診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ

文字の大きさ
192 / 357
第10章 人が集う、嵐の春

190話 長期休暇伺い・川瀬

しおりを挟む
 だんだん寒さもやわらぎ、二月も終わりに近づいた頃。
川瀬が「ちょっと話がある」と言ってきた。

「ここさ、シフト希望を二か月前から出すだろ?」

「うん、そうだけど?」

「それでさ、俺、四月と五月は“遊ぶ”って言ってたじゃん?」

「うん、聞いてる」

「で、悪いんだけど――佳代ちゃんも一緒に休めないかな?」

「どのくらい?」

「四月の二週目から五月の真ん中くらいまで。一緒に休みたいんだよね」

「……なにそれ?」

「ふふっ」

にたにた笑って気持ち悪い。なんだ、その含み笑いは。

「早く言えよ。――新婚旅行か?」

「さすがだね! その通り!」

「結婚休暇は一週間だけど、有給休暇が二十日近くあるだろ?
うまく組み合わせれば行けるんじゃないの?」

「ははっ、そうか。じゃあ佳代ちゃんと一緒に休むから、よろしくね」

へらへらしている。なんだ、そのだらしない顔は。

「ちょっと待て。そもそも結婚するって話、聞いてないぞ?」

「だからさぁ、結婚はもう去年してるんだよ」

「はあ? いつした? 主任から結婚届なんて出てないぞ」

「いやぁ……照れるだろ? 佳代ちゃんが“恥ずかしいから言わないで”って言うもんだからさ。
でもさすがに新婚旅行は長いし、もう隠せないでしょ?」

「ふ~ん。じゃあ、結婚届をちゃんと出してくれないと、結婚休暇は出せないよ」

「分かってるって。で、旅行から帰ったらさ、佳代ちゃんの部屋で暮らしてもいいかな?
今、麻酔医が倉庫の部屋に居座ってるだろ? 俺の部屋、あいつら二人で使わせればいいじゃん?」

「おいおい。社長が買ったビジネスホテルのこと、知ってるだろ?
そこにツインルームがあるんだ。そこに一緒に住めば?
技師寮に夫婦で住んだら、両隣の男どもが落ち着かないぞ。精神衛生上、非常にまずい」

「アハハハ! 何を言わせるんだよ! そんなことないって!」

「いいから、素直にホテルに行け。主任もそっちから通えばいいだろう?」

「う~ん、考えておくよ」

「で、一か月も何しに行くんだ?」

「内緒にしてくれる?」

にやにやして、どうせ言いたいくせに……。

「う~ん、それは分からないな」

「なんでだよ!」

吹き出しそうになった。

「船旅に出るんだよ。俺の一世一代の遊びさ。大金をはたいたんだぞ。うんと楽しんでくる!」

「ほぉ、世界一周か?」

「いや、そこまでは無理だけど、どっか回るんだよ」

「そうか。――ところで、毎晩パーティーがあるって知ってるか?
“ホワイトナイト”っていうのもあるんだ。上から下まで真っ白な服で出席するんだよ」

「え? 初耳だよ。白い服なんて持ってないけど?」

「だから言ってるんだよ。うちのスタイリストに頼んでやるから、服装計画はちゃんと立てろ。
そうじゃないと夕食会にも出られないぞ。主任にも洋服を一式そろえてやれ。
あの人、身ひとつで飛び出してきたんだから、多分何も持ってないよ」

「えっ……そうなのか? そこまで考えてなかった……」

「だから言ったろ。あの船旅はセレブばかりだ。
アクセサリーもバッグも靴も、それなりに用意しないとね。着物まで持って行く人もいるんだぜ。
アクセサリーは莉子のを貸してあげようか? 無駄に買わなくていいし、新婚旅行ならきっと喜んで貸すよ」

「そうか。悪いね。じゃあスタイリストさん、お願いしようかな。
何を買えばいいか、まったく分からないよ」

「了解。連絡しておくよ。ただし結構かかるぞ? いいのか?」

「うん、しょうがない。頼むよ」

まったく――。
せっかくの新婚旅行を“手ぶら”で行くつもりだったのか。

莉子にも知らせておかないとな。

たぶん、俺より興奮するだろうな。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」 彼がなにを言っているのかわからなかった。 たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。 しかし彼曰く、これは練習なのらしい。 それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。 それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。 それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。 和倉千代子(わくらちよこ) 23 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 デザイナー 黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟 ただし、そう呼ぶのは網代のみ なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている 仕事も頑張る努力家 × 網代立生(あじろたつき) 28 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 営業兼事務 背が高く、一見優しげ しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く 人の好き嫌いが激しい 常識の通じないヤツが大嫌い 恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

芙月みひろ
恋愛
保険会社の事務職として勤務する 早瀬佳奈26才。 友達に頼み込まれて行った飲み会で 腹立たしいほど無愛想な高原宗輔30才と出会う。 あまりの不愉快さに 二度と会いたくないと思っていたにも関わらず 再び仕事で顔を合わせることになる。 上司のパワハラめいた嫌がらせに悩まされていた中 ふと見せる彼の優しい一面に触れて 佳奈は次第に高原に心を傾け出す。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...