皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 佳蓮を覗きこんでいた少年は不意に身体を起こしたが、佳蓮から身を引くためではない。より近づくためだった。

 ベッドの上に身体ごと登った少年は、おもむろに片手を佳蓮の肩に置いた。手加減なく乱暴にな手つきで。

 あまりの痛さに、佳蓮は無意識に舌打ちした。

「えっと……すごいね、君」
「は?」
「この辺りでみんな泣き叫んだり、命乞いをしたりするんだけど、舌打ちされたの初めてだよ」
「だって……」

 思わず言い返した佳蓮だけれど、今の状況を思い出して口ごもる。

「どうしたんだい?言ってよ。大丈夫、その間は殺したりなんかしないからさ」

 殺したりしない。元の世界では比喩的に使われていた言葉だけれど、ここは異世界で、少年の目は本気だった。

 本当は今ここで、大声を出して助けてと言うべきなのだろう。もしくは少年を突き飛ばすなり、暴れるなりしなくちゃいけない。

 けれど、そうしたところで助かる保証はない。少年は呑気な会話をしながらも、片手に凶器を持ったまま。部屋は明かりを落として暗いのに、刃だけがやけに煌めいている。

 どうせ殺されるなら寝ている間にと、つい願ってしまった佳蓮だか、僅かでも命を繋げるなら少年の言葉に縋り付きたかった。

「……だって、だってさ、そんなことをしたって、あなたは私を助けてくれたりなんかしないでしょ?」
「うん。残念だけどね」

 震える声で尋ねれば、少年は食い気味に頷いた。

 柔らかく微笑む少年の瞳の奥は、笑っていない。名も知らぬ少年は、本気で自分を殺そうとしている。
 
「ねえ、怖い?」

 佳蓮は頷くことで返事とした。そうすれば少年は、すっと目を細めた。

「へぇ、冷静に見えてもやっぱり怖いんだね。聖皇后さまって神様みたいに人知を超える存在だと思ってたけれど、違うんだね」
「当たり前じゃん。あ」

 佳蓮にとって聖皇后は地雷とも言えるワードだ。それを耳にして、思わず口を開いてしまった。もちろん慌てて口を引き結ぶ。

 そんな佳蓮を物珍しげに見ていた少年は、こんな願いを口にする。

「さっきも言ったけど、僕と話をしてくれている間は殺さないよ。だから続きを教えて」

 にこりと少年が笑う。とても人懐っこい笑みだ。けれど、やっぱり目は笑ってない。

(サイコパス)

 そんな言葉が脳裏によぎったけれど、佳蓮は口を開く。死にたくないから。
 
「……私、聖皇后なんてなりたくない」 
「へぇー。そうなんだ。僕の知っている人は、皆それになりたいって言ってたけどね」
「なら、その人がやればいいじゃん。私はやだ」

 ついつい顔を顰めてプイっと横を向けば、すぐに笑い声が降ってきた。

 けれど少年は笑い声をすぐに引っ込めて、申し訳なさそうな顔をした。

「あーごめん。君を馬鹿にしたんじゃないんだ。僕の知っている人がつくづく阿呆だなって思っただけ。君は皇后の座を望んでなんかいないのに、その君を殺そうとするなんてね。席を奪うんじゃなくって──」
「ねえ、それって誰?」

 佳蓮は掠れ声で、少年の言葉を遮って問うた。

「知りたい?」

 ぞっとするほど低い声に、佳蓮は迷うことなく首を横に振る。

 思わず尋ねてしまったけれど、知ったところでどうなる。犯人を突き止めて断罪する権限など、佳蓮にはない。

 望まぬ方向にばかり進んでしまうこの世界と自分は、つくづく相性が悪い。まったく皇帝が皇帝なら、その下の人間も人間だ。

(でもそんな人間に殺される私が、一番無様で惨めじゃん!)
 
 恐怖に悔しさまで追加され、佳蓮の心臓はバクバクと早鐘を打つ。それはまるで絶望の鐘の音に聞こえる。

 少年の手は未だに佳蓮の肩にあった。それは左側で心臓のすぐ近く。

 佳蓮の鼓動が早くなったのに気付いた少年は、短く声を上げて笑った。

「ははっ。聞いてきたくせに、やっぱいいだなんて我儘だね。でも教えてあげる。シャオエだよ」
「……あ、あー……そう。そうですか」

 記憶の端に引っ掛かりを覚えたけれど、佳蓮は誰なのか思い出せない。おそらく愛人集団の一人だろう。

 聞いてしまった手前、知らないとは言えず、佳蓮はわかったフリをしてみる。が、

「ねえ君、思いっきりソレ誰?って顔してるけど……?」 
「なにぶん、まだここに来たばっかりで……顔と名前が一致してないの。ごめんね、教えてくれたのに。ほんっと、ごめん!」

 咄嗟に謝罪をしたら、少年は佳蓮の肩から手を離して目を丸くした。

 少年の表情は、これまでの人形のような人工的なものではなく、どこにでもいる血の通った普通の男の子に見えた。
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