皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 少年は、まじまじと佳蓮を見ている。

 まるで不可解な生き物──空を飛ぶニワトリか、肉を食べるウサギか。はたまた、しゃべる魚を目撃したかのように。

 少年が何に驚いているかわからないが、勉強嫌いの冬馬が気まぐれに教科書を広げた時に見せる顔に良く似ている。きっと年齢も冬馬と同じくらいだろう。

 そう思ったら、こんな時なのに恐怖とは違う感情が湧いてくる。こんな出会い方さえしなければ、会話のキャッチボールができるこの少年と、きっと仲良くなれたはずなのに。

 けれど少年は、どこまでいっても暗殺者だった。再び作り物めいた人形のような笑みを浮かべる。

「っ……!」

 沈黙したまま少年の膝が、佳蓮の肩を押さえた。肩の筋にぐりぐりと少年の膝小僧が当たって、先ほどよりも痛みが強い。

 苦痛に顔を歪める佳蓮に、少年は笑みを浮かべて口を開く。

「なんかさぁ……見ず知らずの人間に勝手に恨みを買われて挙句の果てに僕に殺されちゃうなんて、同情しちゃうよ。それなのに僕にごめんだなんて……君、もしかして、超が付くほどおめでたい性格なのかな?」

 馬鹿にされても佳蓮は、むっとすることはない。少年がとても無理して笑っているのがわかったから。

(この子となら私、交渉できるかも)

 佳蓮は、僅かな可能性に掛けた。

「ね……ねぇ、あなたが私を殺そうとしているのって、その人に頼まれたからなんだよね?」
「あ、そうだよ。言ってなかったっけ?」
「うん、初耳。まぁ……なんとなくわかってたけど。ところで……えっとね……」
「なあに?」

 くるりと視線を向けてくる少年は、佳蓮の続きの言葉をちゃんと待っている。

「その人に私がそういうものに興味がないって。こっちが願い下げだって伝えて欲しいんだけど……」
「そんでもって、殺さないで。とか?」
「で、できれば」 

 佳蓮は生き延びられることができる唯一の方法を口にしてみたけれど、少年はただ微笑んだだけだ。

「……楽しいね」
「え?」
「僕さぁ、人を殺す時に一度も罪悪感を持ったことがないんだ。だってそうしないと僕が生きていけないから。だからこれまでずっと殺すことに疑問をもったことがないし、殺す人と会話もしたことがないんだ」

 そう言って少年は、手に持っているナイフを器用にくるくると回し始めた。対して佳蓮は、体の上でそんなことをされて気が気でない。

 少年はそれでも言葉を続ける。ハラハラと目を泳がせる佳蓮に、気付いているはずなのに。

「でも、さ……気まぐれで君と話したら、めっちゃ楽しい。初めて知ったよ」
「……どうして?」
「どうしてって、なにが?」

 不思議そうに首をかしげる少年は、とてもあどけない。そして少し舌ったらずな言い方で、佳蓮に続きを促す。

「どうして人を殺すのに罪悪感を持たないの?」
「牛飼いがどうして牛を飼っているかって疑問に思う?」

 質問を質問で返され、佳蓮は言葉に詰まった。

「……お、思わない。ただ……牛を飼わなきゃ、牛飼いになれないことはわかるけど……」

 しどろもどろになりながら佳蓮が答えれば、少年はすぐさま正解と言う。

「シャオエより君の方がよっぽど頭がいいね。でも君は、シャオエより運が悪い」

 少年の声も表情も、不慮の事故に見舞われてしまった人に向けるようなものだった。

 表情を変えぬまま、少年は佳蓮の耳元に唇を寄せる。

「あのね、大事なことだからよく聞いて。今この城の人間は眠っている。井戸に強い薬を入れたから。それでね、君は殺されるんだ僕に。でも、ただ死ぬんじゃない。帝国にはこんな言い伝えがある。生きたまま四肢を切り落とし最後に首を跳ねたら、その人間は二度と生まれ変わることができないって。魂ごと消滅するんだって。で、これがシャオエの依頼だったんだ」

 最悪だ。聞きたくなかった。

 不安と恐怖と絶望で、もう心臓が止まってしまったかのように息苦しい。佳蓮の息が細くなる。

 少年は身体を起こすと真っ直ぐに佳蓮を見つめ、作り物ではない人懐っこい笑みを浮かべた。

「でも僕、君のこと結構気に入ったんだ」

 少年の続きの言葉で、僅かに見えた希望の光が、幻のようにかき消されてしまった。

「だからさぁ、一瞬で殺してあげるよ」

 少年が言い終えるや否やナイフが勢いよく振り上げられ、真っ直ぐ佳蓮に振り下ろされた。
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