僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

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3 「…あれ?カイル、なんで棒を股の間に挟んでるの?」

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目に光が入り込むのと同時に身体が動き、瞬時に起き上がる。
そこがどこかの家で、ベッドの上だと認識するよりも先に殿下を探そうと立ち上がった。

「っい、」

身体は包帯だらけ、脚には添え木。

「っ、でんか!」

殿下は…殿下はどうなされたのだ。あの謀殺を企んだ男からちゃんと逃がせたのか、殿下は生きておられるのか。

「…起き上がるな。君は、全身の骨を十二箇所も折って、片脚もぷらぷらなまま殿下を抱き上げようとして…転んで、抱き締めたまま君も殿下も気を失った」

私の声に反応し、扉の方から顔を出したのは…陛下の騎士として名高い方だった。式典などでしか会う事はないが、小さい頃から殿下を支えてきた一人だ。

「……ブラウン殿」

「殿下なら無事だ…というよりも、君には話さなきゃいけない事が……」

殿下は無事、その言葉に心から安堵し…そして驚愕した。

「ブラウンさん~?騎士さん、起きたんですか?」

ブラウン殿の後ろから覗く、ピンク色のふわふわな毛色、濃い青の瞳に可憐すぎる風貌。

「っで!!」

殿下を呼ぼうとする私の口を、ブラウン殿が急いで覆った。

「リンさん、少しこの男と話があるから…向こうに行っててくれるかな?」

王家に長く仕えるブラウン殿の口から飛び出る、不敬にも程がある言葉遣い。

そして……そのブラウン殿の不敬に怒りも灯さずに、はぁいと間の抜けた声を発する殿下。

そもそも…あのお方はリンでは無い、アン殿下だ。


「ブラウン殿……これは一体」

ブラウン殿は…陛下にも殿下にも深い忠誠を見せる男であった。陰謀がひしめく王宮で、殿下が小さい時から信頼のおける大人の一人。

「殿下には、記憶が無い。だから、リンという名前と偽の出生を説明した」

「っ、なぜそのような…」

殿下が召された服も到底王族のものではなく、庶民が着用するサスペンダーに麻のシャツ、胸元には取ってつけた様な首紐。

「落ち着け……、大事な事なんだ。今、王家では陛下と私以外、アン殿下が生きている事は知らない。今回の企みを、誰が起こした事なのか…調査中だ。アン殿下が生きていると知られない限り、白羽の矢が立たないのだから、しばらくここで過ごして貰う」

「っ、ですが…殿下は王族です…この様な古民家で…従者もいない、無理があります」

ブラウン殿は私の目の前に立つと、そっと耳打ちをした。

「だから、アン殿下には偽の記憶を説明したのだ。平民産まれの天涯孤独、騎士のお前が馬車の転落からあの人をお助けし…お前の家に置いてやっているという筋書きだ。私は、お前の親戚、あのお方は今…お前を命の恩人だと感謝し、目を輝かせている」

あながち間違いでは無いがな、とブラウン殿は続ける。

「っでも……」

「もちろん、記憶の有無に関わらず謀反の犯人が捕まり次第王宮にお戻しする。それまでの間…この家で、庶民のリンとしてのあの人を、お守りして欲しいのだ」

もちろん、記憶があろうとなかろうと…あのお方のお側に居るのは当たり前の事。

だが……私は不覚にも、殿下の記憶が無い事をほんの少しだけ喜んでいる自分がいた。

本来なら、あの襲撃が無ければ私は騎士としてお側に居る事を許されなかった身。

自分はいつからこんなにも、自己中心的な考えが浮かぶ男だったのだろうか。

「私はもう、しばらくこの家に来ない。私が来ていたらすぐ犯人にバレてしまうからな。なので、もし連絡があれば使いの者を寄越そう。お前からの連絡は…別に必要無い。殿下のお命に関わる様な事ならお前が自ら来ればいい」


それが…私達の妙な共同生活の始まりだった。

ブラウン殿が、リンの名前を呼ぶと私の部屋にひょこりと顔を出す。

「あ、やっと終わりました?」

「で……リン、様…っい!」

ブラウン殿が私の折れた手を殴りつけた。

「リンさん、お待たせしてすまないね。この騎士はカイル、しばらくこの調子で立つのもままならないので、世話をしてやって欲しい」

殿下が幼い時のようにひょこひょこと歩くと、私の元へと駆けつける。

「わぁ、騎士様…!あの…僕、騎士様に助けて貰ったみたいで…しかもそんな大怪我までさせてしまって…身を呈して、僕を…。本当にすみません、ありがとう……」

お顔は、確かに殿下なのに…ありがとうだなんて言葉は、王族の中でも特に貴いこの人には相応しくない。

「ああ、カイルの様な親戚がいて私も鼻が高い。怪我はしてしまったが、君を守れたんだ…」

「っ、ああ…貴方を…君を……守れてよかった」

心からの叫び、初めて使う殿下への言葉遣いは自分でも違和感しかないが、この方の記憶を呼び起こさせない事も私の務めのようだ。

「っ、ぼく…騎士様に必ずこのご恩はお返し致しますから…!」

殿下の丁寧語に、騎士様という呼び名…。涙目になるそのバサバサの睫毛の付いた大きい目が酷く可愛らしい。

「では、私は帰るから…食べ物などは商人に運ばせる。お二人共、元気で」


最後に見せたブラウン殿の目は子を見る父の様だった。私は九つの時だが、ブラウン殿は三十程の時に産まれたアン殿下、主君であり可愛い孫のような存在なのだろう。

私はどうにか立とうと、足を床に下ろすがすぐに殿下に静止された。

「……騎士様、両足とも折れてますから!立てませんよ!」

「…っリン、さん…あの、その呼び方と話し方は…どうも落ち着かない」

ふへ?と素っ頓狂な音を立てる、初めて見る殿下のお姿。

「ん~でも、騎士様はとても位が高いと思います、貴族でも有数の貴族!何故かそれは分かるんです、僕…記憶にある事とない事があって……井戸の使い方は記憶に無いのに、貴族の中でも騎士様が偉いという事は分かります」

それは…元々貴方の記憶に無いからです、と心の中で呟く。

「確かに、私は公爵家出身の騎士…でもそう敬語で話されたら落ち着かない。私の事は…カイルと」

もう数年来、見ていなかった花がパッと咲く。
可愛らしい……殿下の花が開くような笑顔。

「分かった、カイルさんっ」

私にとって今日二度目の罪悪感だ。

殿下に解任され、一度は死を覚悟した私がまたしても殿下のお側に居られる…ましてや共に生活出来る事をつい喜んでしまう。

記憶が戻った時に殿下は酷く嫌悪するだろうが、今だけはお守りさせて頂く事を許して欲しいと心の中で呟いた。


「…リン、料理など…しなくていい」

殿下は、脚も腕も折っている私に料理を振る舞いたいと言い出した。
一度だって調理前の野菜や肉に触れた事などないのだから、出来るわけがないのは知っているだが、私達が話している間どうにかやってみようとした残骸がある。

私の制止も振り切り、キッチンへ向かう殿下がドアの隙間から見る事しか出来ない。

案の定、包丁を指に当ててしまいビクッと震えると血の滴る指を口に含んだ。

「っあ!リン!」

私はすぐに立ち上がろうとして、それもままならず転び受身を取る。

「わ、カイルさん……!立ち上がろうとしたの??そんな、血が出たくらいで大騒ぎしなくていいのに…こんな身体で…立ち上がろうとするから…元気な方の腕まで折れちゃうよ?」

駆け付けた殿下は、私をベッドに戻そうと私の右腕を首に回し持ち上げようと力を込める。

「っ、だめだ、リン…私に触るな」

思い出すのは、二度と僕に触れるなと泣く殿下のお姿で…。

今の私が殿下の首に腕を回す事などあってはならない事、私はすぐに振り解こうとした……だが、このままでは殿下を下敷きに倒れかねない。

ようやく、殿下のお力を借りつつ寝ていたベッドに腰を下ろすと呆れた様に殿下が私を見た。

「カイルさんは……僕が触るの嫌なの?」

……嫌なわけが無い。
だが、僕に触れていいのは未来の伴侶だけだという殿下の言葉が脳裏を過ぎる。そして……私はあの人に言われた触れるなという言葉は遵守すべき命令だった。

「……私には絶対に指一本触れるな」


そう言い放つと、殿下は悲しそうに顔を歪める。すぐに弁明したかったが、あくまで殿下に命じられた事で…リンに話す事は出来ない。

そして、またしても料理に取り掛かろうとする殿下に慌て、声を荒らげる。

「…リン、物にも触れるな…」

「…でも」

「腹が減ったのなら、包丁は使わず、とりあえず野菜は煮込めば食える」

私が今にも消え入りそうな声で言うものだから、殿下も観念したらしい。
私が作って差し上げたいが生憎身体は動かない。

数十分後に私の前に出されたのは、野菜が全てそのまま入ったスープだった。味付けは塩のみで、よく煮込まれているので丸ごとでもスプーンで一口大に切れそうだ。

「カイル、左手使えないんだから危ないよ?僕が食べさせてあげる」

確かにそれなら触れてはならないという命にはあくまで抵触しない…だろうか。

黙っていると、肯定だと受け取ったのか殿下がスプーンを眼前に差し出す。
あの細く柔らかい指が、私の為に食物を掬い口の中に運ぶのが…給餌される子どもの様で気恥しい。

「む、…美味い」

もちろん、味付けは塩のみなのだからシェフが工夫を凝らして作った料理達に勝るはずがないのだが、私にとっては人生で一番美味しい料理だと思えた。


私はそれからというもの、罪悪感と心労で押し潰されそうな日々だった。
ブラウン殿は来ないし、私は杖を使い足を引きずりながら起き上がり、用を足すくらいしか出来そうにない。

生活の雑務を殿下に頼まなければならないという地獄。もう、このまま無理やり王宮に戻そうかとすら思う程、殿下が一生懸命私の世話や家事をするのがいたたまれない。

だが、殿下と毎日二人で…記憶を失ってからよく笑うこの人と居られる事が、幸せだという気持ちも押し殺せなかった。

色々な背反が私を苦しめ、そして癒す。
世界で一番愛おしい…狂気的なまでに大切で…私には相応しくない高貴なお人。


「やっぱり清拭だけじゃ気持ち悪いでしょ?僕、洗ってあげるから濡らさない様にお風呂で身体を洗おうよ」

毎日殿下は私の身体を清潔なタオルで拭いてはくれるが、やはり洗えないのは辛い。だが…自分では洗えないし、殿下のお手を煩わせるわけにはいかない。

「…いや、私には触れるなと……」

「カイルさん、ずっとお風呂に入らなかったら迷惑するのは僕なんだからね…!今はまだいいけど、そのうち匂いに誘われて虫が寄ってきちゃう」

そう…殿下に言われては、私は拒否する事が出来なかった。

いつものお仕着せの様な安価そうな服を脱ぎ、部屋着同然の格好にたくし上げたズボン。

薄ら乳首が透けそうな格好がどうも目に悪い。

私も下着だけは着用し、包帯が濡れない様にカバーをすると浴室に座る。

あくまで、命令は私が殿下に触れないこと。
今の命は風呂に入ること…大丈夫だと自分に言い聞かせた。

殿下の美しい御指が私の髪の毛に触れる。
私が殿下の髪を洗う事はあっても、まさか殿下が私の髪の毛を洗う事などあるはずがない。

私は…この一瞬だけの幸福を絶対に忘れまいと心に誓うとその心地良さを甘受した。

「…あれ?カイル、なんで棒を股の間に挟んでるの?」

股間に掛けられたタオルが盛り上がっており、それを殿下が指す…。

年頃とはいえ王家の箱入り息子……性の知識にそもそも疎いのは当たり前だ。

身体も洗うから…と股間の帳に手を伸ばす……それを、必死に止めると平然を装う。

「……リン、髪の毛は洗えたようだな。身体は…片手があれば洗える。リン、悪いが一人にしてくれないだろうか」

少し首を傾げてはいたが、強い口調で言ったのが効いたのか、殿下は浴室から出て行き足音が遠ざかった。

自分の股間に右手をやると、先程の薄着の殿下を思い出す。痛い程に立ち上がったそこに触れると自分でも火傷しそうな程に熱かった。

あの小さな身体を組み敷き、欲望のまま腰を打ち付け、もう嫁など取れない程に抱き潰してしまいたい。

殿下の…美しさを…いや、醜い姿も、わがままなあの人も全てを私の物にしてしまいたい。


「っ、」

何度犯してもこの瞬間の罪の意識だけは薄れる事はない。

吐き出した白濁液に混じってこの邪念も私の中から出ていく事を願う。

私は…風呂から出た後、あの人の顔を直視出来ず…殿下はそんな私を怪訝そうに見つめていた。
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