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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?
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アルビスは佳蓮を召喚してから、毎晩離宮へ足を向けることが日課となった。けれどその日課は、佳蓮がトゥ・シェーナ城に住まいを移したので消えてしまった。
ぽっかりと空いてしまった心と時間を埋める為に、アルビスは今まで以上に政務に没頭する。くたびれ果てて、何も考えられなくなるまで──
*
とても静かで雲の多い夜だった。夜空に浮かんでいる月は、雲の狭間から出たり消えたりを繰り返している。
ロダ・ポロチェ城は、全てが眠りに落ちているかのように静まり返っていたけれど、外廷の奥の豪奢な一室だけは、煌々と明かりが付いている。
部屋には3人の男がいた。暖炉の薪が爆ぜる音と共に、ペンを走らせる音が響いている。
彼らは黙々と書類に目を通し、捌き、何かを書き込んでいた。
「陛下、北の関所からの支援要請の件ですが、明日には兵が到着する予定です」
自身の机に着席したまま、シダナがアルビスに声を掛ける。夜間の政務は、礼儀作法を無視するのが長年のルールだ。
「そうか、わかった。他に降雪被害が無いならこのままお前に任せる」
「かしこまりました」
アルビスも別の書類を手にしたまま、シダナに指示を出す。次いで、この部屋にいるもう一人の男に目を向けた。
「ヴァーリ、毎月届く各砦の報告書をまとめるのに、いつまでかかっているんだ」
「いやまぁ……ちょっと……」
アルビスの呆れ声に、ヴァーリはごにょごにょと言葉を濁しながら頭をかいた。
同時にアルビスとシダナが溜息を零した。
武闘派のヴァーリに任せていては、来月の報告書が届いてしまうと判断したアルビスは、執務机から立ち上がった。
「もういい。貸せ──っ……!」
ヴァーリから書類を取り上げようとしたアルビスは、突然体勢を崩して床に膝を付いた。
息ができない程の痛みが、アルビスの喉に走ったのだ。
「陛下!」
「どうされました!?」
側近二人が慌ててアルビスの元に駆け寄るが、痛みに耐える当の本人はそれどころじゃない。絶望の淵に落とされていた。
この衝撃に近い痛みが、佳蓮に与えた護りによるものだとアルビスは直感したのだ。
ただ痛みはすぐに治まった。継続されることはないし、半身を失う喪失感もない。なら考えられるのは、一つだけ。
「どうやらあの城にネズミが忍び込んだようだな。それとも、内部の裏切りか……」
まだ立ち上がる事ができないアルビスは、かすれ声でそう呟いた。
トゥ・シェーナ城は水堀で囲われている。冬の間は跳ね橋さえ地上に降りなければ、自然の要塞となる。
もちろん城内には衛兵がいるが、全員女性だ。並大抵の男よりも剣の覚えがある者たちだが、それでも鍛え抜かれた男性に比べれば非力である。
万全を期すために城全体に結界を張りたいところだが、初代の聖皇帝の魔法がそれを邪魔をしている。
頼りは佳蓮自身に与えた護りだけだが、それも今発動してしまったようだ。この護りはとても強力な盾だが、使えるのは一度だけ。2度目はない。
護りのことをを知っているのはごく一部の限られた者と、お后教育を受けた皇后候補だけ。
頭の切れるシダナは、すぐに誰の仕業なのか気づいた。
「申し訳ございません、わたくしの失態です。夜会のアレが、裏目に出てしまったようです」
「……そうとも限らんが……その可能性は否定できないな」
まだ息を整えることすらできないアルビスは、膝をついたまま苦い顔つきでそう言った。
「すぐに向かいますか。陛下」
動物的直観で表情を鋭くしたヴァーリは、机に立てかけてあった剣を腰に差す。
「そうだな、そうするしかないだろう」
やれやれといった感じで溜息をつくアルビスだったけれど、その表情には余裕などなかった。
「……まさか本当に真冬の水堀を泳ぐはめになるとは」
共にトゥ・シェーナ城に向かうつもりでいるシダナにとって、アルビスの呟きは他人事ではない。
「あの時の陛下の苦し紛れの言い訳が、まさか現実になるとは思いもよりませんでした」
「黙れ」
アルビスは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、机に手を付き立ち上がった。
「付いてこい、行くぞ」
頬に張り付いていた髪を鬱陶し気に払いながら、アルビスは側近二人に声をかける。
そして藍銀の髪が背中に落ちる前に、アルビスと2人の側近は陽炎のように揺らめき──消えた。
ぽっかりと空いてしまった心と時間を埋める為に、アルビスは今まで以上に政務に没頭する。くたびれ果てて、何も考えられなくなるまで──
*
とても静かで雲の多い夜だった。夜空に浮かんでいる月は、雲の狭間から出たり消えたりを繰り返している。
ロダ・ポロチェ城は、全てが眠りに落ちているかのように静まり返っていたけれど、外廷の奥の豪奢な一室だけは、煌々と明かりが付いている。
部屋には3人の男がいた。暖炉の薪が爆ぜる音と共に、ペンを走らせる音が響いている。
彼らは黙々と書類に目を通し、捌き、何かを書き込んでいた。
「陛下、北の関所からの支援要請の件ですが、明日には兵が到着する予定です」
自身の机に着席したまま、シダナがアルビスに声を掛ける。夜間の政務は、礼儀作法を無視するのが長年のルールだ。
「そうか、わかった。他に降雪被害が無いならこのままお前に任せる」
「かしこまりました」
アルビスも別の書類を手にしたまま、シダナに指示を出す。次いで、この部屋にいるもう一人の男に目を向けた。
「ヴァーリ、毎月届く各砦の報告書をまとめるのに、いつまでかかっているんだ」
「いやまぁ……ちょっと……」
アルビスの呆れ声に、ヴァーリはごにょごにょと言葉を濁しながら頭をかいた。
同時にアルビスとシダナが溜息を零した。
武闘派のヴァーリに任せていては、来月の報告書が届いてしまうと判断したアルビスは、執務机から立ち上がった。
「もういい。貸せ──っ……!」
ヴァーリから書類を取り上げようとしたアルビスは、突然体勢を崩して床に膝を付いた。
息ができない程の痛みが、アルビスの喉に走ったのだ。
「陛下!」
「どうされました!?」
側近二人が慌ててアルビスの元に駆け寄るが、痛みに耐える当の本人はそれどころじゃない。絶望の淵に落とされていた。
この衝撃に近い痛みが、佳蓮に与えた護りによるものだとアルビスは直感したのだ。
ただ痛みはすぐに治まった。継続されることはないし、半身を失う喪失感もない。なら考えられるのは、一つだけ。
「どうやらあの城にネズミが忍び込んだようだな。それとも、内部の裏切りか……」
まだ立ち上がる事ができないアルビスは、かすれ声でそう呟いた。
トゥ・シェーナ城は水堀で囲われている。冬の間は跳ね橋さえ地上に降りなければ、自然の要塞となる。
もちろん城内には衛兵がいるが、全員女性だ。並大抵の男よりも剣の覚えがある者たちだが、それでも鍛え抜かれた男性に比べれば非力である。
万全を期すために城全体に結界を張りたいところだが、初代の聖皇帝の魔法がそれを邪魔をしている。
頼りは佳蓮自身に与えた護りだけだが、それも今発動してしまったようだ。この護りはとても強力な盾だが、使えるのは一度だけ。2度目はない。
護りのことをを知っているのはごく一部の限られた者と、お后教育を受けた皇后候補だけ。
頭の切れるシダナは、すぐに誰の仕業なのか気づいた。
「申し訳ございません、わたくしの失態です。夜会のアレが、裏目に出てしまったようです」
「……そうとも限らんが……その可能性は否定できないな」
まだ息を整えることすらできないアルビスは、膝をついたまま苦い顔つきでそう言った。
「すぐに向かいますか。陛下」
動物的直観で表情を鋭くしたヴァーリは、机に立てかけてあった剣を腰に差す。
「そうだな、そうするしかないだろう」
やれやれといった感じで溜息をつくアルビスだったけれど、その表情には余裕などなかった。
「……まさか本当に真冬の水堀を泳ぐはめになるとは」
共にトゥ・シェーナ城に向かうつもりでいるシダナにとって、アルビスの呟きは他人事ではない。
「あの時の陛下の苦し紛れの言い訳が、まさか現実になるとは思いもよりませんでした」
「黙れ」
アルビスは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、机に手を付き立ち上がった。
「付いてこい、行くぞ」
頬に張り付いていた髪を鬱陶し気に払いながら、アルビスは側近二人に声をかける。
そして藍銀の髪が背中に落ちる前に、アルビスと2人の側近は陽炎のように揺らめき──消えた。
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