【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

35 -ルークside- ⑪

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ユイの誕生日の当日。
これまでこっそり準備を進めてきた俺たちは、昼食が済むと、せっせとダイニングに飾りつけを始めた。俺は院長と一緒に料理の仕込みをしながら、慌ただしく動いた。幸い、ユイは教会に訪れた人につきっきりで、昼過ぎから夕方まで孤児院の方に来ることがなかった。
そして、そろそろユイが来る頃だというのに、準備が終わらず焦りを感じ始めたとき、アリスがユイの足止めをすると言い出した。

「…じゃあ、アリス。お願いできる?」
「アリスにまかせて!」

アリスはそう意気込んで、ダイニングを出て行った。それからしばらくアリスは戻って来ず、ユイもダイニングに入ってこなかったということは、足止めは成功したんだろう。

学習室を覗いてみると、ユイがアリスを膝に座らせて二人で絵本を読んでいた。アリスの真剣な姿に、ユイは優しく微笑みながら聞いている。この雰囲気を壊さず、もうしばらく見ていたかったが、夕食の時間はとっくに過ぎてしまっている。

「ユイ、アリス、お待たせ。準備できたよ」

声を掛けたら、ふたりは顔を上げた。ユイが本を片づけている間、俺はアリスにお礼を言った。

「アリス、ありがとう」
「これくらい、かんたんだよ!」

不思議そうな顔をするユイを、アリスが手を引いてダイニングに向かった。
パーティ仕様になったダイニングを見て祝の言葉をかけられるユイは、本当に幸せそうだった。


食事の間もユイは終始笑顔で、楽しいひとときを過ごせたようだった。そして、いつもより遅い時間に食事が終わり、片付けをする間もユイは楽しい気持ちが抜け切れていないようだった。

「渡したいものがあるから、今夜ユイの部屋に行くね?」
「…うん、分かった」

ユイに耳打ちしたら、にっこりして応えた。
片付けが終わったあとも、何かと子ども達の世話を焼いていたら、随分と遅い時間になった。今夜はユイがリリィとアリスを寝かしつけていたようで、そのあとに浴室に向かっていた。

ユイより先に入浴を済ませていた俺は、ユイが部屋に戻ってくるまで自室で魔法具の調整をしていた。
俺はプレゼントのイヤーカフとは別に、音を記録する魔法具を作っていた。今年俺が成人したら、ユイを連れてこの村を出ようと考えていたからだ。
ユイがここを出たら、礼拝の日は以前のように院長がピアノ演奏することになるだろう。そうなると、もしかしたらユイが気に病むかもしれない。その打開策として、事前にユイの演奏をこの魔法具に記録してシグルド司祭に渡しておけば、少しは院長の負担を軽くできるかもしれない。
音を記録する魔石は3つしか錬成できなかったが、1つの魔石に何曲か記録すれば、礼拝の日だけ使う分には問題ないはずだ。

まだ試作段階だから、試しに今から記録してみよう。

そう思っていたら、ユイの自室のドアが開く音がした。どうやら入浴が終わって戻ってきたようだ。上着のポケットにユイへのプレゼントと魔法具を入れて、俺は静かにユイの部屋へと向かった。
このとき、魔石に俺の魔力が流れて音声記録が始まっていることに、俺は気づいていなかった。


ノックをすると中から声が聞こえて、ドアを開けた。ユイは灯りもつけず窓辺に立って僅かに差し込む月明かりを眺めていた。その姿を見て、何故かユイがどこかに行ってしまいそうな気がして、こっちに来るよう促した。
ユイをベッドに座らせて、俺はランプに灯りを灯した。ロウソクは、今にも消えそうなほど短くなっている。

「誕生日おめでとう、ユイ」

俺はユイの隣に座って、ポケットからイヤーカフを差し出した。チェーンで繋がれた二つのイヤーカフの片方には、ある魔法を込めた魔石と"護り石"と呼ばれるブルートパーズが嵌め込まれている。

「綺麗……。本当に貰っていいの?」

ユイの嬉しそうな顔を見たら、自分まで嬉しくなる。気に入ってくれたようでよかった。
俺が耳に着けさせてほしいと頼んだら、ユイは快諾してくれた。

「村の外に出るときは、これが見えるようにしてね?」

耳飾りを贈る意味もそれを右耳に着ける理由も、ユイはきっと知らないだろう。それでいい。周りにさえ意味が伝われば、俺には十分だった。

ユイが理由を聞こうとしたとき、それを阻むかのようにランプの灯りが消えた。それと同時にユイの手に自身の指を絡めると、しんと静まり返った室内に響きそうなくらい、心臓が高鳴った。

「……消えちゃったね」

「うん…。でもユイが今どんな顔をしているのか、よく分かるよ」

ユイの頬に触れて、互いの息を感じるくらい顔を寄せた。ユイが俺の手の平に頬を擦り寄せるように首を傾げて、微笑んでいるのがはっきり見えた。



「へぇ?どんな顔?」



「…キスしたくてたまらないって顔──」


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