66 / 128
第二章
62
しおりを挟むアル──アレックスの愛称だ──が産まれてから2ヵ月間は、お店を完全休業にして、ウィルさんとディーンさんは育児に専念した。もともと1ヵ月間の予定だったらしいが、あの夜の貴族女性から受け取った報酬のおかげで、それだけ休んでも問題なく生活できるからと期間を延長したそうだ。休業中は当然僕も仕事がなく、肩身が狭く感じて家事や子守りを積極的に手伝った。
アルは僕が抱っこして語りかけたり、歌を歌ってあげると、どんなに大泣きしていても泣き止んでくれる、とってもいい子だった。
「ありがとう、ユイ君。すごく助かるよ」
「いえ、これくらいしかできませんから」
今ほど生活魔法が使えてよかったと思ったことはない。アルは数時間おきにおむつや服を汚して洗濯物を増やすから、手洗いでは追いつかず、僕の"洗浄"が大活躍だった。この世界にも紙おむつや、"洗浄"の効果が付与された布おむつもあるが、それらは平民には気軽に手を出せるような価格ではない。元いた世界と比べれば、行政支援やサービスも整っていないこの世界では、子育ては本当に大変だと思った。
ディーンさんも出産後2週間は、一人でベッドから出ることができなかった。魔法具を使用して出産できるようになったとはいえ、男性の身体は女性ほど出産には向いていない。そのため、身体にかかる負担は計り知れず、妊夫の出産は妊婦の何倍も死亡リスクが高いそうだ。
「だからこそ、困難の末に産まれてきた子は、より愛情深く育てられる子が多いんだ」
その話を往診に来た医術師から聞いたとき、ウィルさんがディーンさんを過剰に心配したり、二人のアルに対する並々ならぬ愛情を向けるのも納得がいった。
幸い、ディーンさんの経過は順調で、出産後3週間目には一人で家の中を歩き回れる程に回復した。
そしてあっという間に2ヵ月が過ぎ、お店を再開させる日となった。昼営業の間、アルの面倒はウィルさんのお姉さんが派遣してくれた、使用人が見ることになっている。
「姉様には本当に感謝だわ。この近くには、子どもを一時的に預かってくれるような教会がないから…」
ウィルさんが困ったような、それでいて嬉しそうな表情をして言葉を漏らしていた。
久しぶりの営業は、本当に目の回るような忙しさだった。2ヵ月も休業していたから客足が遠のくかと思っていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。開店と同時に押し寄せて来たのは、休業の理由を知る常連さんたちで、お祝いの言葉やプレゼントが次々と贈られた。その勢いは、昼営業が終わる頃にはダイニングテーブルを埋め尽くすほどだった。そしてお祝いラッシュは、夜営業でも続いた。
その翌朝、積み上げられたプレゼントを見ながら、僕たち三人は呆然とした。
「お二人の人望が厚いってことですね」
「嬉しい限りだけど、さすがにこの量は…ねぇ?」
「いや待て。お祝い品に乗じて、ユイ君宛てのプレゼントも紛れてるぞ」
手近にあった物を拾い上げたディーンさんが、メッセージカードに僕の名前が書いてある事に気付いた。プレゼントを仕分けしてみたら、全体の4分の1が僕宛ての物だと分かった。
夜営業でピアノ演奏をするようになってから、お客さんの中には過剰にチップをはずんでくれたり、高価な装飾品を贈ろうとする人もいた。そんな時は、「お気持ちだけで十分です」と度々お断りしていたけど、まさかこんな風に渡してくるなんて思ってもみなかった。
「よくもまあ、あの短期間でユイ目当てのお客さんも増えたものね」
「しかもユイ君が受け取らないのを見越して、差出人は名前を書いていない。余程受け取って欲しい物なんだろうな」
「なんか…すみません。ご迷惑をおかけして…」
とにかく、僕宛の物をここに置いておくわけにもいかない。サイズの大きいものは多くなかったから、自室に運んでも邪魔にはならない。
「これ全部売ったら、いいお金になるんじゃないか?」
「えっ、さすがにそれは…」
「でも身に着ける時は注意なさい。どんな魔法がかけられているか分かんないから」
「そんな危ないことをする人なんて──」
「い・る・わ・よ!」
僕の言葉を先読みしたウィルさんが遮るように言った。アルを抱っこしているディーンさんも、「そりゃもう、たくさんねぇ~」と猫なで声でアルに語りかけた。手を小さく動かすアルの仕草が可愛くて、見ているだけで癒される。
「ユイ。アナタ演奏中や接客中に、どんだけ色気垂れ流してるか知ってる?」
「い、色気…ですか?」
「昼営業の時も、たまに垂れ流してるよ」
「ユイって一見清楚系のようだけど、実は割と濃艶なのよね。その色香にあてられて、よろしくやりたいって人、結構いると思うわよ?」
そんな、僕をまるで悪女のように……。
「それを着けてるおかげで、今は仕掛けてくる人はいないかもしれないけど、これから積極的にアプローチしてくる人だって絶対出てくるわよ」
ウィルさんが僕の右耳を指さしながら、イヤーカフの存在を再認識させた。
「そうそう。それにアパート借りて一人暮らしするつもりなら、そういう贈り物には余計に注意しないと。もしその中に、追跡魔法が付与された物や媚薬の類があったらどうする?」
ディーンさん、そんなコワいこと言わないでください。
「一応、中身を確認して、どうするか考えます」
「装飾品や服を身に着けたら、贈り主が勘違いするわよ。もし身に着けるんだったら、人前に出ちゃダメ」
「は…はい…」
それからしばらくはお祝いの贈り物が続き、夜営業がない日にせっせと仕分けした。僕宛ての物は空いた時間に自室で開封し、どんなものが入っているのか恐る恐る確認した。そのほとんどが服やブローチ、カフスボタンといった服飾品で、ほかには香水やハンカチなど特に変わった物はなかった。
順調に箱を開けていくと、妙に小さい箱に行き当たった。開けてみると、ふくらみのある黒いレースに紫のレース紐がついた、見たことのない物が入っていた。頭に疑問符を浮かべながら、一緒に入っていた一枚の紙を読んでみると、『男性用ランジェリー』と書かれていた。それが何なのか分かった途端、僕はそれを開封していない箱と一緒に、マジックバッグに押し込んだ。
果たして着けている意味があるのかと思うくらい隠す面積が少なく、その隠す部分でさえもレースで作られていた。
前の部分以外…、紐しかなかった……。あんな卑猥なデザインの下着、初めて見た。こ…こんなもの贈るような人、お客さんにいたかな……?僕って、こんなエッチな下着を履いているイメージ持たれてるの?
自分の貞操の危機が密かに近づいてるような気がして、僕は今後の対策について、ウィルさんとディーンさんに朝一で相談しようと心に決めた。
33
あなたにおすすめの小説
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!
カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。
魔法と剣、そして魔物がいる世界で
年の差12歳の政略結婚?!
ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。
冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。
人形のような美少女?になったオレの物語。
オレは何のために生まれたのだろうか?
もう一人のとある人物は……。
2022年3月9日の夕方、本編完結
番外編追加完結。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる