侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕

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 スティーブは変わらず毎日やって来て私をアパートまで送ってくれる。

 仕事が忙しい時は中抜けしてまで送ってくれて、また職場に戻って行く。

 夜の通りを二人手を繋いで歩いていく。

 この温もりをずっと手放したくないと願ってしまう。

 5分にも満たないこの時間が私にとってかけがえのない宝物。ではあるのだが、

「ねぇ、もうこういうの止めた方がいいよ」

「なんで?」

「だって、もう私たち兄妹じゃないし、それどころか従兄妹ですらない赤の他人なんだし。
 私、一応20才の未婚女性だし、男性と手を繋いで歩いてるの問題だとおもうのよね」

 スティーブは余計しっかりと私の手を握った。

「な~にサバ読んでんだよ」

「サバ読んでないって。私アグネス20才だもん」

スティーブは立ち止まってじっと私を見ると、握った手をそのまま口元に持っていって私の手の甲にキスした。



「結婚しよう」



「それだけは止めとこうよ」


「オレが嫌い?」



「・・・好きだから困っちゃうんだよ」

 
スティーブの好意にはとっくに気づいていた。
 
そして私も。

 私の為に憤って抗議する姿は頼もしく嬉しかった。

 毎晩必ず送ってくれる帰り道に手を繋ぐのが照れ臭くも楽しみだった。

 いつの間にか私の中でお兄様はスティーブになっていた。

 全く血が繋がってないと知った時、ショックよりも何故かホッとした。
 


「私って生まれ落ちたその瞬間から憎悪の対象だったのよね。

 それが理不尽とか私の責任じゃないとか、そういう理性で割り切れないのが人間じゃない。

 私がいるだけで周りの人間関係がおかしくなるのが辛かった。

 スティーブからも平穏で幸せな家族の形を奪った。

 私がいなければお母様も他に何人か子供を生んで賑やかに楽しく暮らせていたんじゃないかしらね。

 それなのに やっと帰ってきた最愛の息子が宿敵サンドラの娘と結婚なんて、お母様は憤死しちゃうわよ」


「説得するよ」



「きっと反対はしないと思うのよ。

 私に対する うしろめたさ があるから。

 だけど、そういう風につけ入る形で我を通したくないの。

 今度こそ皆で笑っていたいのよ。
 
そこに私の場所が無いのなら黙って立ち去るだけだわ」



「母さんは自分の理性を保つために極力お前と関わらないようにしたんだろうけど、関わってたら今頃はとっくに仲良くなっていただろうにな」

 
私を置いて自分の息子だけ連れて行った遊園地で、ハンナお母様は心から笑えていたのだろうか。

 決して意地悪ではなかった、使用人たちからも慕われていたお母様は自己嫌悪に苦しんでいたのかも知れない。

 ハンナお母様は時折沈んだ顔をしていた。

 そんな顔をさせていたのは、きっと私。

 うん、やっぱりキッパリ断るべきだ。
 そう思った時、


「オレは諦めないから。

 皆が幸せってんなら皆の中にお前も入ってなきゃおかしいだろ」










 それから暫くしてハンナお母様がちょくちょくレインボーに現れるようになった。

「なんか貧乏くさい店ねぇ」

 なんて悪態をついていたけど厚焼き玉子サンドは気に入ったみたいだ。
 

「ハリケーンライスが美味しいのに」
 

「イヤよ、そんな べちゃべちゃしてるの。
 そんなことより何その傘?タバコの箱で出来てるの?
 貧乏くさいわね~。こんなものブラブラぶら下げて、みっともないから捨てなさいよ」



「お客さんが作って持って来てくれたんですから、ヤメテくださいよ」



「それにそのエプロン。まるでオバサンじゃないの。
 もうちょっと可愛くしたらどうなのよ」



「女将さんなんだからいいんです!

 可愛くして どこぞの伯爵令息にでも見初めみそめられたらどうするんですか?」


「・・・・言うじゃない」


 ハンナお母様は伯爵家から持って来た高級な花瓶やら置物を店のテイストを無視して勝手に飾ったりするから迷惑している。
  
 

 






 
そこに時々 元アグネス現シンディーや前侯爵夫人、侯爵本人や息子のアランなどもやって来てレインボーは貴族も集う大衆食堂になった。


 
忙しい時はそれらの人々も顎で使って料理を運ばせたりしているが、未亡人の前侯爵夫人が港湾労働者のイケオジに口説かれて赤くなるなどのレアショットが拝めることもある。


 
 お父様はたまにコソコソ一人でやって来てハリケーンライスを食べて、元気か?
一言聞いて帰っていく。




 

この先どうなるかなんて分からないけど今は毎日が楽しいと感じている。







(終わり)






【おまけ】


 いつものように現アグネスをアパートに送るスティーブ。



今日は時間があるというのでコーヒーでも淹れることに。


「カップ2つ取って」


戸棚を開けたスティーブがクマのマグカップに気づく。

「なにこれ、ダッサ」

「あ、それは特別なやつだから違うのにして」

「・・・特別?」

「うん、それは使う人が決まってる特別のペアカップだから」

スティーブの心臓がドクドクしてきた。
 特別?ペア?誰と???え、なにこのロゴ。
 unsung heroes って縁の下の力持ち的な?・・・・肉体労働者かっ!!!

 スティーブは一つ咳払いをする。



「・・・その・・・女の一人暮らしに
むやみに他人を家に上げるのは感心しないなあ」



「・・・?そうだよね。スティーブの他にここに来るのは一人だけだよ」 

 

言ってからアランを勘定に入れなかったことに気づいたが、現シンディーのアタッチメントみたいなもんだから、まあいいだろうと思う現アグネス。

 

ひ・・・一人だけ・・・特別・・・スティーブは眩暈めまいを覚えた。


「・・・でもホンっとダサいよねえ。

アグネス・・・じゃないシンディーの趣味って謎よね」


「え?・・・アグネス・・・キャッシュ侯爵夫人?」 


「そう!最初にこれお揃いで買おうって言われた時は正気か!!って思ったけど、見れば見るほど愛着湧くっていうか・・・」


「あ・・・そ・・・そうだな。・・・うん
よく見ると なかなか良いカップじゃないか」




 帰り道、今度の休みには元妹とお揃いのカップを買いに行こうと心に決めるスティーブであった。



(おしまい)


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