【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

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着替えが終わると、ルークは僕が脱いだ服を持って「また後でね」と言いながら部屋を出て行った。ベッドに横たわると、僕は改めて頭の中を整理した。
信じられないけど、僕は今異世界にいる。恐らくきっかけは、橋から身を投げたこと。それでどういうわけか、ここの近くにある森に転移したんだろう。

理人さんにもらった指輪、落としちゃった……。ちゃんと握ってたはずなのに──。

──これからどうすればいいかも分からないのに、なに呑気に指輪のことを考えているんだ。

そんな自分自身に呆れながら、天井を見つめる。ふいに子どものはしゃぐ声が聞こえてきた。窓の外に目を移すが、ベッドの上からじゃその姿を目視できない。
起き上がるのも億劫だったから、目を閉じて声に耳を傾けた。遠くから聞こえる楽しそうな笑い声が心地よくて微睡まどろんでしまう。やがて僕の意識は深いところまで落ちていった。


コンコンという音でハッと目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

「ユイ、シグルドだ。入ってもいいかい?」
「はい、どうぞ」

そう応えると、シグルドさんが入ってきた。押してきたワゴンの上には、ティーセットと焼き菓子が乗っている。

「昼ごろに来たら、眠っていたみたいでね。起こすのも忍びなかったから、声をかけなかったんだ」
「あっ…、すみません」
「いやいや。小腹は空いていないかい?よかったら一緒にお茶でもどうだね?」
「はい、いただきます」

予期せずシグルドさんとのお茶会がスタートした。紅茶のいい香りが部屋に広がり、味も申し分ない。シグルドさんはお茶を淹れるのが上手いのが分かる。香りを楽しみながらお茶を飲んでいると、シグルドさんが話し始めた。

「単刀直入に聞くが、君は異世界から来たのではないのかい?」

いきなり核心を突かれて、紅茶を吹き出すところだった。すんでのところで堪えたが、紅茶が気管に入ってむせかえってしまう。

「大丈夫かい!?唐突にこんなことを言って驚かせてしまったね」

僕は目尻に涙を滲ませながら、ゆっくり呼吸を整えた。

「大…丈夫です。それより、どうして分かったんですか?」
「ルークが君の言動について教えてくれてね。魔法を見てとても驚いていたと言っていたよ。それに、不自然な状態で森に倒れていた状況をみても、そう推測できる」
「鋭い洞察力ですね」
「…実は、この世界では異世界から人が転移してくるのは、ままあることなんだよ。どこからともなく人が現れ、またこちら側の人が突然いなくなったりする。そういう現象のことを、この世界では<世界の気まぐれ>とよんでいる」

なるほど。日本でいう神隠しみたいなものかもしれない。でも言動や状況だけで、僕が転移者だなんて分かるのか?向こうの世界では、仮に異世界から転移してきた人がいたとしても、そうかなんて分からない。…いや、僕が会ったことないだけで、もしかしたら見たら何か違和感を感じるのかも……。

それにしても…、僕ってそんなに驚いた顔してたのかな?ちょっと恥ずかしい…。

「僕もはっきり分からないけど、多分…そうだと思います」
「そうか……。いきなり知らない世界に転移してきて、さぞ不安なことだろう」
「………」

たしかに戸惑いはしたが、大きな不安を感じているわけでもない。
……元から命を断つつもりだった。でも気が付けば、異世界に転移していた。それはつまり、僕はこの“世界”に助けられたということなんだろう。
たとえ偶然でも、助けられた命をそう簡単に手放すわけにもいかない。でも、これからどうすれば……。
ぼんやり考えていると、シグルドさんが続けて言った。

「これも何かの縁だ。君さえよければ、しばらくここで暮らさないか?」
「…それは、願ってもない申し出です。でも、…いいんですか?」
「妻にも提案したが、大賛成だそうだ。それに、ここは孤児院も併設している。ここの手伝いをしながら、ゆっくりと身の振り方を考えるといい」

見ず知らずの僕を何の疑いもせず迎え入れて、温かい寝床と食事を与えてくれた。それだけでも有難いのに、そのうえ居場所までつくってくれるなんて……。

「ありがとう…ございます。よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」

大きくて力強い手が、僕の頭を優しく撫でる。
それが、僕の涙腺を一気に崩壊させた。

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