【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 翌朝、彼女の宣言どおりナイトレイ家の使者が二人、朝食時に<ノクターナ>にやってきた。

「おはようございます。主人の命によりユイ様をお迎えに参りました。この者がユイ様に代わり、お店のお手伝いをいたします。何なりとお申し付けください」

 執事服を着た御年の男性が、柔らかい口調で言った。そして、彼の後ろに控えていた若い女性と一緒に、きれいなお辞儀をされた。

「いってらっしゃい、ユイ君」
「しっかりね!」
「うー!」

 まだ準備段階とはいえ、緊張している僕にディーンさんとウィルさん、そしてアルまで応援してくれた。それに励まされた僕は「いってきます」と言って店を後にし、馬車に乗り込んだ。
 執事さんの話では、今回の夜会の招待客は特別親しい間柄の人しかおらず、数十人程度の小規模なものだそうだ。会場となるサロンから直接出入りできる隣室が休憩室となり、そこにピアノが設置される。僕は当日その休憩室に待機し、案内された客人にピアノを聴かせればいいらしい。

「ユイ様は特別ゲストとして招待されますが、当日はできるだけ休憩室に留まっていただくことになります」
「承知しました」

 説明を受けている間に馬車はナイトレイ家に到着し、そこで夜会当日の衣装の採寸や、貴族を相手とした立ち振る舞い、言葉遣いをみっちり仕込まれた。これがあと2週間も続くのかと思うと、正直うんざりした。
 そしてあっという間に夜会当日の朝を迎えた。その日は店休日で、迎えの時間までまだ余裕がある僕に、気晴らしにいこうとウィルさんが散歩に誘ってくれた。僕はウィルさんとアルと3人で、噴水広場まで通りのお店を覗きながら歩いた。ディーンさんは茶葉の配合をしたいからと、今日はお留守番だ。

「何か飲み物を買ってくるから、この辺で遊んでて」

 噴水広場に到着するとウィルさんは僕とアルをベンチに残し、広場の外にある露店に歩いて行った。するとアルが、僕に向かって「ぅい!」と言って、両手を上げてきた。

「ん?アルは抱っこしてほしいのかな?」

 ウィルさんそっくりの若草色の瞳を輝かせ、アルはそのとおりだと言わんばかりに、キラキラと期待の眼差しを向けてきた。
 アルは1歳を過ぎてから少しずつ歩き始め、最近は言葉も少し増えてきた。まだ一語しか言えないけど、ウィルさんを『とぅ』ディーンさんを『かぁ』と呼び、僕のことは『ぅい』と呼んでくれる。その姿がとても可愛くて、初めて「とぅ!」と呼ばれた時、ウィルさんは破顔していた。
 僕が抱っこすると、アルは「あっ!あっ!」と言いながら噴水の方を指さした。どうやら噴水で遊びたいらしい。噴水の縁に座り、水面をパシャパシャ叩いて遊んでいると、遠くからウィルさんが歩いてくる姿が視界に入った。僕は腰に下げていたマジックバッグからタオルを取り出し、アルの手や濡れたところを拭きとった。

「アル、『とぅ』が来たよ。この辺は馬車も通って危ないから、手をつないで行こうね」
「うー!」

 はぁ~、かわいい……。

 手を繋ぎ、おぼつかない足取りでトコトコ歩く姿がペンギンみたいで、とにかくかわいい。ウィルさんも遠くからその姿を見ていて、目尻が垂れ下がっていた。ウィルさんのそばまで来て僕が抱き上げると、アルはウィルさんにドヤ顔を向けた。

「あんよがお上手ねぇ!さすがアタシの息子だわ!」

 両手に木製のカップを持ったまま、ウィルさんはアルに頬ずりした。親バカだなぁと思いながら僕は一度アルを降ろし、ウィルさんからカップを受け取った。今度はウィルさんがアルを抱き上げ、二人の顔が同じ高さに並ぶのを見て、本当にそっくりだなと思った。アルはウィルさんと同じ榛色の髪に若草色の瞳をしていて、どこからどう見てもウィルさんの子だ。

「あらあら、素敵なご家族ねぇ」

 そばを通りかかったおばあさんが、僕たちを見てほっこりした表情で言った。この状況を見たら誰だって勘違いしてしまうかもしれないが、何だかディーンさんに申し訳なくなった。
 その時、一台の馬車が通りかかって、ナイトレイ家の迎えが来る時間が迫っているのに気付いた。ウィルさんが買ってくれた果実水を飲み終えると、僕たちは帰路に就いた。

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