【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

文字の大きさ
79 / 128
第二章

75 -ルークside- ㉙

しおりを挟む


「ナイトレイ邸に到着したら、その腑抜けた顔をしっかり引き締めろよ」

 姉さんの少しイライラしたような声が聞こえて、俺はハッと我に返った。あのあと、どうやって馬車に乗って工房に行き、邸に戻ったのか記憶がない。気が付けば陽が落ち、洋服店で購入した服を着て、ナイトレイ邸に向かう馬車に揺られていた。

 ユイはあの男と結婚して、子どももいるのか……?

 頭の中でずっとこの疑問が渦巻いていた。結局のところ本人に聞かなければ事実は分からないが、今朝見たあの光景が、頭の中で渦巻く疑問を否定してくれない。
 真実を確かめるのが怖い。もし本当にユイが既に家庭を持っていたとしたら、俺が入り込む隙はないだろう。子ども好きだし、何より契りを交わした相手を裏切るような不義理なことを、ユイは決してしない。
 そうやって頭を抱えているうちにナイトレイ邸に到着し、馬車のドアが開けられた。俺は姉さんを会場までエスコートするために、先に馬車を降りた。
 ナイトレイ家の使用人に案内され、会場であるサロンに足を踏み入れた。今夜は規模が小さい夜会と聞いていたが、華やかに着飾る姉さんを見て、大半の招待客が視線を向けた。姉さんは領主代理の仕事を始めた頃から、夜会に何度か参加したらしく、その時できた知り合いにあいさつをしていた。エスコートしていた俺を知人に紹介する度、作り笑いをしていて、来て早々気力を削がれた。

「ルナシス!」

 明るい声で話しかけてきたのは、金髪碧眼のきれいな女性だった。姉さんを名前呼びするということは、それなりに親しい人物なのだろう。

「遅くなってすまない、エルゼ。招待してくれたこと、感謝する」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。そちらの青年が、あなたが話していた弟君?」
「ああ」

 姉さんは目配せして、俺に自己紹介を促した。

「お初にお目に掛かります、ナイトレイ侯爵。クイントス伯爵家嫡男、ルクスと申します。日頃より姉と懇意にしていただき、誠にありがとうございます」
「エルゼ・ナイトレイです。こちらこそ、ルナシス嬢とは学生の頃より仲良くしてくれて感謝しているわ。あまり固くならず、今夜は存分に楽しんで」

 にこやかにあいさつする彼女は、約半年前に爵位を継いだと聞いている。姉さんと同様、堂々とした立ち振る舞いが板についていて、話していて気持ちのいい人だ。

「二人に紹介したい方々がいるの。ついてきてくれる?」

 ナイトレイ侯爵は「その方たちは今、隣の休憩室にいるの」と言いながら、俺たちを休憩室に案内した。老執事が休憩室のドアを開けると、そこは防音魔法が施されているようだった。さっきまでのサロンの喧騒が一瞬で止み、静かで落ち着いた空間に入ることができて少しほっとした。
 目的の人たちはピアノの前のソファに座り、奏者に向かって拍手をしていた。どうやら、俺たちが入室したと同時に演奏が終わったらしい。
 ナイトレイ侯爵が拍手をしていた二人に声をかけ、俺たちの紹介を始めた。

「ローズ様、クリスティアン様、ご紹介します。私のアカデミー時代の学友のルナシス・クイントス伯爵令嬢と弟君のルクス・クイントス伯爵令息です。
 ルナシス嬢、ルクス様。こちらはローズ・モルゲン前侯爵夫人と、ご令孫のモルゲン侯爵子息、クリスティアン様です」
「ルナシス・クイントスと申します。お会いできて光栄です、モルゲン前侯爵夫人。モルゲン侯爵子息」

 モルゲン侯爵家といえば、主に医療系の事業を展開している家門だったはずだ。エリクサー製作は王命だと姉さんは言っていたが、もしかしてモルゲン侯爵家も一枚嚙もうとしているのか?

 俺がそんなことを考えてると、姉さんがまたしても「お前も自己紹介しろ」と、俺に視線を送ってきた。

「クイントス伯爵家の嫡男、ルクスです。お会いできて光栄です」
「まあまあ。見目麗しい姉弟ね。伯爵令息はこれまでずっと領地に?」
「はい。これまで領地では、魔法具や魔法薬の研究を行っておりました」

 実際<秘密基地>でやっていたから、嘘ではない。姉さんは領地経営の勉強のために王都のアカデミーへ通っていたが、入学は強制ではなかったから俺は行かなかった。
 モルゲン侯爵家の二人が姉さんと話している間、俺は何気なくピアノの方をちらりと見た。ピアノはユイを最も想起させる物だ。こちらの会話を邪魔しないように演奏を控えている様子の奏者は、俺の立ち位置からは顔が見えなかった。

「そうだわ、ルナシス。今回私が特別招待したピアノ奏者も紹介するわね」

 俺の視線に気付いたナイトレイ侯爵が気を利かせようとしたのか、奏者を紹介すると言い出した。その姿を目視した瞬間、俺の心臓が跳ねあがり、全身の血の巡りが急に早くなったようなざわめきを感じた。ピアノ奏者は俯いたままゆっくりとこちらに近寄り、心なしか震えていた。
 顔をおずおずと上げ、夜明け色の瞳がこちらを捉えた。俺は息をするのも忘れ、この1年思い焦がれた人から目を逸らすことができなかった。

「ユ…ユイ、と申します。お目に掛かれて光栄です」

 間近で見るユイは、今朝とは打って変わって美しく、そして悲しそうな目をしていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥
BL
異世界に転生する直前、天貴(てんき)が選べた“持ち物”は三つ── だが、彼はひとつしか持たなかった。 残されたのは部屋と、布団と、そして──忠犬。 「クータンを頼む」。それが、最後の言葉だった。 ぽつんと現代に残された玄太は、天貴の部屋で布団にくるまりながら泣いていた。 でも、捨てられたわけじゃなかった。 天貴が“本当に”持っていきたかったのは、玄太だったのだ。 その事実を知った瞬間、忠犬は立ち上がる。 天貴の武器を手に、異世界転送の手はずを整え、 天貴が今どんな敵と向き合い、何に苦しんでいるのかを知った玄太は、叫ぶ。 ──忘れ物はおれ!…届けに行くっすから! これは、異世界に送られた大好きな先輩を追って、 “忠犬男子”が次元を越えて追いかける、少しおかしくてちょっと泣ける物語。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―

綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。 一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。 もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。 ルガルは生まれながらに選ばれし存在。 国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。 最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。 一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。 遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、 最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。 ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。 ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。 ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。 そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、 巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。 その頂点に立つ社長、一条レイ。 冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

処理中です...