【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 その日は、いつもより早い時間に目が覚め、早めに店内の掃除を終わらせようと部屋を出た。すると、2階からドタドタと激しい足音が聞こえ、階段前でウィルさんと鉢合わせた。

「あっ、ユイ!早いわね」
「おはようございます、ウィルさん。どうしたんですか?そんなに慌てて」
「ディーンが産気づいたようなのよ!これから医術師せんせい呼んでくるから、ユイはディーンのそばにいてくれない?!」
「えっ、あっ、はい!」

 僕が返事をする前に、ウィルさんは血相を変えて、裏口から外に飛び出していった。開け放ったドアを閉めると、僕は2階にある二人の寝室へと向かった。寝室の場所は階段を上がって左側の、バルコニーに出る手前の部屋だと聞いている。ドアをノックすると中から返事があり、ドアを開けるとダブルベッドにディーンさんが横たわっていた。

「ディーンさん。体調いかがですか?産気づいたって、ウィルさんが騒いでましたけど」

 ベッドサイドに置いてあった椅子に腰かけると、僕はディーンさんの様子を窺った。額に汗が滲んでいるが、表情は穏やかで痛みに苦悶する様子は見られない。

「うん。今は落ち着いてる。でも、痛みの間隔が狭くなってきてるし、もしかしたらもうすぐ産まれるかもしれない」

 自分が産むわけでもないのに、なぜか緊張してしまう。出産時は周りが慌てると、妊夫さんに余計なストレスを与えてしまう可能性があると、村にいた頃アンナさんに聞いたことがある。だから僕は、できるだけ落ち着いた声で、ディーンさんに話しかけた。

「すぐにウィルさんが医術師を連れてきます。僕もそばにいますから、大丈夫ですよ」
「…ユイ君は初めて会った時も、そんな風に安心させてくれたよね。ありがとう」

 ディーンさんはそう言って、微笑み返してくれた。気持ちが安定しているようで良かった。
 程なくして、ウィルさんが医術師と白衣の女性を1人連れて、部屋に入ってきた。以前往診に来てくれた壮年の医術師で、いかにもベテランといった風格の女性は助産師さんだそうだ。

「ウィリアム、タオルをたくさん準備してくれ。それと、そこの黒髪の子。ぬるま湯をたくさん沸かす準備をしておいてくれるか」
「わかりました」

 ディーンさんの状態を診ると、医術師はテキパキと指示を出し始めた。一方、医術師の指示を受けた僕とウィルさんは、内心ハラハラしながら一心不乱に動いた。そうしているうちに、本格的なお産が始まり、僕とウィルさんは入室を制限された。
 部屋の外に椅子を並べて、僕はウィルさんと待った。ウィルさんは、中からディーンさんの苦しそうな声が聞こえる度に立ち上がり、ドアの前を右往左往していた。自分の奥さんが命がけで出産をしているのに、待つことしか出来ないという歯痒い気持ちが、痛いほど伝わってきた。そんな様子を見て、僕はディーンさんのお産が無事に終わりますようにと心から祈った。

 やがて、陽が頂点に差し掛かろうとする頃、部屋のドアが開いて助産師さんが顔を出した。

「もうすぐ産まれるから、ぬるま湯を持ってきておいてくれる?」
「あっ、はい!」

 僕は慌ててキッチンに降り、ぬるま湯を何回も部屋の前に運んだ。温度が変わらないよう生活魔法で保温状態にしておいたから、たとえ長時間放置していても問題ない。
 3個目の桶を持って階段を上り終えたところで、部屋の中から元気な産声が聞こえた。忙しなく動く音が聞こえ、僕が準備したぬるま湯が次々と中へ運ばれた。そしてしばらくすると、助産師さんが再び部屋から顔を出し、笑顔で言った。

「旦那さん、中にどうぞ」

 ウィルさんは緊張した面持ちで部屋に入ると、ディーンさんと小さなおくるみに包まった赤ちゃんのそばにそっと近寄った。ディーンさんは疲れ切ったようにぐったりしていたけど、ウィルさんが近づき、額にキスをすると嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「よく頑張ったわね、ディーン。ありがとう…愛してるわ」
「…男の子だって。抱いてやって」

 ウィルさんは恐る恐る赤ちゃんを抱き上げると、涙を浮かべながら幸せそうに微笑んだ。

「無事に産まれてきてくれて、ありがとう。アナタはディーンとアタシの宝物よ」

 赤ちゃんを見ながら微笑み合う二人を見ていたら、僕も胸が温かくなった。自然と笑みがこぼれ、この家族にこれからたくさんの幸せが訪れてほしいと心から願った。ドアの外側からほっこりした気分で見ていると、ウィルさんが僕に視線を向けた。

「ユイ。アナタもこの子を抱っこしてあげて」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんよ。さあ」

 僕が近づくと、ウィルさんは抱いていた赤ちゃんをそっと抱き渡した。産まれたばかりの赤ちゃんは想像していたよりも重く、その重みと温かさが、小さな生命いのちの存在をより実感させた。しわくちゃな顔と、おくるみから覗く小さな手が何とも愛らしい。

「かわいい…。この子、名前は決まっているんですか?」
「ええ。アレックスよ」
「アレックス…。いい名前ですね」

 そういえば、前に司祭様から、赤ちゃんが産まれた時の祝福の言葉を教わったことがある。
 僕はアレックスを抱きかかえたまま、そっと語りかけた。


「〝この世界にようこそ、アレックス。君と君の家族が生きる未来に、"世界"の祝福がありますように〟」


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