診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ

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第4章 菜の花、未来を味わう

80話 桐生サイド・秘密の逢瀬・2

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 「木曜日にさ、僕をどっかに連れてってほしいなあ~」

甘える声で陽翔が囁いた。

「どこかって……もう決めてるんだろう?」

「ふふ、バレた? ネットで見つけたんだ。すっごく素敵な宿。日帰りでもいいから、ね?」

差し出された画面には、海を一望できる広いデッキと露天風呂、そして秘密めいた寝室。

「へえ……。専用の露天風呂から沖の船まで見えるのか」

「いいでしょ? 内風呂もあるし、ベッドも大きくてふかふかで……寝転がったら最高だよ」

「陽翔……もう心は決まってる顔だな」

「うん。悠、お願い。……そこで燃えたい」

思わず口元が緩む。

「怖いこと言うなよ」

陽翔は無邪気に体を預けてくる。

「……分かった。明日行こう」

「やった!」

「今夜は早く寝ろよ」

「やだ」

――結局その夜は、陽翔が力尽きるまで抱いた。




翌朝は海辺にあった岩場の潮だまりに、陽翔が興奮して足をつけて遊んでいた。

昼食は潮の香りの中で漁師料理を堪能した。

サザエの釜めしは香ばしいお焦げが絶妙で、明日葉の天ぷらは驚くほど柔らかく、口の中で軽やかにほどけた。

「悠、これ……止まらないくらい美味しいよ」

「そんなに喜んでくれるなら、連れてきた甲斐がある」

陽翔は満足げに笑いながら、すぐに甘える声を出す。

「もうお腹いっぱい。早く宿に行こう?」

「……欲張りだな。よし、行こう」

ナビを頼りに車を走らせる。丘の入り口で曲がって宿の駐車場に入った瞬間―。

「……っ、陽翔、やばい。すぐ戻るぞ」

「えっ、なに? どうしたの?」

僕は迷わず車をバックさせ、国道に戻した。

「ちょっと! 宿はどうするの?」

旧道に入り、車を止めて深く息をついた。

「あそこに……院長の車があった。多分、理事も一緒だ」

「……っ、よりによって今?」

「そうだ。あの二人、さすがだよ。いい場所を知ってる。常連なのかなあ?」

陽翔はふくれっ面で、唇を尖らせた。

「僕、すごく悔しい。あんな素敵な場所で二人が燃えてるんだよ? 嫉妬でどうにかなりそう」

堪えきれず笑みが漏れる。愛しいほど嫉妬深い。

「安心しろ。第2候補も探してあるからさ」

実はハプニングがあったら困ると思い、第2候補の宿も探しておいた。

30分ほど戻り、少し山に入ったところに贅沢な造りの離れがある。

電話を入れると、休憩利用もできるという。

露天風呂からは海を望める。十分だ。

「……ほら、陽翔。もっといい場所がある。だから、機嫌直せよ」

「ほんとに?」

「嘘ついてどうする」

陽翔はふくれっ面のまま、こちらをじっと見つめる。

「……じゃあ、行く」

小さな声に、思わず息が漏れた。

「……ったく、お前ってやつは。……俺から目を逸らすなよ」

そう言いながらハンドルを握る指先に、自然と力がこもった。

「宿に着いたらいっぱい抱いてやるよ。それでいいだろう?」

「うん、わかった。待ち遠しいよ……」

またレバーを持つ手に重ねて来た。

ぎゅと握り返した。

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