Rise Seek

黒谷

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第三章「終幕」

04

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 ふらふらと頼りない杖は、しかしなんとかあの地の底までたどり着いた。
 血の底は保護されたモンスターたちで溢れかえっていて、魔女の帰りを待ちわびていた。
「魔女さまだ! 魔女さまが、ベルダナとルシーダをつれて、帰ってきた!」
 それは生存の喜びだった。
 自由を得たものの喜びだった。
 嬉しそうに歌い、踊る彼らをみて、魔女は青白い顔で微笑む。
「ははは。元気そうで何よりだ、キミたち」
 声音こそいつも通りだが、体が大丈夫ではないことを、ルシーダはよくわかっていた。
 魔女の体を支えながら、ルシーダは彼女の体を引きずるように連れていく。
「どいて、どいて。魔女さまを寝かせなきゃ!」
 しかしルシーダの言葉は、皆には届かない。
 長らく虐げられてきた彼らは、久しぶりの自由におぼれていた。
「るーちゃん!」
「リリイ!」
 モンスターたちの波を飛び越えて、小さな白い彼女がルシーダの頭に乗っかった。
 彼女の背には、小さな小瓶がある。
「魔女さまのために、とっておいたのよ! 使うでしょ?」
「リリイ! ナイスだ!」
 ルシーダはそれを受け取ると、ポケットに放り込んだ。
 まずは、家の中に。ベッドの上に寝せないと。
「ルシーダ、あの中にいければいいのか?」
「にーちゃん、瞬間移動できそう?」
「目に見える範囲だからな。なんとかなるだろ。しっかりつかまっててくれ」
 いうやいなや、ベルダナはルシーダとリリイ、魔女を連れてぱっと姿を消す。
 次にルシーダの目に入ったのは、あの木の幹の中にたてられた簡素な家だった。
「ナイスだぞにーちゃん!」
「へへ」
 ルシーダは、いつの間にか目を閉じている魔女を抱きかかえると、ベッドへと急いだ。
 彼女をベッドの上に転がすと、「ん」とようやくのこと目が開く。
「おや、私、寝ていたね」
「いいんだ魔女さま! 薬なら僕とにーちゃんが塗るから、ゆっくり寝ててくれ!」
「まてまて。私はまだ、キミ、ベルダナの傷を治してないよ」
 魔女は、す、と指先をベルダナに向けた。
 それから、ぱちんと指を弾く。
「……あり、がとう」
「ふふふ。どういたしまして」
 そうしている間にも、魔女のベッドは赤に染まっていく。
 ルシーダは小瓶をポケットから取り出した。
 ……果たしてこれで足りるのだろうか。
「ああ、ルシーダ。それはキミたちの非常用にとっておくといい。お言葉にあまえて私は少し眠るから──あとは、任せてもいいかな?」
 魔女の弱々しい視線をうけて、ルシーダはぐっと涙をこらえて頷いた。
 ベルダナも同じように頷くのを見てから、魔女は、ふっとその瞼を閉じた。
 魔女は暗い意識の底で、何かが自分の名を呼ぶのを聞いた気がした。

 ──地上は、死者の国から這い出た兵たちに覆い隠されていた。
 魔女の血を門として出てきた彼らは、生者という生者を一人残さず連れ去った。
 どんなに泣き叫んでも、兵らは容赦なく、均等にそうした。
 星が残した自浄機能。
 万が一文明が悪しき方向に進んだ際の、抵抗機能。
 それを、魔女は有していた。
 それこそが、魔女の最終手段だった。
「あ、はは」
 力なく、ミランダは笑った。
 もう手足は地獄の番犬に食いちぎられて失った。
 しかし不思議と痛みはなかった。
 傷口も、ただの真っ黒な空間がそこに見えるだけだ。
「どこで、間違えたんだろ」
 全ての魔女、すべての欠片を得れば、星に成れる。
 星に成れば、この世界のどんな願いもかなえられるはずだった。
 誰も不自由しない、誰も不幸にならないそんな世界を夢見たはずだ。
 そのためにはいくつかの犠牲はつきものだと思った。
 モンスターも、魔女も、そのためには犠牲になってしかるべきだと思った。
「なりたかったなー、星」
 もうどうしようもなかった。
 十二の魔女を食べて得た魔法は、彼らにはまるで通じなかった。
 たぶん、地上の誰もが彼らには敵わないのだ。
「最弱というのは、とんだ嘘っぱちでしたね」
 ずるずると体を引きずるようにして、男がミランダの隣に座り込んだ。
「あら、アラン将軍」
「どうも、ミス・ミランダ」
 アランも片腕を失っていた。
 おそらくはそのへんを暴れまわる番犬に噛みちぎられたのだろう。
「あの魔女は、恐らく一番強いのでしょう。奪わないということは、奪われないということですから」
「? さっきは奪う覚悟もない最弱の魔女、とか言ってなかった?」
「おや聞こえていたんですか」
「もちろん魔法で現場の声はきいていたわよ。貴方が負けたことも知ったわ」
 あーあ。ミランダは項垂れた。
「でもね、アラン将軍。私後悔はないのよ。やり切ったもの。全部、後悔がないくらいやり切ったわ」
「そうですか」
「遅かれ早かれこうなっていた気もするけれど。ま、そうね、どうせなら私が星になって、貴方が王になった時の方がよかったわ」
「?」
「最高の景色で世界を終えたいって私ずっと思ってたから」
 アランは、はは、と笑い声を漏らした。
 かなわないと思った。
 彼女は、真性の悪だ。
 欲望を欲望のまま、抑えもせず、あまつさえそのまま終わりたいときた。
 まあそれもそういう女性なのはわかっていたことだった。
 少し予想外なのは、自分がまきこまれていることだ。
「貴女の中では、私が理想の王なんですか?」
「ええ、そうよ」
 少しの迷いもなく、ミランダは頷いた。
「時に冷徹で、仲間に対して情に厚い。敵には無情。最高じゃない?」
「身勝手なだけですよ」
「身勝手だからこそ、『ニンゲンの王』なんじゃない」
 二人はケラケラと笑い合った。
 ゆっくりと、遠くから体の大きな刑吏が歩いてきているのが見えた。
 けれど怖がったりはしなかった。
 当然のもののように、二人は受け止めた。

 ほどなくして、地上のニンゲンは消え去った。
 ありとあらゆるそれらは地獄の門に食べられた。
 兵も刑吏も、開かれた門に大人しく帰っていった。
 ニンゲンの消え去った大地は、静かで穏やかだった。
 あれだけ燃え盛っていた戦火は消え去って、残ったのは灰だけだった。
 もっとも、地底に逃げ込んだモンスターたちに、そんなことは知る由もなかったが。

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