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婚約者はもうどうにも止まらない④
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強い視線を感じてレオナードは意識を戻した。
すぐ目の前には、こちらをじっと見つめるルシータがいる。
まるで、在りし日のハムを求めるような強い眼差しに、レオナードは先程の”もみの木疑惑”の真相を伝えてないことに気付いた。
「……あのね、アスティリアが言っていた”もみの木”ことだけどね」
わざと勿体ぶって言葉を止めれば、ルシータはあからさまに身体を強張らせた。
次いで、これ以上聞きたくないといった感じて、睫毛を伏せた。彼女の奇麗なすみれ色の瞳が、憂えた影を帯びる。
馬鹿だなぁ。レオナードはそう思った。次に放つ自身の言葉が、ルシータにとって辛いものだと思い込んでいるのだろう。
だが、そうはならない。そんなわけがあるか。
「植物学の授業の一環で、あそこにいただけだよ」
「……は?」
遅れてルシータは、もう一度間の抜けた声を出した。
ただ今度は「え?」と言った。そんな微々たる違いはあったけれど、そこはさしたる問題ではない。
それより、きょとんとしたルシータの表情に刺激されたレオナードが、残りの説明を放棄して、婚約者に頬を擦り寄せるほうが大問題である。
でもレオナードは、理性を総動員して続きをルシータの耳に落とした。
「ちなみにあの時は、チームを組んでレポートを仕上げる課題だったから、他にも生徒がいたよ。あっ、そっかぁ……ルシータも植物学は専攻してたけど、もみの木の調査課題は僕たちの代で終わったから知らなかったよね」
「……ええ、初めて……聞いた」
余談だが、レオナードは、もみの木の調査課題は彼の代で終わったと言ったけれど、真実はちょっとばかし違う。
とある貴族のご子息が圧力を掛けて廃止したのだ。その理由は「好きな女の子が、自分以外の異性と授業とはいえ、もみの木に近づくなんて言語道断」というもの。
恐ろしいほどに私情が混ざっているけれど、学園側は納得したので、それはそれということで。
「ルシータ、安心した?」
「な、なにが……ですか?あなたが他の女性とそこにいたって、わ、私は……別に……その……でも、うん……」
一番聞きたい言葉が尻すぼみになって、レオナードはじれったい気持ちになる。
でもルシータが左の耳たぶに触れながら語るその様は、これまた可愛らしいので我慢する。感情のままに彼女に強く触れたり、言葉を求めて嫌われたくはない。なにせ……。
そう、なにせ、レオナードは未だにルシータの父親から結婚を反対されているのだ。
レオナードは手を伸ばして、ルシータの額に触れる。
そして柔らかい前髪をかきあげ、ある一点に視線を固定した。そこには、小さな小さな傷跡がある。
これこそがルシータの父親が結婚を反対するきっかけであり、原因でもある。
───……まだ、消えてないか。当の本人は、この傷のことを覚えていないようだけれど。
「あ、あのっ、ちょっとっ」
まるで飼っていた猫が実はライオンだと知ったような声を上げたルシータに、レオナードのほうが驚いた。
なぜなら、無意識のうちに、ルシータの傷跡に唇を這わせてしまっていたから。慌てて唇を離す。何度も言うけれど、現在彼にとってこの婚約は綱渡り状態なので。
でも視線は、傷跡から離すことはない。そして知らず知らずのうちにレオナードの表情が、くしゃりと歪んだ。
この小さな傷は、ルシータとレオナードが祝賀会で出会ってから1年程経った頃にできたもの。
当時、執事のカイルドが手を焼くほどのお転婆だったルシータは、木登りをしようとしていた。
おとぎ話に出てきた幸せになれる青い蝶を探したったのか、太陽の化身といわれている三本足のカラスを探したかったのか……良くはわからない。
とにかく思い付いたまま、無鉄砲に研究所にある一番高い木に登り始めてしまった。そこに運悪く(?)居合わせてしまったのがレオナードだった。
彼はもちろん止めた。そして、今すぐ降りるように説得した。
でも子供というのは駄目と言われれば、余計にやりたくなってしまうもの。そして、とうとうレオナードが背伸びしても届かない位置までルシータは登ってしまった。
はしゃいだ声を上げるルシータを聞きながらレオナードは気が気でなかった。ルシータはそんなに運動神経が良いほうではないし、木登りは降りる時の方が難しいのだ。
案の定、ルシータは降りられなくなった。怖い怖いと泣き出し、その場から動けなくなって……レオナードが手を貸す羽目になった。
ルシータをおんぶして木を降りるレオナードは、ほれみたことかと小言を言うわけでもなければ、不機嫌でもなかった。
いや、それより既にレオナードはルシータに好意を持っていたので、ヒロインを助けるヒーロー気分を味わっていた。
ただここで思わぬ悲劇が起きてしまった。もうすぐ降りられるといったところで、最後の枝が折れてしまったのだ。
もちろん、レオナードは自らルシータの下敷きになることを買って出た。だからルシータは、地面に直接叩きつけられることはなかった。
でも、ルシータは落下する途中で、額に小枝が引っかかってしまった。
頭の傷は思っていた以上に血が出てしまうもの。
ご多分に漏れず、ルシータの小さな額はほんのちょっとの傷のはずなのに、大量に出血してしまった。
痛みよりも、その現象におっかなびっくりしたルシータは、今度はわんわん声を上げて泣き出してしまう始末。
しかも間の悪いことに、ルシータの泣き声を聞いてしまった彼女の父親が駆けつけてしまい……。
レオナードは生まれて初めて、大人から本気で怒られてしまったのだった。
すぐ目の前には、こちらをじっと見つめるルシータがいる。
まるで、在りし日のハムを求めるような強い眼差しに、レオナードは先程の”もみの木疑惑”の真相を伝えてないことに気付いた。
「……あのね、アスティリアが言っていた”もみの木”ことだけどね」
わざと勿体ぶって言葉を止めれば、ルシータはあからさまに身体を強張らせた。
次いで、これ以上聞きたくないといった感じて、睫毛を伏せた。彼女の奇麗なすみれ色の瞳が、憂えた影を帯びる。
馬鹿だなぁ。レオナードはそう思った。次に放つ自身の言葉が、ルシータにとって辛いものだと思い込んでいるのだろう。
だが、そうはならない。そんなわけがあるか。
「植物学の授業の一環で、あそこにいただけだよ」
「……は?」
遅れてルシータは、もう一度間の抜けた声を出した。
ただ今度は「え?」と言った。そんな微々たる違いはあったけれど、そこはさしたる問題ではない。
それより、きょとんとしたルシータの表情に刺激されたレオナードが、残りの説明を放棄して、婚約者に頬を擦り寄せるほうが大問題である。
でもレオナードは、理性を総動員して続きをルシータの耳に落とした。
「ちなみにあの時は、チームを組んでレポートを仕上げる課題だったから、他にも生徒がいたよ。あっ、そっかぁ……ルシータも植物学は専攻してたけど、もみの木の調査課題は僕たちの代で終わったから知らなかったよね」
「……ええ、初めて……聞いた」
余談だが、レオナードは、もみの木の調査課題は彼の代で終わったと言ったけれど、真実はちょっとばかし違う。
とある貴族のご子息が圧力を掛けて廃止したのだ。その理由は「好きな女の子が、自分以外の異性と授業とはいえ、もみの木に近づくなんて言語道断」というもの。
恐ろしいほどに私情が混ざっているけれど、学園側は納得したので、それはそれということで。
「ルシータ、安心した?」
「な、なにが……ですか?あなたが他の女性とそこにいたって、わ、私は……別に……その……でも、うん……」
一番聞きたい言葉が尻すぼみになって、レオナードはじれったい気持ちになる。
でもルシータが左の耳たぶに触れながら語るその様は、これまた可愛らしいので我慢する。感情のままに彼女に強く触れたり、言葉を求めて嫌われたくはない。なにせ……。
そう、なにせ、レオナードは未だにルシータの父親から結婚を反対されているのだ。
レオナードは手を伸ばして、ルシータの額に触れる。
そして柔らかい前髪をかきあげ、ある一点に視線を固定した。そこには、小さな小さな傷跡がある。
これこそがルシータの父親が結婚を反対するきっかけであり、原因でもある。
───……まだ、消えてないか。当の本人は、この傷のことを覚えていないようだけれど。
「あ、あのっ、ちょっとっ」
まるで飼っていた猫が実はライオンだと知ったような声を上げたルシータに、レオナードのほうが驚いた。
なぜなら、無意識のうちに、ルシータの傷跡に唇を這わせてしまっていたから。慌てて唇を離す。何度も言うけれど、現在彼にとってこの婚約は綱渡り状態なので。
でも視線は、傷跡から離すことはない。そして知らず知らずのうちにレオナードの表情が、くしゃりと歪んだ。
この小さな傷は、ルシータとレオナードが祝賀会で出会ってから1年程経った頃にできたもの。
当時、執事のカイルドが手を焼くほどのお転婆だったルシータは、木登りをしようとしていた。
おとぎ話に出てきた幸せになれる青い蝶を探したったのか、太陽の化身といわれている三本足のカラスを探したかったのか……良くはわからない。
とにかく思い付いたまま、無鉄砲に研究所にある一番高い木に登り始めてしまった。そこに運悪く(?)居合わせてしまったのがレオナードだった。
彼はもちろん止めた。そして、今すぐ降りるように説得した。
でも子供というのは駄目と言われれば、余計にやりたくなってしまうもの。そして、とうとうレオナードが背伸びしても届かない位置までルシータは登ってしまった。
はしゃいだ声を上げるルシータを聞きながらレオナードは気が気でなかった。ルシータはそんなに運動神経が良いほうではないし、木登りは降りる時の方が難しいのだ。
案の定、ルシータは降りられなくなった。怖い怖いと泣き出し、その場から動けなくなって……レオナードが手を貸す羽目になった。
ルシータをおんぶして木を降りるレオナードは、ほれみたことかと小言を言うわけでもなければ、不機嫌でもなかった。
いや、それより既にレオナードはルシータに好意を持っていたので、ヒロインを助けるヒーロー気分を味わっていた。
ただここで思わぬ悲劇が起きてしまった。もうすぐ降りられるといったところで、最後の枝が折れてしまったのだ。
もちろん、レオナードは自らルシータの下敷きになることを買って出た。だからルシータは、地面に直接叩きつけられることはなかった。
でも、ルシータは落下する途中で、額に小枝が引っかかってしまった。
頭の傷は思っていた以上に血が出てしまうもの。
ご多分に漏れず、ルシータの小さな額はほんのちょっとの傷のはずなのに、大量に出血してしまった。
痛みよりも、その現象におっかなびっくりしたルシータは、今度はわんわん声を上げて泣き出してしまう始末。
しかも間の悪いことに、ルシータの泣き声を聞いてしまった彼女の父親が駆けつけてしまい……。
レオナードは生まれて初めて、大人から本気で怒られてしまったのだった。
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