惚れ薬をもらったけど使う相手がいない

おもちDX

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 魔法なんて御伽話のなかのものだ。
 けれどシュエがなんとなく捨てられずに今日惚れ薬を持ってきたのは、魔女の噂を一度だけ聞いたことがあったからだった。

 以前よく施療院に来ていた患者の中に、ノーナという人がいた。よく華奢だと言われるシュエと比べても一回り小柄で、可愛らしい童顔の男だ。
 彼は頻繁に風邪をこじらせたり疲労困憊になって、施療院に併設された薬屋へと薬を買いに来ていた。しかしいつの間にか来なくなり、シュエも心配していたところで約半年ぶりに顔を出した。

「古傷の……鈍痛に効く薬はありますか?」
「え、ノーナさんどうしたんですか!?」
「肩をちょっと、怪我してしまって。もう治って元気なんですよ! ただ、たまに痛むことがあるんです」

 ノーナは言葉どおり元気そうな顔をしていた。肌の血色は良くなり頬が少しふっくらとして、同僚も「あんな可愛かったか?」と呟いているのが聞こえたくらい。
 だからそれほど心配せずに薬を渡すと、彼はまじまじと深緑の粉薬を見つめた。なんてことのない、鎮静作用のある薬草を乾燥させてすり潰したものだ。

「やっぱり、これが普通の色だよなぁ……」
「なにかありました?」
「いえ、前に魔女から……」
「魔女? 怪しい人から薬をもらったんですか?」
「あはは、良い人なんですよ」

 急にどうしちゃったんだろ、と疑いながらも元気ならいいかと見送った。
 それからしばらくして、ノーナが立派な男性と二人で歩いているところも見かけた。あれは多分騎士だ。とても幸せそうで、元気になったのは彼のお陰かなと思ったきり忘れていた。

「魔女……。しかもあそこ、ノーナさんの住んでた家のあたりだ。ノーナさんも怪しい薬をもらったってこと? まさか、惚れ薬じゃないよね?」

 ノーナは迷いの森のそばに住んでいたと以前聞いたことがあった。シュエの出会った自称魔女とノーナが口にした魔女は、同一人物に違いない。
 強引に薬を押し付けられて脅されもしたが、良い人と言うのなら毒などではないはずだ。ノーナは嘘を付くような人柄じゃないし。

 悪い薬ではないのなら、使ってしまったほうがいいだろう。冗談だとしても、魔女の口にした報復には薄ら寒いものがある。

 シュエはカウンターの隅から酒場を見渡した。休息日前夜は酒場が一番盛り上がる。安い酒場なので平民階級がほとんどで、大声でがなり立てたり笑ったりしている喧騒が心地よい。
 実はシュエ自身貴族生まれであるものの、長男ではないし貴族というものに嫌気が差してとっくに家を出ている。

 今夜のお相手に惚れ薬を使ってしまおう。ひと晩一緒に過ごせば効果も切れるし、やることはヤることだけなのだから変わらない。
 まだ媚薬という線も捨てきれず、一番平和な消費方法が行きずりの相手に使うという手段だった。どうせ、毎週こんな風に過ごしている。

「シュエ、また男漁りか?」
「げ。グラース」

 突然目の前に影が差したかと思うと、ランタンの光を遮って一番会いたくない人がシュエを見下ろしていた。

 背丈は高く、騎士だからがっしりとした身体付きだ。ぱっと目を引くプラチナブランドは短く刈られていて、整っているが素朴な目鼻立ちは逆に上品な印象を与えている。

 この男、グラースこそがシュエの天敵だった。

「汚らわしい。お前シュエみたいな男がいるからこの街の風紀が乱れるんだ」
「じゃあ近づかないでくれる? だいたいこんな酒場に来てまで風紀を気にするなんて、馬鹿じゃないの。別の静かな店に行けばいいのに」
「俺の行く場所は俺が決める」
「うっざ……」

 シュエのやることなすことにケチをつけ、散々貶してくる。相性は最悪だというのに、行きつけの店が同じなのが解せない。
 ここは他の店には置いていない種類の酒が豊富にあり、それこそワインやエールよりは値が張るけれど目当ての客が絶えないのだ。

 グラースはシュエからひとつ離れたカウンター席につき、いつものシェリー酒を注文する。彼は店員とはたまに言葉を交わす程度で、淡々とひとりで酒を飲むタイプだ。
 周囲が煩くても気にしている様子はないし、口出ししてくるのはシュエにだけ。嫌いなら放っておいてくれればいいのに……。おかげで相手を見つけられなかった夜が何度もあった。

 今夜は惚れ薬があるのだから、早々に相手を捕まえて退散しよう。この店オリジナルの蜂蜜酒ミードに舌鼓を打ちつつ適当な男に目星をつけていると、店に新たな客がやってきた。

(あ。見たことあるかも……確か、王宮の文官だったかな?)

 文官を示すグレーのマントをつけたまま、薬を買いに来たことがあったはず。中肉中背で外見に特徴はないものの、人当たりのいい笑顔と朗らかな話し方が印象的だった。同僚の女性は美人だと褒められて頬を染めていたっけ。

 文官ならほぼ貴族だろうし、口が達者でこんな店に一人で来るのなら遊び慣れていそうだ。近くには貴族が火遊びに使うような連れ込み宿が何軒かある。
 彼が男もイケるのかは分からなかったものの、シュエは男が初めてだという相手だって何度も落とした経験がある。抱かれる専門なので、勃たせてしまえばこっちのものだ。

 魔女の説明した使い方によると、惚れ薬は自分が飲んで、話しかけた相手に魔法がかかる。相手に飲ませる必要がないことを考えると、媚薬とはやはり違うようだ。

 シュエは誰も見ていないことを確かめて、蜂蜜酒のなかに粉薬を入れた。そこで撹拌するものがないなと気付いたものの、底に沈んだように見えた薬は瞬きのうちに消えてしまった。
 普通の溶け方と違いすぎる。まるで魔法のようだった。

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