ぼくが風になるまえに――

まめ

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09 鶏舎の朝

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 セルフィーユ領の朝は早い。どこの家でも、鶏を飼っていて、家々の雄鶏が競うように夜明けを告げるのだ。

「コケコッコー!」
「コケコッコー!」

 その声を目覚ましに起き出して、朝食前の一仕事をするのが常だ。
 男たちは、早朝のひんやりした空気の中で畑を耕す。こどもたちは、鳥小屋でまだ温かい産みたての卵を集め、台所で料理を作る女たちのもとに持っていく。
 フロルの家は、身分こそ子爵だが、昔からこの土地で、領民とともに農業をして暮らしてきた。 
 今朝も、兄たちが野菜の収穫に向かうのを、部屋の窓から眺めながら、フロルは空を見上げた。本日も晴天なり――大きなあくびをひとつして、眠たい目を擦りながら、鶏舎に卵集めに向かった。
 セルフィーユ家の鶏は、昔からフロルのことが大好きだ。顔さえ見れば、フロルを温めようと周りに寄ってくるのだ。鶏舎の中を歩くフロルの後ろには、鶏たちのにぎやかな行列が出来た。

「コッコッコッコ」
「おはよ。今日も元気だね」 
 
 フロルが腕に籠を下げて、卵を集めていると、両肩にふわりと鶏が乗った。頭の上には、白い冠のように、ちょこんと鶏が座った。鶏はふわふわした羽のせいで軽そうに見えるが、数羽となるとなかなか重かった。
 卵を拾おうとかがんだ隙に、背中にも数羽の鶏が乗った。ぐしゃり、ついにフロルは、敷き藁の上に倒れこんだ。
 一斉に鶏がフロルの前後左右を陣取り、フロルを覆い尽くす。

「もー、おまえら、何がしたいんだよ。ぼくは卵じゃないぞ」

 温めることにかけては達人級の鶏たち、ほわほわの羽毛に包まれて、ぬくぬくに温められたフロルは、たちまち眠気に襲われた。体にかかる重さの配分も絶妙だった。

「……これ、なんか幸せかも。もういいや。寝よ」

 そのまま、フロルは鶏と同化するように眠ってしまった。こんなふうに世界とひとつになるのなら、自分の最後も案外、悪くないかもしれない――そんなことを思いながら。

◇◇◇

 ダレンの元に、魅了魔法を解くサシェを送ったのは先週のことだった。フロルは、風の精霊に、薬の効果が高まるように、香りを広げてほしいと頼んだ。なんとかなっただろうか。もう、学園は遠い世界のように思えた。
 
 フロルは、自分の体が透け始めてから、今まで存在すら気づかなかった精霊たちが、見えるようになった。朝露に濡れた花の上や、麦の穂を揺らす風の中――彼らは自然界の至るところで、自由気ままに過ごしていた。
 精霊たちと目が合うようになってから、自分のいるべき世界が、あちらへと少しずつシフトチェンジしていくのを感じた。
 感情の起伏がなだらかになり、こころを乱すことが減ってきた。今までの風守が"意思がない"と言われるのは、こういう感覚のせいかもしれない。

鶏に埋まりながら、フロルはつぶやいた。
   
「ダレンは元気かな。結局、あのとき婚約解消しといて、正解だったってこと?悲しいも、さみしいも、なくなったら楽だけど、うれしいも、楽しいもなくなっちゃうんだよね……」

「クルルルルゥ?」「コッコッコケ?」

「ん?ひとりごとだよ……なんでもない」

◇◇◇
 
 セージは、最近めっきりと食が細くなったフロルのことを、とても心配していた。
 少しずつフロルの顔から表情が抜け落ち、人間らしさを失っていくのがわかった。いろんな欲を手放して、透明な存在になっていくように感じた。
 今朝、フロルは朝食に現れなかった。
 食い意地の張ったあいつが、食べることに興味を失うなんてありえないと、セージはフロルの部屋を訪れた。しかし、ベッドは空で、ぬくもりすら残っていなかった。

「……っ、フロル……?どこに行ったんだ?」

 セージは慌てて屋敷中を探した。家族も使用人も、今朝フロルを見た者はいなかった。厭な予感しか胸の中に残らなかった。

「おーい!フロルー!」
「坊っちゃーん!」
「フロルさまー!」

 鶏舎にも、屋敷の慌ただしい気配が届いた。
 鶏の羽毛に包まれて、ぬくぬくで眠っていたフロルの意識が、ゆっくりと浮上する。上にいる鶏をかきわけて、上半身を起こすと、バン!と大きな音をたてて、鶏舎の扉が開いた。
 鶏たちが驚いて散り散りに逃げていく。音に驚いて固まる、羽まみれのフロルだけを残して。

「あっ、フロルっ!ここにいたのかー!」

「……びっくりした。ちい兄どうしたの?」

「おまえが……、いなくなってしまったのかと思って……」

 セージはつかつかとフロルに近寄り、力いっぱい抱きしめた。

「消えてしまったのかと……うぅ……」

「ああ、ああ、ちい兄、大丈夫だから……泣かないで……」

 セージに痛いくらいに抱きしめられて、フロルは苦しかったけど、なんだかうれしかった。
 セージの体はとても温かく、汗のにおいすら心地よかった。どくんどくんと伝わる心臓の鼓動が、フロルをこちらに呼び戻すかのようだった。
 フロルはセージの首にぎゅっと巻き付いた。

「ちい兄、心配かけてごめんね。
 ……ぼく、さみしいのかもしれない……もっと、ぎゅっとしてくれる?」

 セージは言われるままに、フロルを抱き上げてぎゅっとした。自分の首に回された両腕の片方だけが、ふわふわと頼りなくて切なかった。
 この弟はいつも達観した様子で、誰にも文句も言わないくせに、たまに感情をぽろりとこぼすのだ。コップいっぱいになった水が、ふるりと揺れてあふれるかのように。
 
 屋敷のみんなが鶏舎までやってきたので、フロルは鶏と一緒に眠ってしまったと、心配をかけたことを謝った。 
 セージはフロルを抱いたまま、食事をさせ、世話を焼き、一緒に眠った。いつもは「こども扱いやめてー!」と抵抗するフロルは、くたんとしてされるがままだった。
 
 (本来なら、あいつがこんなフロルのそばにいるはずだった。フロルも、あいつにだったら、もっと素直に甘えられたかもしれない)
 人のこころとはままならないものだ――セージは静かに、王都の方角に思いを馳せた。

 
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