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最終章
102 -ルークside- ㊷
しおりを挟む気が付けば窓の外が明るくなり、部屋には朝日が差し込んでいた。手記の読むのに夢中になって、時間が経つのを忘れてしまっていた。
手記はもう少し続いているが、今は一刻も早くユイに会いに行きたい。しかし、大司教の公邸にいるのなら、まずは手紙を書いて訪問許可を得る必要がある。大司教の住まいで魔力を遮断するような場所なら、警備も相当厳しいに違いない。それに、先触れなしに訪問したら、門前払いされるのが目に見えている。
俺は机のひきだしから便箋を取り出して、ペンを走らせた。用件を簡潔にまとめて封筒に便箋を封入すると、使用人に急ぎ大司教の公邸に届けるよう依頼した。
早いうちに、大司教が読んでくれればいいが……。
国王の顧問も務める多忙な教会の最高責任者に、一刻も早く彼の元に手紙が届くよう願いながらベッドに横たわると、程なくして眠りに墜ちた。
大司教からの返事を待つ間に、手記を読み終えてしまった。そこに記されていたアスターの最期を知り、<最後の救済>を持ち出した大司教に憤りを覚えた。いっそのこと、ユイを攫って国を出ようとも思った。だが、きっと彼はそれを望まない。責任感の強い人だから。
翌日の夕暮れ、ようやく手紙の返事が届いた。その手紙の内容に、俺は愕然とした。ユイに会うのは8日後、つまり収穫祭2日前の夜まで待てとの指示だったからだ。俺はどうすることもできず、大司教に指定された日まで、ユイに会えないことへの焦燥感を抱えながら待つしかなかった。
手記に書いてあることがユイにも起こると思うと、何もせずにはいられず、ユイの助けになりそうなあらゆる魔法薬の製作と改良を試みた。そして同時に、ユイが叶えたい願いについて考え続けた。得体のしれない魔法具に頼るほど、叶わないような願いなのだろうか。なぜ俺には、何の相談もしてくれないのだろう……。
いずれにせよ、ユイのためにできることがあまりにも少なく、俺は魔法薬の製作に没頭することで、絶えず湧き上がってくる不安を必死に押し込めるしかなかった。
そして、とうとう大司教の公邸を訪れる日が来た。
俺はまず大聖堂に転移し、その敷地内にある公邸に向かった。月が昇らない新月の夜、魔法で足元を照らしながらひたすら進んだ。茂みから聞こえる虫の鳴き声が、季節が巡っているのを教えてくれる。最近はずっと部屋に閉じこもっていたから、頬に感じる秋の風が心地よかった。
やがて道の先に、一軒の邸が見えてきた。森の中にひっそりと佇み、窓からは柔らかな光が漏れている。門番は見当たらず、門扉をそっと押すと抵抗なく開き、すんなり入ることができた。今夜俺が来訪することが分っているから、防護魔法が解除されていたのだろう。俺はそのまま庭園を通り抜けて、エントランスのドアを叩いた。すると、執事と思しき男がドアを開け、朗らかな笑顔を向けてきた。
「夜分に失礼する。モーリス大司教様との約束で来た、ルクス・クイントスだ」
「主より承っております。ご案内いたしますので、どうぞこちらに」
執事の案内で邸内に入ると、温かい空気に包まれた。案内された応接室で大司教が来るのを待つ間、邸の中にユイの魔力を感じ、つい気持ちが高ぶる。
……やっと、ユイに会える。
俺は逸る気持ちを抑えながら待っていると、コンコンとノックが響き、思いのほか早く大司教が部屋を訪れた。
「お待たせして申し訳ない、クイントス伯爵令息」
「いえ。収穫祭前のお忙しいときにお時間を割いていただき、ありがとうございます」
「早くユイに会いたいだろう?堅苦しい挨拶はそのくらいにして、本題に入ろう」
「スタンピードを防ぐためには、どうしても<最後の救済>を使用しなければならないのですか?」
大司教は表情を変えず、じっと俺を見つめ返した。その表情は、普段から王侯貴族を相手にしているだけあって考えを読ませない。
「アスターという鎮魂師のことを、ご存じですよね?あのアーティファクトを使用した後、彼女がどんな最期を迎えたのかも」
「……ああ、知っている」
ウルティマスの手記に書いてあった、アスターの最期。それは、<最後の救済>を使用したあと、魔力が徐々に枯渇し、その果てに命を落としたということだ。母さんの命を奪った病と似ている。母さんは病気が発症してから1年持ちこたえたが、アスターはそこに出産が重なり、身体が出産に耐えられなかったんだろう。
ウルティマスが王都の彼女の元を訪ねたときは、彼女は既に亡くなっており、生まれた男児は当時の大司教の養子となっていた。彼女の身に起きたことを当時の大司教から聞いたウルティマスは、それから更に魔法具や魔法薬の研究に打ち込んでいたようだ。それにより作り出された道具や薬は国に大きく貢献し、その功績によりウルティマスは子爵位を賜った。その後も子孫が功績を上げ続け、現在の伯爵位まで上り詰めた。
「そのことを口にするということは、クイントス家に受け継がれている<最後の救済>にの逸話を知ったのだな」
「ええ。だからあの日、ユイと共にクイントス家の人間を大聖堂に招いたのでは?」
「察しのとおりだ。<最後の救済>を作り出し、その後も錬金術で功績をあげたクイントス家に今一度、助力を求めたかった」
「なぜ、西方辺境伯領の話をユイにした時に、その話をしなかったのですか?」
「あの時は、まさか伯爵令息が来るとは思わなかったからな。<最後の救済>の逸話は歴代当主にしか伝わっておらんはずだった。現在はルナシス嬢が、実質クイントス家の当主として手腕を振るっておるし、私からの招待も彼女が応じると思い込んでおった。
来たのが貴族の間ではほとんど存在を忘れ去られた令息の方で、しかもユイと恋仲であるなんて、どれほど驚いたことか」
大司教にそう言われて、俺は二の句が挙げられなかった。幼少期は多少あったが、母さんが他界してからは、俺は全くと言っていいほど貴族が集まる場に姿を見せていない。それを許してくれた父さんや姉さんには、本当に苦労をかけたと思う。
俺の居心地の悪そうな様子を見た大司教は、それ以上は俺に関する話を広げなかった。
「……あなたが知っていることを、聞かせていただけますか?」
大司教は拒否をする素振りを見せず、「さて、何から話したものか」と天井を仰ぎながら呟いた。そして一呼吸ついて、静かに語り始めた。
「大司教は代々、<夢渡り>というスキルを持つ者がその任を負う。このスキルは、夢を通して他者の精神や記憶に干渉できる。そしてそれは、"世界"も例外ではない」
突然の告白に、俺は驚いた。ただでさえ、スキルは自衛のために他言しないものなのに、教会の最高責任者である大司教が自らスキルを明かすなんて。しかも、精神や記憶に干渉するスキルなんて、やり方によってはその人を支配し、その気になれば国をも動かすことができる。
だが、歴代の大司教による国の支配は、この国の歴史の中で語られていない。隠されてきたのか、それとも、このスキルはそんな欲がない者にしか発現しないのか。
「このスキルによって歴代の大司教は"世界"と対話し、時には世界の記憶を見ながら人々を導いてきた。そしてある時、"世界"には特別視する人間が存在することを知った。
それが、タリス・インモータルズだ」
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