僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

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6 「………アン殿下は歩くのがお嫌いでしたからね、いつもこうして抱いて運んでおりました」

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僕は、生き方がこんなにも人を変えるのだという事を思い知らされた。

特に食の嗜好は、記憶を失ってからとは大きく違うらしい。僕があの小屋で好んで食べていた脂身は……お嫌いでしょうと従者が全て捨ててしまった。

アンとしての記憶が無いから憶測でしか無いが、アンの嗜好は本当は好きでも嫌いでも、王族として相応しいかどうかで決めていたのかもしれない。

だって、あの…肉汁の溢れるぷりぷりの脂身が僕の口に合わないわけないんだから。

最初は、ブラウンさんから聞いた遠く及ばないアンの高飛車な生き方に困惑し、僕であって僕ではない彼に辟易とした。

アンの振る舞いは高飛車そのものだが、神のように崇められるこの国では王族として理想的だったようだ。

高貴で、従者さえも寄せ付けない孤高さ、誰にも心を開かないであろう姿は彼の神格化をさらに進めている。

だが、もし今の僕が小さな頃から高潔に生きる事を強く求められていたのなら、それに順応し、伝え聞いたようなアンとして生きていたのかもしれない。


僕であり僕ではないアンの事を理解し始めていた。やはり、僕はアンなのだ。


「殿下、お疲れではないですか?昔の日記を見つけてからは…眉間に皺が寄っています」

「…ブラウンさん…。うん、アンって酷いやつなんだもん。食べ物も美味しい所しか食べないらしいし…観劇に行ってもゴミも片付けないんだって」

「…殿下、アン様は国民の仕事を奪わないのです。王族とは富の象徴、宗教の信仰が薄い我が国では、あなたの高貴な姿を人目見ると、加護があるのではないかと考える者も居ます」

「ゴミを拾う姿なんて…アンじゃないのか、なんだか大変そう。それが民の為だったのか…アンの行動全部」

全く違う考え方をしているにも関わらず…アンの行動は腑に落ちる。
一言で言えば生真面目で…抜き所を知らない。

日記には美しい文字で国民の様子や日々の話が綴られていた。

勉強は欠かさず行っており、体調不良や寝不足でもルーティンを欠かさない。
王族にも関わらず彼を突き動かす何かはいつもギリギリで…きっとカイルがいなければ壊れてしまう程。

王宮に戻り、数日しか経っていないにも関わらず…僕はアンを心の中に感じた。

既視感…使命感…義務感。

そして、僕がアンの事を理解し終えた頃、ふと脳裏に浮かぶ光景。

皇后様と陛下が僕を抱いていて、その膝の上で説いた言葉。

『アン、あなたを人として産んでやれなかったのは謝ります。あなたは、産まれながらにして王族…神と崇められるのです。せめて…父と母だけは…あなたを人に戻してあげたい。どうか…夢を持ってね』

だがもう僕は知っていた、たとえ陛下の前でも、僕は王族だと。

『僕の夢……陛下がしあわせなことです』

望まれた言葉、望まれた振る舞い、望まれた表情。それを会得するには幼すぎた。

だが、そんな僕が唯一人間に戻してくれる男がいた。

幼い頃は兄だと思っていた…唯一無二の騎士。
その深い敬愛は、僕を甘えさせる。

風邪を引いた時も、転んだ時も…カイルは優しく微笑んで僕を助けてくれた。

僕が貴くなかったら…僕が美しくなかったら…僕が醜聞を働いたら…みんな僕を好きじゃなくなってしまうでしょう。

脳内になだれ込んでくるのは、カイルとの歴史…生活。僕はカイルの前でだけは人間に戻る事が出来た。

カイルだけが側にいればいい…ずっとカイルと二人がいい。

だがある時、第二継承位の僕の使い道は…貴族との結婚だと知った。

カイルだって…産まれた時から騎士だと言われ続けているから僕を大切なだけ。そう…刷り込まれているだけだ。

確かな崇拝、命を賭しても守りたい程の敬愛。
それを刷り込まれて生まれてきたこの男の感情は、本物だと言えるだろうか。


数年前…僕はその事を考え始めてから、カイルと居るのが少し息苦しくなっていた。

わがまま放題で高飛車な主君に忠誠を誓わなければならない、生まれる前からの宿命を背負っている事が重くのしかかる。

カイルにはカイルの人生がある、僕という刷り込みの神から解放してあげたい。

僕は思い出してしまった、カイルという哀れな騎士を。僕という、婚姻という役目を持った王族の名を…。

過去の記憶に思いを馳せていると、ノックと共に響くカイルの声。

「…っああ…カイル」

それを入室の許可だと取ったのか、心配そうなカイルが僕の私室へと踏み入れた。

「カイル…少し訓練に行ったからって殿下に変化はありません、少し落ち着きなさい」

「…殿下、ご無事…でしたか」

僕はアンだ。
記憶が雪崩込んだというよりは、決まった席に腰掛けたような感覚。

リンとして生きたひと月も、本質は何も変わらない…僕だった。

「…えと、あ、カイルさん、僕は大丈夫ですよ」

だが、僕はそれを悟られないように笑うとカイルを労る。なんとなく…悟られたくなかったんだ。





アンの記憶を取り戻してから感じたのは、以前までの、僕が知っているカイルとは少し違う距離感。

以前までのアンに対する態度であれば、足元に跪くか、深く頭を下げ僕のベッドの横に近寄り伺うだけなのに、リンとして生きる僕にはこうしてその手を頬に触れる。

何の承諾も無しに、愛おしそうに髪を梳き耳に掛けた。

神である僕なら…これを叱らなければならない程の愚行…だが、今の僕はリンだ。

彼の手の暖かい感触を甘受しても許される…気持ちよさそうに目を細めると、さらにカイルは僕の頭を撫でた。

「…カイル、さん…えと、暮らしは…もう随分慣れたから大丈夫だけど、色々見ても記憶だけが…ちょっと」

僕の脳内には、完全にアンとしての人生があるのにも関わらず……僕の唇は嘘を言った。

その言葉に、カイルはあからさまな安堵を見せる。

記憶を取り戻して欲しくないカイル…以前までの僕が嫌われていた証拠のようで、じくりと胸は傷んだが、カイルが僕を愛おしそうに撫でる幸福が上回る。

「殿下…顔色か良くなりましたね、やはりあの小屋では栄養が足りて無かったのです」

「……カイルさん、殿下は恥ずかしいよ」

あの小屋での二人暮らしは今思うとおとぎ話のようだ。僕は王族ではなく、カイルは騎士でもない時間。

また僕をリンと、美しい唇で唱えて欲しい。

アンという十九年間を捨ててもいいとさえ思った。

「………アン、さま」

カイルの太い腕が僕の身体を抱き寄せる。
ぱくぱくと鳴る心臓に頭を押し付けられ、アンとしては初めて感じる熱い抱擁に胸を高鳴らせた。

「え、えと……」

「殿下、ご記憶は本当に全く無いのですか?特に……事故前に私と交わした会話は……」

そう、カイルに問われ僕は事故前の記憶は全く脳内に存在していない事に気づいた。

いつものように僕がわがままをして…カイルがそれを叱って……社交界に行きたい僕を止めて、部屋に戻そうとしていた。

そこまでは思い出せるのに、その後の記憶にノイズが走る。

「……えと、事故前の事……そこは特に…思い出そうとすると頭が…」

他の事は多分全てを思い出した僕だが、襲撃された前後の記憶がどうも欠けている。

そう言うと、カイルは更に強く僕を抱き締めた。

「……無理に思い出さなくて良い。永遠に…思い出せなくても、殿下は殿下。ずっと、ずっとこのままでいいのですよ」

カイルにとっては優しさなのかもしれないが、僕にとってはこの都合のいい穏やかなリンのままでいてほしいという呪いにさえ思えた。

カイルは、自分の意思で騎士になったわけではないのに、カイルにばかり当たり散らす僕が、僕は嫌いで……これは、僕にとってもいい門出なのかもしれない。

僕という神が、カイルにとっても都合のいい物である為の門出。


「ふふ、ありがとうカイルさん。王族なんて凄い立場だといきなり言われて…早く記憶取り戻さなきゃって思ってたから嬉しい。でも、王族は凛としていなきゃいけないんでしょう?少しずつでも、アンとして頑張らなきゃね」

僕が出来る事は、カイルの前ではリンの仮面を付け、早く結婚をして……カイルに僕という刷り込みから少しでも遠ざける事。

民や陛下の為にも、カイルの為にも生きられる唯一の方法。


「殿下…あなたは王族と言っても次男ですし…別に、王家の為に頑張る必要など私は無いと思いますが……。ほら、小さい頃に好んでいた、土いじりなんかを極められるというのもいいかと。私も…お手伝い致しますから」


確かに、僕は小さい頃従者に無理を言って田畑を見に行くのが好きだった。

今では、高貴で美しいアンのイメージと掛け離れてしまうから止めたけれど。

カイルがそんな事を覚えている事にも驚いたが……何より驚いたのは、王家の次男として生まれた僕にそんな無責任な生き方を提案した事だ。

記憶を失くしたリンに、いきなり大義を突きつけるのは酷だと思ったのだろうが、僕の役目はこの美貌と地位を使って貴族との繋がりを強化して地盤を固める事だ。

この宮殿ではそんな事、誰でも知っている事なのに……僕はなにも知らない振りをして、それもいいね、と微笑んだ。


「殿下、いらっしゃいますか?」

ドアの向こうから聞こえたのはブラウンの声。
小屋にいた時は、この頼りになる初老がとても好ましかったけれど、記憶を取り戻した今の僕には小姑のように見える。

カイルが、僕に返事をどうするか目で促す。

「っはい!います!」

あくまでリンとして、元気にそう答えるとブラウンが断りを入れて部屋のドアを開けた。

「殿下…ご機嫌麗しゅう」

僕は、昔からこの男がほんの少しだけ苦手だ。僕を見透かして来るような気がして…どこか居心地が悪い。

だが、信頼しているのも確かではある。

「あ、はは…ブラウンさん。どうも」

そして…リンである僕は無理に高飛車でいる必要は無いので、愛想笑いを浮かべる。

「殿下、急ですがお着替えください。民に殿下が快復したと伝えましたら…城の外に詰め掛けて一目姿が見えないかと、暴動寸前になっております。
襲撃で伏せっていたと声明を出しましたが、記憶の事は民も上層貴族も知りませんので…いつも通りの殿下を演出して頂きたいのです」

神の子と崇めるアンが謀反で床に伏していたとなれば、恐らくこの一ヶ月は国中が荒れていたのだろう。
嫡男殿下や陛下も大変な荒れようだったと聞いている。

「……国民が……僕に出来ることがあればなんでも……」

「で、その後ですが嫡男殿下がお会いしたいと。アン殿下がいない間寝る時間もほとんど取れない程の焦燥ぶりでしたから、顔を見せてあげてくださいませ」

王宮に戻ってすぐに、嫡男殿下からの見舞いを申し入れられたが…まだ記憶が戻っていなく困りきった僕を見かねてカイルが遠慮を申し入れていた。

すぐに侍従が部屋に流れるように入ってくると服が用意され、カイルが僕の髪の毛を整えようと手を伸ばす。

僕としては慣れたものだが、アンとしての記憶がある事がバレないように笑った。

その日は…紺のベロアのジャケットに胸元には大きなジャボ、ピッタリと足に吸い付くパンツは白だ。
普通は男性には付けない様なヒラヒラの袖がジャケットから覗く。頭のピンク色と相まって高貴で可愛らしい。

支度が終わると、同時に別室でめかしこまれていたカイルがドアを開けた。

僕と同じ生地のマントが片方だけあしらわれ、縁には金の装飾が付けられている。
暗い色のベストに白いシャツはほとんどがジャボで隠れてはいるがその肉体美がよく分かる。

帯刀した剣は、お洒落な鞘に収められており、持ち手を見る限りそれは使い込んだ剣。

長い髪は後ろで纏められ、僕とお揃いの衣装はまるで……夫婦のようだ。

その気恥しさを悟られないように笑うと、どんどんとカイルの顔が染まっていく。

「か」

たったその一言を大音量で言い放つと、すぐに口を噤んだ。

「……か?」

「っ…ああ…賢そうな位で立ちですね、と言おうと思ったのです、殿下」

「あ、えと…カイルさんも、凄く似合ってるよ。でも、なんでカイルさんもお洒落を?」

王族が国民の前に立つ時、カイルが騎士服に着替えるのは当然の事だがわざとらしくそう問った。

「殿下に…何かあってはいけないですからね、騎士の私も真横に立たせて頂くにあたり、相応の装いを」

カイルはそう言うと、僕を持ち上げ横抱きにする。

「っわ!カイルさん?!」

「………アン殿下は歩くのがお嫌いでしたからね、いつもこうして抱いて運んでおりました」


僕は、黙ったままカイルの胸元に耳を寄せる。通常よりパクパクと鳴っている気がするその音は母胎のようで心地がいい。

そして……カイルが何故そんな嘘を吐くのか…僕には分からなかった。

アンの僕だって、流石にどこでもカイルに運ばれたりはしなかったはずなのに。
カイルの体温が心地よくて……その疑問など忘れるくらいにその時間は僕にとって甘い。


降ろされたのは拝謁口の手前で、一瞬でいいというブラウンの言葉に甘えて、僕は崇め叫ぶ国民の前に一瞬立ち、手を振るとすぐに引っ込んだ。

数分の僕のお手振りが国民の何にそんなに刺さるのか知らないが、この事は大々的に報せが回り、僕が元気であったと国民たちは歓喜するのだろう。

とりあえずの役目を果たせた事に安堵した。

だが、この堅苦しい余所行きに袖を通した理由は、国民に姿を見せるだけではない。

「……カイルさん、では嫡男殿下のところへ」

何処にでも運ばれていたという馬鹿みたいな嘘を信じた振りをして、僕は両腕を広げた。

カイルは一瞬驚いたが、すぐに僕を拾い上げる。リンでいれば、こうしてカイルにいつも抱き上げてもらえるのなら僕はずっとリンでいよう。

またしても、トクトクと優しくなる心臓に耳を傾けているうちに、カイルの足は美しい庭園に向かっていた。

僕はあの人が得意では無かったが、あの人は僕を酷く愛してくれていた。

「……嫡男殿下」

カイルは、話の内容が聞こえないくらいに下がると僕を見据えて立っている。
僕は、嫡男殿下のいる庭園のテーブルに近づき、従者がそっと椅子を引いた。

嫡男殿下は二人で話したいようで従者も下がらせ、自らカップにお茶を注ぐ。

「あ、えと、殿下。ご機嫌麗しゅうございます」

記憶が無い事は知っているだろうから、わざと少したどたどしく、そう挨拶を送る。

「~~っ、アン!本当に、私は心配で心配で……母様は知っていたみたいだけど、アンが静養している一ヶ月の事も私は知らなかったんだから!しかも、私の狂信者に襲撃されて…行方知れずなんて、何度私は命を絶とうと思ったか……ああ、本当に良かった。でも……あの時の恐怖からか頭を打ったからか…記憶が無いと、ブラウンに聞いたよ」

この人は、ただ…優しい人だった。
頭もいいし顔もいい、だが優しく素朴な様子がどうも王族らしくない。

「殿下は…何も悪くありません、記憶は…無いのですが、殿下が僕に良くして頂いていた事はブラウンさんに聞きました」

そう言うと、先程まで僕に抱きつかんばかりの殿下が冷静に笑う。

「……アン」

「はい」

そして何度も首を傾げ、僕を舐めるように見つめた。

「君、本当に記憶喪失?」

「っえ?」

「…本当は記憶があるんじゃないかい?元々失っていない…は流石に考えにくいか、王宮に戻って思い出した?」

殿下は、僕のくだらない企みや必死に押し隠した秘密を簡単に紐解いては僕に突きつける。
そっとしておいて欲しい秘密にすぐ気づくところが僕は特に苦手だった。

「…殿下、何故そのような事を?僕は……」

「ほら、そういうところ!王族とは言っても家族だろ?貴族だって屋敷の中では兄を愛称で呼んだり、お兄ちゃんと砕けて呼ぶものだよ。だが、アンは小さい頃から周りに誰も居なくても、母を陛下、私を殿下と呼ぶ仕来りを崩した事がない!記憶が無いからこそ……?いや、私なら記憶が無ければお兄様と呼ぶだろう!流石にアンのその、形式に乗っ取った生き方は記憶が無いにしては不自然すぎる」

一息でそう、殿下は吐き出すと僕の手を取った。
僕から言わせてもらえば、陛下は王で嫡男殿下は時期王だ。そんな貴い人間に母様~兄様~などと軽々しく呼ぶなど品位を損なう行為である。

その、深層心理に根付いた高貴さが僕は隠しきれていなかったらしい。

「う……にいさま」

だが、まだ誤魔化そうとした僕の言葉に酷く喜び、嫡男殿下は柱をどんどんと叩いた。

「うわぁ~~~!誤魔化すためと言っても初の兄様!堪らないね!生きててよかった!アン、だけど少し詰めが甘いよ。その可愛い顔が不快と嫌悪で歪んでいるよ?」

もう誤魔化しは効かないらしく、殿下はどんどんと僕がアンである事の証拠を述べていく。

これ以上暴れられてカイルが近寄ってくれば、カイルにもアンの記憶がある事がバレてしまいそうだ。

「…殿下、お座りください」

「お!認めるんだね?嬉しいなぁ、アンが僕を虫けらみたいに見るの大好きだからさ……しばらく見れなくなるのは悲しいけど」

その語尾は、元気な殿下に似合わずほんの少し震えていた。

「…お呼び頂ければいつでもこの庭園に足を運びますよ?」

以前も、贈り物やら良い茶葉を仕入れたやら、週に一度程はこの殿下の管理する庭園に訪れていたはずだ。

殿下は少し遠くを見たが、すぐにいつもの笑顔が花を咲かせた。

「ああ。アン、私は日頃から思っていた。格式や品位を重んじるアンの生き方は窮屈そうだと。品位を損なう物は、好きでも好きだと言えず、王族としての品位を第一に考える。そのくせ傲慢じゃない、ちゃんと謙虚で勤勉だからこそ痛々しい。せめて城の中…いや、部屋の中でくらいアンはアンとして生きてほしいよ。逃げていいんだ、何もかも」

珍しい、殿下がこんな事を仰るなんて。
逃げる、僕らしく生きるというのは僕にとって難しい事。それならどこででもアン殿下として居る方がよっぽど楽なのだ。

もちろんこの生き方は、誰かに神として永遠に消費されていくという絶望が襲う事もある。

僕は黙ったまま苦虫を噛み潰したように下を向くと、殿下は立ち上がった。

「ごめん、アン!折角会えたのにこんな事。たまには兄らしい事したくて。時間をありがとう!私は逃げる、色んな事から!仕事なんてするものか~結婚なんてするものか~~」

意味不明な歌を発しながら、フラフラと席を立つと王宮の中に戻って行った。騎士や従者がそれを見つけ後を追い掛ける。

殿下は、器量がいいのにも関わらず仕事嫌いで有名だ。ああして、従者から王宮内で逃げては姿を消すのが得意な方だった。

そんな殿下の背中に、僕はほんの少し笑みを漏らす。あれでも兄、殿下が僕を心配したり人生の事を鑑みてくれた事は……ほんの少しだけ救われた気分だ。

陛下と、殿下だけは確かに歴とした血を分けた家族、これだから殿下が王になったこの国を一歩後ろで支えていきたいと思える。


そう、心の中で唱えたが……その願いは叶わないと知ったのは次の日だ。

そう、翌日…言葉通り嫡男殿下は消えた。
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