【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

19

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「ユイのピアノは本当に素敵ねぇ。心が癒されるようだわ」

収穫祭を間近に控えたある日の午後、教会に訪れた村人のアンナさんに演奏を聴いてもらっていると、そんなことを言われた。

「ありがとうございます、アンナさん」
「収穫祭当日も本当に楽しみだわぁ。それに祭服を着るんでしょう?普段は黒衣だからまた違った雰囲気になるんでしょうねぇ」

週に一度の礼拝の日は、いつも着ている黒衣に長い帯状のストールを首に掛けている。白の祭服を着るのは、結婚式や収穫祭での礼拝のような祭祀の時だけだ。

「僕も祭服を着るのは初めてです。礼拝の時も心を込めて演奏するので、楽しみにしていてくださいね」
「えぇ。そのあとの収穫祭も楽しみにしてて!美味しいものたくさん準備するわ」

気立てのいいマダムと話していると、収穫祭が俄然楽しみになった。そうして昔の収穫祭の様子を聞いていると、礼拝堂の出入口扉からアンナさんを呼ぶ声がした。

「母さん!そろそろ戻ってくれよ!父さんがぼやいてたぞ」

アンナさんに声を掛けてきたのはアランだ。アランはお父さん似だが、髪はアンナさんと同じ赤髪だ。

「あら、もうそんな時間なの?もう少しユイと話していたいわぁ」
「ユイだってヒマじゃねぇんだ」
「分かったわよ。じゃあ、ユイ。当日を楽しみにしているわね」
「はい、お気をつけて」

軽く手を振ってアンナさんは帰宅していき、礼拝堂には僕とアランだけになった。

「あれ?アランは一緒に帰らないの?」
「あぁ、ちょっとユイに用があって……」
「うん、何?」

アランは視線を泳がせながら言い淀み、なかなか用件を切り出さない。そんなに言い難い内容なんだろうか?

「収穫祭の日……、一緒に踊ってくれないか?」

収穫祭では村の有志が楽団を結成して演奏をする。それに合わせてダンスを楽しむのも、この村の慣習らしい。

「うん、いいよ。あっ、でも孤児院の子ども達とも踊ることになってるから、そのあとでいい?」
「ああ、もちろん。よろしくな」
「こちらこそ。ダンスの経験はほぼないから、足踏んじゃうかもだけど」
「ははっ。じゃあ1回踏む度に、何か1つお願い聞いてもらおうかな?」
「ええぇ?」

アランは笑いながら帰っていった。
孤児院で顔を合わせるようになって、アランは何かと僕を気にかけてくれている。今回も僕が場に馴染めるように、声を掛けてくれたのかもしれない。

夕食の準備に行くためにピアノ周りを片づけ始めると、今度はルークが礼拝堂に入ってきた。

「アンナさん、帰ったんだ?」
「うん、アランが呼びに来てね」
「…ふぅん」

………しまった。

そっとルークの方に視線を向けると、案の定、ルークは眉間に少し皺を寄せて渋い顔をしていた。アランのことを話題にすると、度々こんな表情を見せる。

「アランさんと何か話したの?」
「ああ…、うん。収穫祭の日に一緒に踊らないかって」

下手に隠しても、どうせ当日になったら知られる。だったら初めから言っておいた方がいいだろう。

「で?踊るの?」
「踊るよ。子ども達とも踊るし、断る理由もないでしょ?」

ピアノ周りを片づけ終わってルークに歩み寄ると、グイっと手を掴まれ身体を引き寄せられた。胸が軽くぶつかると腰に手を回され、まるで射貫くような青い瞳が、すぐ目の前で僕を見据える。

「これくらいの距離で踊るんだよ?」

──ち、近い…。

「今、近いって思わなかった?」
「うっ…」
「小さな子どもとならまだ身長差もあるし、ここまで密着することはないと思うけど、アランさんみたいに背が高い人だとそうはいかないよ?」

そう言われると、ちょっと遠慮したくなってきた……。でももう、いいよって言っちゃったし……。

「ましてや、そんな可愛い顔してたら絶対喰われる」
「かわっ…?…くう!?」

僕は今どんな顔をしているんだ?それに喰われるって、そんなことあるわけない。でもルークの言葉も安易に流せない。

「……できるだけ、身体を離して踊ります。今更断れないし…」
「そうして」

スッと離れると、しばらく沈黙が流れた。ルークは腕を組んで僕から視線を逸らしている。

「……ルークは、僕と一緒に踊らないの?」

ふと湧いた疑問をルークに投げかけた。するとルークは少し驚いた顔をして、でもすぐに目を細めて嬉しそうな笑顔を向けた。

「もちろん踊るよ?踊らないわけないじゃない」

その言葉を聞いて、なぜかほっとした自分がいた。

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