【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

文字の大きさ
71 / 128
第二章

67

しおりを挟む

 すでに<ノクターナ>の前には、既にナイトレイ家の馬車が到着していた。僕を待つ間、立ち振る舞いの指導をしてくれた執事さんは、店内のカウンター席でディーンさんが淹れた紅茶に舌鼓をうっていた。

「いやはや、これほど美味な紅茶を飲んだことがありません。素晴らしい腕前だ。ぜひ私に手ほどきをいただきたい」
「いえいえ、そんな…。あっほら、帰ってきましたよ」
「それなら、茶葉の配合を詳しく…」

 執事さんはディーンさんが淹れた紅茶に感銘を受けたようで、ディーンさんが困った様子を見せても、淹れ方を教えてくれと食い下がっている。

「お待たせしてすみません」
「とんでもない。大変有意義な時間を過ごせました。ではディーン殿、また伺いますのでその際はぜひ」
「いってらっしゃい、ユイ。頑張ってね!」
「うぅ…ぅい~」

 アルの悲しそうな顔に後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込み、僕はナイトレイ家に向かった。


 邸に到着して早々、メイドさんに浴室へ案内された。そして僕の羞恥心などお構いなしに手際よく服を脱がされ、気がつけば浴槽のお湯に浸かっていた。

「ユイ様の御髪は、艶やかで本当におきれいですね」
「お肌も白くて、お身体の線も細いなんて。男性にしておくのが勿体ないくらい」

 メイドさんたちは口々にそう言いながら、きわどい部分まで丁寧に洗っていった。お湯が乳白色であったのがせめてもの救いだったが、全身ぴかぴかにされた後に身体を拭かれそうになった時は、さすがに断った。

「じ、自分でやりますから!」
「左様でございますか?では、衝立のそばに下着とバスローブを準備しておりますので、拭き終わりましたらそちらをお召しください」

 そう言って二人のメイドは浴室を出ていった。ホッと息をついたのも束の間、きれいに畳まれたバスローブの下に、既視感のあるが隠れていることに僕は気付いた。

 な……なんで、これがここに…?

 そこにあったのは、1年以上前にもらった贈り物の中にあった、エッチなデザインの男性用ランジェリーだった。ふくらみのある黒レースに、紫のレース紐がついただけのデザインが衝撃的で、忘れたくても忘れられない。

 ど…どうしよう。着ていた服は下着も含めて全部持っていかれた。かといって何も着けていない状態で、準備してもらった服を着るのも……。
 ───…っ、仕方ない。

 僕は意を決して、そのランジェリーを身に着けた。黒レースのところはフロント部分だと分かるから、あとはこの紐をお尻に沿わせて両サイドで紫のレース紐を結べば…。

 ………うん、落ち着かない。

 でもこれ以上、メイドさんたちを待たせるわけにもいかない。僕は急いでバスローブを着て浴室を出た。
 僕が出てきたと同時にメイドさんは手を引いて、足を伸ばせるゆったりした椅子に僕を座らせた。一人は僕の髪を梳かしながら丁寧に乾かし、もう一人は両手足と肩周囲のオイルマッサージを始めた。仄かな石鹸の香りが鼻をくすぐり、程よい力加減は危うく眠りそうになるくらい気持ちよかった。
 マッサージが終わると準備してもらった燕尾服に着替え、鏡台の前でヘアセットとメイクが始まった。

「サイドの髪をひと房編み込んで、後ろで一つ結びにしましょう」
「お肌がきれいだから、メイクはあまり必要なさそうだわ。薄くパウダーを叩いて、唇につや出しを軽く塗るくらいでいいかも」

 メイドさんたちは真剣な顔をして、僕の髪や顔を整えていった。全ての準備が整った頃には陽が沈み、僕の立ち姿を見たメイドさんたちの顔に達成感が浮かべていた。するとそこでノックが響き、邸の主で夜会の主催者であるナイトレイ様と執事さんが入ってきた。

「ユイの準備はできたかしら?……あら、まあ。ふふっ、今夜はユイは休憩室に籠もってもらなくてはいけないわね。でないと、男女問わず群がられてしまうわ」
「左様でございますね、ご主人様」
「さあユイ、今夜はよろしく頼むわ」
「はい。精一杯、務めさせていただきます」

 着なれない服や下着にソワソワしつつ、執事さんに叩き込まれた立ち振る舞いを意識しながら、僕は会場となるサロンに向かった。


 今夜の夜会は収容人数50人ほどの、侯爵邸の中では中規模のサロンで行われる。それでも、魔石がふんだんに使われたシャンデリアや瀟洒な壁紙が、煌びやかな雰囲気をつくりだしていた。夜会は立食形式で、白いクロスが掛けられたテーブルがフロアに設置され、壁際には次々と料理が運ばれている。間もなく招待客が来る時間だと執事さんから聞き、僕は早速ピアノが置いてある休憩室に向かった。

 休憩室はサロン側と廊下側の二か所にドアがあり、ゆったり座れるソファやローテーブルが数組置かれている。ドアを閉めれば室外に音が漏れることはないが、念のため防音魔法が展開されており、サロンで演奏する楽団の音や話し声を気にせず休める。僕がいなければ、人に聞かれたくない話をするのもいいかもしれない。

「お伝えが遅くなりましたが…」

 ピアノのセッティングをしていると、執事さんに声をかけられた。

「夜会の間は、その耳飾りを外していただきますようお願いいたします。少数とはいえ、同性の恋人を持つ人に嫌悪感を抱くお客様もいらっしゃいますので」
「はい、わかりました」

 同性婚が認められていても、そういう人もいるんだな。

 そう思いながら、僕はほんの少しの不安を抱きながら、ルークにもらったイヤーカフを外し、胸ポケットにそっとしまった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥
BL
異世界に転生する直前、天貴(てんき)が選べた“持ち物”は三つ── だが、彼はひとつしか持たなかった。 残されたのは部屋と、布団と、そして──忠犬。 「クータンを頼む」。それが、最後の言葉だった。 ぽつんと現代に残された玄太は、天貴の部屋で布団にくるまりながら泣いていた。 でも、捨てられたわけじゃなかった。 天貴が“本当に”持っていきたかったのは、玄太だったのだ。 その事実を知った瞬間、忠犬は立ち上がる。 天貴の武器を手に、異世界転送の手はずを整え、 天貴が今どんな敵と向き合い、何に苦しんでいるのかを知った玄太は、叫ぶ。 ──忘れ物はおれ!…届けに行くっすから! これは、異世界に送られた大好きな先輩を追って、 “忠犬男子”が次元を越えて追いかける、少しおかしくてちょっと泣ける物語。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―

綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。 一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。 もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。 ルガルは生まれながらに選ばれし存在。 国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。 最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。 一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。 遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、 最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。 ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。 ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。 ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。 そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、 巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。 その頂点に立つ社長、一条レイ。 冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

処理中です...