ぼくが風になるまえに――

まめ

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07 消えていく

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 子爵邸の空き部屋で、フロルは薬草の調合を続けていた。セルフィーユ領の風や植物と、少しずつ気持ちを通じあわせることが出来るようになった。
 
 草木たちは、地中深くに張った根でささやき合い、雨の匂いや人の気配すら伝え合う。まるで、地上すべてを観察する神経網のように――フロルは、今や草木のいる場所なら、どこにいても世界の声を聞くことができた。
 (植物チートだ!地味だけどすごい!)

 自分の欲しい効能はどの植物から抽出できるか、それはどこに生えているのか。今のフロルには手に取るようにわかった。しかし、この能力を使えば使うほど、彼の体は消費されていった。
 今朝、右足の指がぼんやりと透けているのに気づいたフロルは、家族の誰にも知られないよう、そっと靴下をはいた。
 (素晴らしい能力なのに、代償が自分の体じゃ、気軽につかえないな……マスターした頃には消えてしまいそうだ)

 フロルが作ろうとしているのは、状態異常を解く薬だった。飲み薬ではなく、香りによって効力を放つもの。
 得体の知れない飲み薬を対象に飲ませるのは難易度が高く、それを頼める人もいなかった。しかし、香りなら――包みを開きさえすれば、対象は……ダレンは、呼吸とともに、この薬を自然に取り込んでくれるだろう。

「我ながらナイスアイデア。しかし、ぼくからの手紙を開けてもらえるだろうか……」

 フロルは、うーんと伸びをしながら、机に貼り付きすぎて、固まった肩のこりをほぐした。

◇◇◇

フロルはあらゆる場所に足を運び、自分の手で材料を採取した。
 植物たちが、自分に手を差し伸べてくれるのが見える。その手をつかむのは、フロルにしか出来ない作業だった。
  
 状態異常の中でも、今回は脳に作用することを考えて薬草を調合する。逆に心という形の無いものを縛っている場合は、魔法の力でないと解除は難しいだろう。
 満月の夜だけに咲くムーンフェイスの白い花びら――呪いや異常を浄化する効果
 森の洞窟の奥にひっそりと生えるヒカリゴケの仲間――意識を覚醒させる効果
 沼地のカエルの背にだけ生まれる草フジツボの幼生――原因を封印し排出する効果
 他にも、いろんな薬草を合わせて、状態異常を解く以外の作用は持たぬよう、バランスを調整していく。
(こんなん薬物テロに近いよな。日本なら逮捕されそう……)
 
 不安はあるが、諦めることなく、フロルは改良に改良を重ね、試作品を完成させることが出来た。
 このころには、右手も透け始めていた。知られないように手袋を装着し、家族には、薬品の調合で軽い火傷を負ったと話した。しかし、だんだん右手に力が入らなくなっていた。

 フロルは、文字が書けなくなる前にと、おぼつかない右手で、ささやかな別れの言葉をしたためた。完成した薬をサシェにして丁寧に包み、思いをこめて一通の封書を送った。
 それは、王都の学園寮──ダレンへと宛てた、最後の祈りだった。
 
◇◇◇ 

 その夜、家族との夕食中、フロルは右手に持っていたフォークを落とした。慌てて拾おうとしたが、ついに力を失った右手は、フォークの重さすら、持ち上げることが出来なかった。
 それをじっと見守っていたセージが、こらえきれなくなって、ぼろぼろ泣き始めた。
 
「……俺、ずっと黙ってるつもりだったんだけど……その手袋の中、どうなってんの?フロル、おまえなんだか透けてきてない?」

「うっ……ちい兄は鋭い……。もうバレてたんなら仕方ないなあ。もしかして、みんな気づいてたの?ついに、ぼくが消えはじめたこと……」

 フロルは右手の手袋を外した。そこには、手の形をした霧のようなものだけがあった。

「ほら、手品みたいだね。右手が消えちゃいました。あはっ……」

 フロルは困ったように笑った。彼の頬を一筋の涙が伝った。セージも、他の家族も、やさしくフロルを見守りながら、なにも気の効いた返事が出来ぬまま、静かに涙をこぼした。
 家族で泣きながら食べる夕食は、少し悲しくて、滑稽で、やさしさに満ちていた。フロルは、自分の洒落にならない冗談で、みんなを泣かせてしまったことを反省しながら、共に過ごせる時間を噛み締めるように、ゆっくりと食事をした。
 
 最後のデザートに出てきたのは、料理長のお得意料理のひとつになった、究極の黄金プリン。フロルは、空気を変えるかのようにほほえんで、おどけた調子で言った。

「ねぇ、ちい兄。ぼくの両手が消えちゃったら、プリン食べさせてくれる?」

セージは、ナプキンで涙ををごしごし拭いながら言った。

「あたりまえだろ。俺のプリンも全部おまえにやる……」

「……私のもあげるわ」

「わしのも……」

「僕のもいいよ」

「みんなぁ、そんなにいっぱい食べられないよ!それに、きっとおかわりがあるから!」

 その会話が聞こえたのだろう。厨房から料理長がすっと顔を出し、フロルに大きく頷いた。まだまだプリンはあるようだ。
 
 フロルは左手にスプーンを持ち、にこにことプリンを食べ始めた。家族のみんなもそれに続くように、プリンを食べる。甘くまろやかで、いつもと同じ美味しさなのに、今日は特にカラメルのほろ苦さがしみた。

「あのさ、ぼく……最後までみんなとこうやってごはん食べたいから、面倒かけるけど手伝ってね」

 セージが分厚い胸をドンと叩く。

「まかせとけ!俺の膝の上はいつでも空いている!だっこして、お口にあーんしてやるぞ!」

 フロルは大笑いしながら言った。

「ありがとう、ちい兄!頼りにしてる!」

 

 
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