診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ

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第12章 夏デビューへ

236話 夏のエージェント契約

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 VOXIVE(ヴォクシヴ)の所属事務所である<オリオン・ミュージック・ワークス>に提出する希望内容を、みんなで仕上げて弁護士にも見てもらい、アドバイスをもらった。

「もうこれは提出してもいいんじゃない?」

夏がふっと笑った。「そうなんだけど、俺ドキドキする。大丈夫かなあ?」

「大丈夫に決まってるでしょう? ダメなら何か言ってくるよ。その時にまた考えればいい」

「うん、そうだね。分かった。もう出すね」

そして、エージェント契約の内容をオリオンにファイルで送った。

さあ、何と言ってくるかな?

向こうの返事がノーでも構わない。

でも夏のことを考えると、みんなと歌うだけでなく、踊ったり話したりする交流は、きっと楽しいに違いない。

だから、楽しさは残してやりたい。


そしてアーティスト名を考えた。

表記は「夏」ではなく、「Natsu」。

どうしてもフルネームが必要なら、「Natsu Asada」とすることにした。

アルバムや配信者名に「夏」と出ていると、季節と間違われるかもしれない。
また、タイトルと混同されるのを避けるためでもある。
だから、今後は芸名が「Natsu」だけになる。

契約書には、「芸名の使用権は本人に帰属」「事務所は制限しない」と明記したので、退所後も自由に使える。

あとはスキャンダル対策。守ってもらえるように契約に盛り込んだ。

俺と夏は、世間的にはいつも“危ない位置”にいる。
いくら家族が認めていようと、病院の中で公認だろうと、他人から見れば関係ない。

夏がいきなりスポットライトを浴びれば、あちこちからやっかみで足を引っ張られかねない。
ましてや、医師という職業があることや、大きな企業の御曹司であること。

どこからでも落とそうとすれば、できてしまうかもしれない。
でも、イメージダウンで歌が評価されなくなったら、かわいそうだと思った。

本当は、音楽事務所よりお父さんの力の方がはるかに強そうで、夏を守ってもらえるとは思っている。
でも、なるべく手を煩わせたくない。

ある程度、実績が安定すれば、少々の波は大丈夫だろう。
あらぬスキャンダルで、桃香まで学校でいじめられても困るからね。

露出を限定するのは、それも理由のひとつ。
歌は第一優先じゃないんだから、“たまにしか見ることが出来ないアーティスト”でちょうどいい。

新しく採用した桐生さんの秘書、村瀬さんと佐伯さんは、9月から仕事を始めるそうだ。
桐生さんは、きっと嬉しいだろうな。

あ、夏のマネージャーってどうするの? 俺? 実力がないぞ。

念のために桐生さんに聞くと、第一マネージャーが桐生さんで、第二マネージャーは村瀬さんなのだそうだ。

ははっ、まだ芸能界に入ったばかりなのに、マネージャーが二人もいるって、どんな大物なんだよ。笑った。
これは相手がビビるよ。

村瀬さんは、今は引っ越しの準備で忙しいらしい。
レジデンスは元ビジネスホテルで、ワンルームだから荷物はあまり入らないんだよね。
アネックスができたあとなら一軒家に移れるが、その辺は各自の判断に任せる。



さて、オリオン・ミュージックに書類を送って5日後に返事がきた。
すべて承諾するそうだ。
そして契約日が決まった。二日後の午後だ。

俺と夏、桐生さん、弁護士の4人で音楽事務所に行って契約してきた。

お互いに了承し合った内容なので、サインをする前に弁護士に確認してもらって、サインをしてきた。

今後は週に1回、メンバーと一緒にダンスのレッスンに参加。個人的にもう1回、別に受ける。

また、ボーカルのレッスンはメンバーと1回、個人的に他に2回受けることになった。

それもすべて、夏の分は個人負担だから、レッスン料を払うことになる。

夏がなんだか嬉しそうだった。

「うれしいの?」と聞くと、頬を緩ませたままうなずいた。

「なんか、今日から始まるって気がする」

そうだね。

あっという間に、アーティストになってしまった。

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