70 / 128
第二章
66
しおりを挟む翌朝、彼女の宣言どおりナイトレイ家の使者が二人、朝食時に<ノクターナ>にやってきた。
「おはようございます。主人の命によりユイ様をお迎えに参りました。この者がユイ様に代わり、お店のお手伝いをいたします。何なりとお申し付けください」
執事服を着た御年の男性が、柔らかい口調で言った。そして、彼の後ろに控えていた若い女性と一緒に、きれいなお辞儀をされた。
「いってらっしゃい、ユイ君」
「しっかりね!」
「うー!」
まだ準備段階とはいえ、緊張している僕にディーンさんとウィルさん、そしてアルまで応援してくれた。それに励まされた僕は「いってきます」と言って店を後にし、馬車に乗り込んだ。
執事さんの話では、今回の夜会の招待客は特別親しい間柄の人しかおらず、数十人程度の小規模なものだそうだ。会場となるサロンから直接出入りできる隣室が休憩室となり、そこにピアノが設置される。僕は当日その休憩室に待機し、案内された客人にピアノを聴かせればいいらしい。
「ユイ様は特別ゲストとして招待されますが、当日はできるだけ休憩室に留まっていただくことになります」
「承知しました」
説明を受けている間に馬車はナイトレイ家に到着し、そこで夜会当日の衣装の採寸や、貴族を相手とした立ち振る舞い、言葉遣いをみっちり仕込まれた。これがあと2週間も続くのかと思うと、正直うんざりした。
そしてあっという間に夜会当日の朝を迎えた。その日は店休日で、迎えの時間までまだ余裕がある僕に、気晴らしにいこうとウィルさんが散歩に誘ってくれた。僕はウィルさんとアルと3人で、噴水広場まで通りのお店を覗きながら歩いた。ディーンさんは茶葉の配合をしたいからと、今日はお留守番だ。
「何か飲み物を買ってくるから、この辺で遊んでて」
噴水広場に到着するとウィルさんは僕とアルをベンチに残し、広場の外にある露店に歩いて行った。するとアルが、僕に向かって「ぅい!」と言って、両手を上げてきた。
「ん?アルは抱っこしてほしいのかな?」
ウィルさんそっくりの若草色の瞳を輝かせ、アルはそのとおりだと言わんばかりに、キラキラと期待の眼差しを向けてきた。
アルは1歳を過ぎてから少しずつ歩き始め、最近は言葉も少し増えてきた。まだ一語しか言えないけど、ウィルさんを『とぅ』ディーンさんを『かぁ』と呼び、僕のことは『ぅい』と呼んでくれる。その姿がとても可愛くて、初めて「とぅ!」と呼ばれた時、ウィルさんは破顔していた。
僕が抱っこすると、アルは「あっ!あっ!」と言いながら噴水の方を指さした。どうやら噴水で遊びたいらしい。噴水の縁に座り、水面をパシャパシャ叩いて遊んでいると、遠くからウィルさんが歩いてくる姿が視界に入った。僕は腰に下げていたマジックバッグからタオルを取り出し、アルの手や濡れたところを拭きとった。
「アル、『とぅ』が来たよ。この辺は馬車も通って危ないから、手をつないで行こうね」
「うー!」
はぁ~、かわいい……。
手を繋ぎ、おぼつかない足取りでトコトコ歩く姿がペンギンみたいで、とにかくかわいい。ウィルさんも遠くからその姿を見ていて、目尻が垂れ下がっていた。ウィルさんのそばまで来て僕が抱き上げると、アルはウィルさんにドヤ顔を向けた。
「あんよがお上手ねぇ!さすがアタシの息子だわ!」
両手に木製のカップを持ったまま、ウィルさんはアルに頬ずりした。親バカだなぁと思いながら僕は一度アルを降ろし、ウィルさんからカップを受け取った。今度はウィルさんがアルを抱き上げ、二人の顔が同じ高さに並ぶのを見て、本当にそっくりだなと思った。アルはウィルさんと同じ榛色の髪に若草色の瞳をしていて、どこからどう見てもウィルさんの子だ。
「あらあら、素敵なご家族ねぇ」
そばを通りかかったおばあさんが、僕たちを見てほっこりした表情で言った。この状況を見たら誰だって勘違いしてしまうかもしれないが、何だかディーンさんに申し訳なくなった。
その時、一台の馬車が通りかかって、ナイトレイ家の迎えが来る時間が迫っているのに気付いた。ウィルさんが買ってくれた果実水を飲み終えると、僕たちは帰路に就いた。
44
あなたにおすすめの小説
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!
カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。
魔法と剣、そして魔物がいる世界で
年の差12歳の政略結婚?!
ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。
冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。
人形のような美少女?になったオレの物語。
オレは何のために生まれたのだろうか?
もう一人のとある人物は……。
2022年3月9日の夕方、本編完結
番外編追加完結。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる