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しおりを挟む――グラースがこの憎たらしくも惚れてやまない男に出会ったのは四年前、騎士に叙任されて少し経った、十八のときだった。
王宮に本部を置く騎士団は、文官と比較すれば平民出身が多いとはいえ、やはり半数以上が貴族出身の騎士で構成されている。
生まれ育った環境で気の合う合わないが生まれるのか、自然と派閥はそこで分かれる。騎士になってしまえば同じ立場と言う人もいるが、平民を見下している人も少なくはなかった。
グラースは入団当初、貴族出身の同輩とよくつるんでいた。派閥なんてものを理解しておらず、声を掛けられれば誰とでも仲良くしていたと思う。しかしそれはグラースが平民出身だと露見してから、正反対になった。
貴族主義の同期や先輩からいびりの対象とされ、期を逃して仲良くなれなかったその他の仲間たちは、腫物を扱うようにグラースと接した。
原因はひとえに、グラースの輝かしい髪色だった。混じり気のないプラチナブロンドは高貴な身分を想起させ、顔立ちも派手ではないもののそれなりに整っている。
だから、誰もが聞くまでもなくグラースを貴族出身だと判断していたのだ。グラース自身は隠すつもりも毛頭なく、まさか勘違いされていると思いもしなかった。
おかげである日を境に騎士団内で疎外されはじめ、つるんでいた同輩からはネチネチと嫌味を言われるようになった。
訓練中は事故と装ってわざと怪我をさせられて負かされ、勤務中でもグラースだけが伝達事項を共有してもらえず上官から叱責されたりした。
「貴族の俺らに近づきたくて、媚びてたんだろ?」
「平民のくせに、生意気なんだよ。自慢の髪で、周囲を見下してたのか」
「騙しやがって。せっかく優しくしてやったのに。あーあ、損した」
身分を笠に着るやつらの言葉なんてくだらない。気にしてやる価値もないと思っていたけれど、悪意は知らないうちにグラースの心に沈殿していった。
仕事中の怪我は王宮内で治療してもらえるが、いつからかグラースは頭痛に悩まされるようになった。仕事中もそうでない時間も、じわじわ、ズキズキと頭痛に苛まれてミスが増える。
誰にも弱みを見せられず、気づかれたくもなかったが限界が来て、街中にある施療院に駆け込んだのだ。
医師は怪我が原因でないことを確かめると、あとは薬師の領分だと告げた。症状を伝えて、薬を調合してもらえという。
目に見えてわかる怪我じゃなければ、薬、あるいは占いや祈祷で治療してもらうのが一般的だ。薬で駄目なら、外で占い師や祈祷師を探さなければならないが、グラースはあまり信用していなかった。
(薬で効くといいが……)
グラースが施療院に併設された薬屋へと向かったとき、ちょうど手が空いて担当してくれたのがシュエだった。
艶やかな長い髪、勝気に目尻がツンと上がった美人だ。一瞬女性かと思ったが、身体つきですぐに男だと分かった。
彼はグラースの症状を聞き、あちらこちらから調合する材料を持ってくる。乳鉢でごりごりと音を立てそれらをすり潰しながら、シュエは低くも色気のある声で唸った。
「ううーん……材料は間違いないはずだけど……」
ちら、と視線がグラースの上を彷徨う。
「若くて、健康そう。他の症状はなし、と……。頭のどの辺が痛いですか?」
「こう、全体が締め付けられるみたいに痛むときもあれば、後頭部がズキズキするときもある」
グラースがジェスチャーを交えて説明すると、シュエはじっとグラースの頭を見つめている。
「ずいぶんと、髪が短いですね?」
美人にただ事実を指摘されて、急に恥ずかしくなった。
今は髪に注目されるのが嫌でかなり雑に短く刈ってしまっている。叙任されてから色気づいている同僚はたくさんいるのに、グラースは見た目なんて全く気にしていないスタイルだ。
言い訳がましく、グラースは髪が原因で人間関係が上手くいかないのだと彼に語った。いや、この無愛想な性格のせいもあるのかもしれないがとにかく、もう少し髪の長かった以前は結構モテたりしていたのだ。
「ふふっ、似合ってますよ。髪の色なんかで他人を判断するクズの意見なんて無視、無視っ」
「く、クズ……」
「だってそうでしょう? 騎士の人には何度も会ったことがありますけど、上に立つ人は貴族の肩書きこそあっても平民に対して権力を振りかざす人はいません。つまり、そのクズたちは一生出世しないってことです。グラースさんが出世して見下してやればいいんですよ、虫けらたちを」
「虫けら……」
シュエは上品な見た目に反してたいそう口が悪かった。けれど、グラースを励まそうとしてくれていることはわかる。落ち込んでいた心がふわりと掬われ、温かいものに包まれたような心地だ。
グラースの視線が熱を帯びていることに気づいたのか、シュエがチョコレート色の髪を一房指先でつまむ。口元を歪め「貴族なんて碌なやつがいない」と自嘲ぎみに呟いた。
その意味を改めて尋ねようとしたが、シュエは新たな材料を探しに部屋の奥へ行ってしまった。
彼は薬とは別に、薬草茶を調合して渡してくれた。頭痛はおそらく精神的なものから来ていると言い、朝晩家でゆっくり飲むようにと言い含められる。
素直に言われたとおりにしていれば、頭痛薬を飲み切る頃には症状も改善していた。
なにか言われても蹴られても、クズの虫けらだと言ったシュエの言葉を思い出して笑ってしまう。グラースを苛めても面白くないと主犯たちが離れていったおかげで、新たな友人もできた。
薬草茶を淹れるといい香りが立ち込めて、あの薬屋での時間を思い出す。いつしか薬草茶がなくなっても、シュエに思いを馳せる毎日だった。
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