対象だったけど誰もわざわざ近寄って来なかったから、同級生で私の顔をハッキリ覚えてる人ってほとんどいないと思うんですよ。
 卒業から4年も経ってるし。
 社交の場にもほとんど出席してこなかったし。

 アグネス様は既にキャッシュ侯爵夫人として認知されてるんですよね?」

「いや、実は今まで社交は避けてきたんだ。・・・その、シンディーは社交が苦手ってことで」
 


「嫌われ者だもんね~シンディー」


 

「結婚式はどうしたんだよ?」



「・・・・。結婚式はシンディー嬢とアグネスの髪の色が一緒だからメイクとかで上手いこと誤魔化した。

それに、ご両親であるヒューズ伯爵夫妻も出席していたから疑う人はいなかったと思う。

 それと、・・・・チェレステ公爵の協力も・・・・申し訳ない・・・」



「ふ~ん。でもこれからもずっと隠れてるって訳にもいかないしね。 

だったら、あとはお父様とお母様が夜会とかで

『やあ、シンディー元気だったか?たまにはウチにも遊びに来なさい』

 とか周りに聞こえるように言えば、あれがヒューズ伯爵の娘かって皆がそう思うでしょ?
  
アレ?あんな顔だったか?って思う人がいたとしても親が娘だって言ってるんだから自分の勘違いだと思うでしょ。
 
 ね、ここにいる皆が黙っていれば解決ですよ」

 
ヒューズ伯爵はシンディーの物真似が滑稽だったので、少し気分を害した。

 

「このことを誓約書にしたためましょうよ!

 誓いを破った者は己の血を以ってあがなう・・・。」



先日秘密結社のミステリー小説を読んだばかりのシンディーはノリノリである。



「全員が署名して血判を押すの。
 そして銀行の貸金庫に預ける。
 
 その文書は私達の中で最後まで生き残った者が亡くなった日から100年後に封印を解かれるの。

 財宝の在りかが示されると思っていた子孫はガッカリするでしょうね~。

 そして明かされるキャッシュ家の真実!

ワクワクするわね~!」



ワクワクしているのは一人だけだ。




 そんな文書に何の効力があるのか、血で贖うって誰が処罰を加えるのか、そもそも100年後に開封って公文書でもあるまいし、とかツッコミどころ満載だったが、そのことに言及する気力のある者はこの場にはいなかった。




「・・・それでお前はいいのか?シンディーとしての人生を捨てても」




「そうねぇ。シンディーって名前には多少の愛着はあるけど、ヒューズかって言われたら、さほどヒューズでも無いし、
 キャッシュに至っては、もう全然キャッシュじゃ無いしねぇ?アハハ!

 アグネスは好きな聖人の名よ。
・・・・でも殉教したんだっけ?」 




 

もう、全員項垂れすぎて首が痛くなっていた。




「あ、・・・私は良くてもアグネス様が嫌かな?シンディーは嫌われ者だから」



「え?・・・あ、の・・・私はどうすればいいのか・・・・嫌・・・とかは無いです」



助けを求めるように侯爵を見るアグネス。
 


「・・・これが一番良い解決方法なのだろうか・・」

 

 うんうんと勢い良く首を縦に振るシンディー。
  
 
菓子が入っているので口が利けないのだ。





「 ・・・私が君に何かしてやれることは無いのだろうか・・・」

 

 シンディーに向けられた侯爵の目は、後悔を孕みながらも優しさに満ちていた。





シンディーは斜め上に視線を向けて暫く考えるような仕草を見せた。

 菓子を咀嚼そしゃくして飲み込んでいるのだ。   

 

「え~っと、下町のアパートを借りる初期費用を出して貰えませんかね。
 
今居る所は他人の家なんで居候なんですよ。
 
あと、家具とか日用品とか、安いやつでいいですから・・・・って、図々しいですかね・・・」

 





 静寂が支配する室内にシンディーがキュウリのピクルスを噛む音だけがポリポリポリポリ漂っていた。



「・・・いや・・・なるべく君の意に沿うよう計らおう・・・」

 

侯爵は、まかり間違えばあったかもしれない目の前の娘との結婚生活に思いを馳せ、ブルっとその身を震わせた。







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