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第二章
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しおりを挟む王都に来て、あっという間に3カ月が過ぎた。<ノクターナ>での仕事にもだいぶ慣れ、顔見知りも随分と多くなった。お客さんたちとの距離は多少近くなったけど、幸いなことに、ウィルさんが言うような下心を見せる人はおらず、特に何かされるということもなかった。
相変わらずチップを多めにはずもうとするお客さんはいるけど、夜営業での演奏のおかげで、一人暮らしの資金も思いのほか早く貯まった。常連さんの中に不動産屋を営む人がいて、ご厚意で店から近いアパートの一室を格安で借りられることになった。それもあって、スキル鑑定の際に納める礼金も、半月前に準備できた。
「今の次期は収穫祭が近いから、鑑定を受けに来る人は少ないと思うわ」
昼営業が終わり、みんなで賄いを食べているとき、ウィルさんが教えてくれた。明日はウィルさん一家がお姉さんに会いに行く日で、お店は臨時休業だ。だからこの機会に、僕は大聖堂でスキル鑑定を受けに行くことにした。
スキル鑑定を行う<レジウム大聖堂>は北地区と西地区の境にあり、<世界樹>がよく見える場所に建てられている。王都内のどこからでも行けるように辻馬車も出ているくらい、王都では定番の観光名所だ。
「王都に来てから仕事ばかりだったでしょ?折角だし、ゆっくり観光でもしておいで」
そう言ってウィルさんとディーンさんは、臨時ボーナスをくれた。確かに、王都に来てから殆どの時間を仕事に費やしていた。休みの日も二人の手伝いや、アルの面倒を見て過ごすことが多く、外出するのは必要なものを買いに行く時くらいだった。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
翌朝、辻馬車から見える街の風景を楽しみながら、僕は大聖堂に向かった。移り変わる街並みは賑やかで、行き交う人々は村では見たことのないような装いをしている。それはまるで映画の中ようなファンタジックな世界で、大聖堂までの長い道のりも苦にならなかった。そして時折、風に乗って美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、時間があったら街を散策しようと思った。
目的地の大聖堂前に到着し、辻馬車を降りた僕は、その建物の大きさに圧倒された。周囲の街並みより高い場所に建てられている大聖堂は、中を窺うことができないほど高く分厚い外壁に囲まれ、まるで城壁のようだ。石造りの階段を上り、外壁をくぐり抜けたその先に、天にも届きそうな尖塔のある<レジウム大聖堂>がそびえ立っていた。
扉口から前室に入ると、左右に案内カウンターが設置され、案内役を務める黒の長衣を着た奉仕者が訪れる人の質問に答えている。混み合っていない列に並ぶと、すぐに順番が回ってきた。
「スキル鑑定を受けたいのですが」
「はい、かしこまりました。ではこちらの記入と、納金をお願いいたします」
対応してくれた男性が紙とペン、そして硬貨を置くトレイを差し出してきた。僕はさらさらと必要事項を記入し、硬貨を入れた革袋をトレイに置いた。
「スキル鑑定は、右翼廊の扉を出たところにある、礼拝堂にて行っております。中に入り、こちらの紙を中にいる者にお渡しください」
「わかりました。ありがとうございます」
男性案内員は、案内図を指さしながら礼拝堂の場所を教えてくれた。そして「あなたに"世界"の祝福がありますように」とにこやかに言い、筒状に丸められた紙を手渡した。
厚い扉の向こう側にある身廊は、これまで訪れたどの教会よりも、荘厳で神秘的な雰囲気が漂い、息をのむほどだった。両側の石柱は建物を支えるようにそびえ立ち、アーチ状の天井は三階建ての建物よりも高く開放的だ。内陣に続く中央の通路には赤いカーペットが敷かれ、その両脇に信者が座る長椅子が規則正しく並べられている。
真っ直ぐ伸びる通路を静かに進むと、全面ガラス張りの半円形の内陣に辿り着いた。そこから見える<世界樹>は力強く、生命力に溢れていた。
なぜ、僕をこの世界に連れてきたんですか?
"世界"の依り代である<世界樹>に向かって、僕は心の中で静かに問いかけた。異世界からの転移は<世界の気まぐれ>と言われているし、そこに意味はないと分かっている。でも、ここから語りかければ、なぜか<世界樹>が応えてくれそうな不思議な感覚があった。
しばらく<世界樹>を眺めてから、僕は教えてもらった礼拝堂に向かった。扉を開くと、前室に先程の案内員と同じ黒の長衣を着た女性奉仕者が立っていた。
「こんにちは。スキル鑑定のご希望ですね?」
「はい、そうです」
「では、そちらの書類をお預かりします。椅子に掛けてお待ちください」
前室にはスキル鑑定を待つ人が数人座っていた。僕が空いている椅子に座った時、鑑定を受け終わったらしい若い男性が礼拝堂から出てきた。がっくり項垂れた様子から、<スキルなし>と判定されたのが見て取れた。その後も次々と待つ人の名前を呼ばれ、礼拝堂に入っては程なくして出てくる。その誰もが、浮かない表情をしていた。
「ユイさん。中へどうぞ」
名前を呼ばれ、緊張しながら中に入ると、黒い長衣に赤紫色の腰帯を巻き、同じ赤紫色の小ぶりな帽子を被った老人が祭壇に立っていた。その格好からして、恐らく司教様だ。そしてそばには、金色に輝く豪奢な枠に嵌めらた、全身が映るほどの大きなガラスがある。
「あのっ…、よろしくお願いします」
僕の緊張が伝わったのか、司教様は朗らかに笑った。
「そう緊張せずともよい。<スキル>があろうとなかろうと、"世界"は変わらず君を見守ってくれる」
ゆったりした口調でそう言うと、司教様は僕をガラスの前に立たせ、ガラス越しに覗き込んできた。じっと目を逸らさず見つめられて、ちょっと居心地が悪くなった。しばらくしてガラスから離れたかと思うと、僕に近づき、ふっと笑みを浮かべた。
「どうやら君は、"世界"に特別な祝福を受けているようだ」
「…?それは、どういう…」
怪訝に思って尋ねると、司教様はゆっくり口を開いた。
「君には、<言霊>というスキルが備わっている」
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