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しおりを挟むどうしてももう一度会いたいと思ったが、理由がなければ施療院にも行けない。結局ストーカーまがいの待ち伏せをして、彼が酒場に通い詰めていることを知った。
はじめはこっそりと見つめていたけど、シュエが男を引っ掛けては夜の街に消えていくのを見ていれば苛々は頂点に達した。
グラースはシュエに声を掛けるようになるも、その中身は嫌味の応酬になってしまう。それでも会話できることが嬉しくて、店の外での砕けた喋り方やころころと無防備に変わる表情に満足感を得ていた。
酒場の親父いわく、シュエは貴族の庶子らしい。「碌でもない家族」に囲まれて育ち、成人して早々に独り立ちしたようだ。
あのときの台詞の意味がわかり、グラースは複雑な気持ちになった。自分とは逆だが、彼もきっと髪のことで家族から色々と言われて育ったのだろう。
こんなに似合っていて綺麗な髪なのに、「平民の、庶子の象徴として見られていた」と、酔いつぶれたシュエを家まで送り届けたときにも零していた。
――焦がれて、焦がれて、絶対に手に入らないと思っていた男を、惚れ薬の魔法なんかに惑わされて捕まえてしまった。
昨日あのときシュエが声を掛けようとしていた男は、王宮でも身持ちが良くないと噂になったことのある文官だ。だからこそ……声を掛けたことが、明暗をわけたのだ。とんだ災難だったが、降って湧いた奇跡のような幸運でもある。
もう絶対に手放したくないと感じるたび、また拘束具に思考が移ってしまいそうになる……けど、あれは却下だな。
身を清めて少し休んだシュエは、グラースの作ったブランチに目を輝かせた。なんてことのないパンと、ベーコンにメープルシロップをかけたものが皿の上に乗っている。
「メープルシロップ!? この組み合わせは考えたことなかった!」
「そうか? あっ、おい! 手で食うな!」
市井の食卓では定番のメニューだ。忙しい朝は何品も並ぶことはなく、卵料理の日があったり、よくてシンプルなスープがつくぐらいか。
軽いものでいいと言われたがさすがにこれはないかと、グラースはもう一品作るためにキッチンへ戻ろうとしていた足を止めた。
シュエは文句も言わずパンにベーコンを乗せてかぶりついている。そのわんぱくな様子にかわいいなと惚れ惚れし、舌に合ったようだと安堵した。
メニューより量が足りなかったか? と心配になってきたところで、皿を空にしたシュエは唐突に立ち上がった。
「美味しかったぁ……ありがと、グラース。――じゃ、帰るわ!」
「しゅ、シュエ。まさかとは思うが…………これっきりか?」
シュエのあまりにもさっぱりとした様子に、まさかこの時間も数ある夜のひとつでしかないのかと思い至り、絶望が忍び寄ってくる。縋るような声が出てしまった。
……当たり前か。そもそも惚れ薬で深層心理を暴かれた結果、枷で拘束してくるような男なんて願い下げだろう。
盛り上がったとは思うものの、ヤッたことは他の数多の男たちと変わりない。心が通じ合ったような気がしたのは自分だけで……
鬱々と思考していたグラースを止めたのは、唇への柔らかな刺激だった。離れる瞬間に、ちゅっと甘い音が立つ。
「また、あの根菜のスープが食べたいなあ」
「……え?」
「あれが食べられるなら、付き合ってあげてもいいよ。縛ったりするのも、……たまになら、ね」
じゃあ、と軽い調子で言い残して、シュエは寝室を出ていった。彼の頬までもが薔薇色に染まっていたような気がしたのは、気のせいだっただろうか。
「……――えっ?」
シュエの出ていった玄関から、かぐわしい花の香りが春の風と共に届く。グラースの熱い頬を撫でて、何事もなかったかのように寝室の空気に混じった。
――――――――――
お読みいただきありがとうございました!
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初めまして。とっても面白かったので感想送らせて頂きます。
あらすじにあった拘束の文字に、どんな話?((o(´∀`)o))ワクワク となっていたのですが、思っていたよりずっとかわいいお話で、とっても良かったです(≧▽≦)
ありがとうございました!
さくら優さん初めまして!
拘束から始まりますが純愛です😂楽しんでいただけてよかった💕
かわいい話ばかり書いてますのでよろしくお願いします✨
感想ありがとうございました!