【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 アル──アレックスの愛称だ──が産まれてから2ヵ月間は、お店を完全休業にして、ウィルさんとディーンさんは育児に専念した。もともと1ヵ月間の予定だったらしいが、あの夜の貴族女性から受け取った報酬のおかげで、それだけ休んでも問題なく生活できるからと期間を延長したそうだ。休業中は当然僕も仕事がなく、肩身が狭く感じて家事や子守りを積極的に手伝った。
 アルは僕が抱っこして語りかけたり、歌を歌ってあげると、どんなに大泣きしていても泣き止んでくれる、とってもいい子だった。

「ありがとう、ユイ君。すごく助かるよ」
「いえ、これくらいしかできませんから」

 今ほど生活魔法が使えてよかったと思ったことはない。アルは数時間おきにおむつや服を汚して洗濯物を増やすから、手洗いでは追いつかず、僕の"洗浄"が大活躍だった。この世界にも紙おむつや、"洗浄"の効果が付与された布おむつもあるが、それらは平民には気軽に手を出せるような価格ではない。元いた世界と比べれば、行政支援やサービスも整っていないこの世界では、子育ては本当に大変だと思った。

 ディーンさんも出産後2週間は、一人でベッドから出ることができなかった。魔法具を使用して出産できるようになったとはいえ、男性の身体は女性ほど出産には向いていない。そのため、身体にかかる負担は計り知れず、妊夫の出産は妊婦の何倍も死亡リスクが高いそうだ。

「だからこそ、困難の末に産まれてきた子は、より愛情深く育てられる子が多いんだ」

 その話を往診に来た医術師から聞いたとき、ウィルさんがディーンさんを過剰に心配したり、二人のアルに対する並々ならぬ愛情を向けるのも納得がいった。
 幸い、ディーンさんの経過は順調で、出産後3週間目には一人で家の中を歩き回れる程に回復した。

 そしてあっという間に2ヵ月が過ぎ、お店を再開させる日となった。昼営業の間、アルの面倒はウィルさんのお姉さんが派遣してくれた、使用人が見ることになっている。

「姉様には本当に感謝だわ。この近くには、子どもを一時的に預かってくれるような教会がないから…」

 ウィルさんが困ったような、それでいて嬉しそうな表情をして言葉を漏らしていた。

 久しぶりの営業は、本当に目の回るような忙しさだった。2ヵ月も休業していたから客足が遠のくかと思っていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。開店と同時に押し寄せて来たのは、休業の理由を知る常連さんたちで、お祝いの言葉やプレゼントが次々と贈られた。その勢いは、昼営業が終わる頃にはダイニングテーブルを埋め尽くすほどだった。そしてお祝いラッシュは、夜営業でも続いた。
 その翌朝、積み上げられたプレゼントを見ながら、僕たち三人は呆然とした。

「お二人の人望が厚いってことですね」
「嬉しい限りだけど、さすがにこの量は…ねぇ?」
「いや待て。お祝い品に乗じて、ユイ君宛てのプレゼントも紛れてるぞ」

 手近にあった物を拾い上げたディーンさんが、メッセージカードに僕の名前が書いてある事に気付いた。プレゼントを仕分けしてみたら、全体の4分の1が僕宛ての物だと分かった。
 夜営業でピアノ演奏をするようになってから、お客さんの中には過剰にチップをはずんでくれたり、高価な装飾品を贈ろうとする人もいた。そんな時は、「お気持ちだけで十分です」と度々お断りしていたけど、まさかこんな風に渡してくるなんて思ってもみなかった。

「よくもまあ、あの短期間でユイ目当てのお客さんも増えたものね」
「しかもユイ君が受け取らないのを見越して、差出人は名前を書いていない。余程受け取って欲しい物なんだろうな」
「なんか…すみません。ご迷惑をおかけして…」

 とにかく、僕宛の物をここに置いておくわけにもいかない。サイズの大きいものは多くなかったから、自室に運んでも邪魔にはならない。

「これ全部売ったら、いいお金になるんじゃないか?」
「えっ、さすがにそれは…」
「でも身に着ける時は注意なさい。どんな魔法がかけられているか分かんないから」
「そんな危ないことをする人なんて──」
「い・る・わ・よ!」

 僕の言葉を先読みしたウィルさんが遮るように言った。アルを抱っこしているディーンさんも、「そりゃもう、たくさんねぇ~」と猫なで声でアルに語りかけた。手を小さく動かすアルの仕草が可愛くて、見ているだけで癒される。

「ユイ。アナタ演奏中や接客中に、どんだけ色気垂れ流してるか知ってる?」
「い、色気…ですか?」
「昼営業の時も、たまに垂れ流してるよ」
「ユイって一見清楚系のようだけど、実は割と濃艶なのよね。その色香にあてられて、よろしくやりたいって人、結構いると思うわよ?」

 そんな、僕をまるで悪女のように……。

を着けてるおかげで、今は仕掛けてくる人はいないかもしれないけど、これから積極的にアプローチしてくる人だって絶対出てくるわよ」

 ウィルさんが僕の右耳を指さしながら、イヤーカフの存在を再認識させた。

「そうそう。それにアパート借りて一人暮らしするつもりなら、そういう贈り物には余計に注意しないと。もしその中に、追跡魔法が付与された物や媚薬の類があったらどうする?」

 ディーンさん、そんなコワいこと言わないでください。

「一応、中身を確認して、どうするか考えます」
「装飾品や服を身に着けたら、贈り主が勘違いするわよ。もし身に着けるんだったら、人前に出ちゃダメ」
「は…はい…」

 それからしばらくはお祝いの贈り物が続き、夜営業がない日にせっせと仕分けした。僕宛ての物は空いた時間に自室で開封し、どんなものが入っているのか恐る恐る確認した。そのほとんどが服やブローチ、カフスボタンといった服飾品で、ほかには香水やハンカチなど特に変わった物はなかった。
 順調に箱を開けていくと、妙に小さい箱に行き当たった。開けてみると、ふくらみのある黒いレースに紫のレース紐がついた、見たことのない物が入っていた。頭に疑問符を浮かべながら、一緒に入っていた一枚の紙を読んでみると、『男性用ランジェリー』と書かれていた。それが何なのか分かった途端、僕はそれを開封していない箱と一緒に、マジックバッグに押し込んだ。
 果たして着けている意味があるのかと思うくらい隠す面積が少なく、その隠す部分でさえもレースで作られていた。

 前の部分以外…、紐しかなかった……。あんな卑猥なデザインの下着、初めて見た。こ…こんなもの贈るような人、お客さんにいたかな……?僕って、こんなエッチな下着を履いているイメージ持たれてるの?

 自分の貞操の危機が密かに近づいてるような気がして、僕は今後の対策について、ウィルさんとディーンさんに朝一で相談しようと心に決めた。


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