24 / 26
婚約者はもうどうにも止まらない⑤
しおりを挟む
今にして思……わなくても、レオナードがルシータの父親から怒られたのは100パーセントとばっちりである。
そもそも、ルシータが怪我をしたのはお転婆が過ぎた結果のことだし、もしそこにレオナードがいなかったら額の小さな傷で済まなかった可能性だって高い。
むしろその程度の傷で済んだことが幸いだったとも言える。
でもレオナードは言い訳は一つもしなかった。ただルシータの父親に向けて、謝罪の言葉を繰り返すだけだった。
子供であっても男性は女性を護らなければいけないと教育を受けていたこともあるけれど、想いを寄せている小さな女の子が血まみれの顔で泣いているのは、トラウマになりそうな程の衝撃だった。
もちろん当時のレオナードは、研究所の最高責任者のご子息である。
副責任者とはいえ格下の人間に頭ごなしに怒鳴られるなど、かなりスキャンダラスなことではあったのだ。
けれど、レオナードの父親は理解がある人間で、ルシータの父親はお咎めはなく、今でも変わらず副責任者ままでいる。
ただ、レオナードとルシータの父親には、深い溝ができてしまった。
だからこそ学生時代、レオナードはルシータのことをあからさまに庇うことができなかったのだ。「娘のことはほっといてくれ」というスタイルを貫き通すルシータの父親が枷となって。
と、いってもレオナードが「はいそうですね」と素直に頷くわけがない。
片思い歴が二桁に達していた彼は、ルシータに対して筋金入りの想いを持っている。だから何食わぬ顔をしながらも、誰にも気づかれぬよう水面下で、そりゃあまぁ色々、手を回したり、手を下したりした。
そのおかげで入学してからの1年間は、ルシータにとってまだ風当たりは強いものではなかった。
ただレオナードは危惧していた。自分が卒業したらこれまでのようにはいかないと。
念の為に、かつての家庭教師であったボードレイは学園にいてくれて、逐一ルシータのことを報告してもらうよう手筈は整えてある。
だが、それだけでは全然足りない。足りなさすぎる。
そんなわけで実はレオナードは卒業間近に、こっそりルシータの父親に婚約したいと打診した。既に自分の父親からは許可を得ている。
正式に婚約を発表してしまえば、ルシータは学生でありながら、侯爵家の許嫁となるし、レオナードも卒業したとはいえ、堂々と護る権利を得ることができる。
だがルシータの父親は却下した。
学生婚約などあり得ないと。また当主にもなっていない親のすねかじりが、生意気なことを言うなと突っぱねたのだ。それは過去の一件から「誰がお前なんかに」的な感情でくるものだった。
……娘を溺愛する気持ちはわからなくもないが、何度も格上のお貴族様に暴言を吐くルシータの父親はかなり厄介な性格ではある。
が、それに対して一度も咎めることをしないレオナードの父の器は海より深いのだろう。ということは、置いておいて。
結局、二人の婚約は、レオナードが当主となってからという話に落ち着き、彼は早々に、父親の後を継ぐために領地へと向かった。
そして異例の速さで仕事を覚え、さっくり当主となり、無事婚約することができた。「ルシータが嫌だと言ったら、すぐに婚約破棄をする」という条件付きだけれども。
それでも、婚約はできた。レオナードは、ルシータを護る権利を得た。
でもその後、レオナードが過去の事について、それとなく何度も水を向けても、ルシータは泣きつくことも、辛かったと語ることはなかった。ただの一度も。
まるでお前なんかに話してもと言わんばかりに。
ルシータにとったら戸惑いを隠すつれない態度は、レオナードにとったら頼りにならない男と烙印を押されているかのようだった。
そしてあからさまに研究員や使用人に対しては、親しみのこもった口調で会話するのに、自分に対しては一線を置く態度を貫き通す。レオナードはルシータの婚約者なのに。
これもまたルシータにとったら本心を知られたくない故のことだったのだが、レオナードにとったら、かなり辛いことであった。
誰よりも大切なのに。何より慈しみたいというのに。
レオナードは焦れた。焦れて、焦れて、焦れて─── こじれた。
ぶっちゃけ結婚してから有無を言わさず溺愛してやるから覚えとけよと、意味のわからない悪態を吐いてしまうほどに。
そんな時にアスティリアからの茶会の招待。
これはまさに渡りに船。
ルシータが人間不信になった原因を叩き潰すのには、絶好の機会でもあった。
だから、無理矢理ルシータを誘った。
もちろん彼女を皆の前で見せびらかしたい......いや、もっとはっきり言うと、過去、ルシータに想いを寄せていた男性に向けてそうしたいと思う子供じみた男心があったことは否定できない。
いやいや、もっともっと正直に言うと、そっちの方が割合的には多い。でも、ま、それは置いておいて───
「───……ねぇルシータ。嫉妬は醜いだなんて、誰が言ったんだろうね。妬いてくれる君はこんなに可愛らしいのに」
相変わらずレオナードは、ルシータの至近距離にいる。
そしてうっとりとした視線を受けたルシータの頬は赤い。可愛い。触りたい。
でもつれない婚約者は、レオナードの気持ちなど無視してこう言った。
「と、とりあえず、離れてください」
物理的に離れれば落ち着くのではないかと思ったルシータの提案なんだけれども……無情にもレオナードは首を横に振った。
「それは面白くない冗談だ」
そもそも、ルシータが怪我をしたのはお転婆が過ぎた結果のことだし、もしそこにレオナードがいなかったら額の小さな傷で済まなかった可能性だって高い。
むしろその程度の傷で済んだことが幸いだったとも言える。
でもレオナードは言い訳は一つもしなかった。ただルシータの父親に向けて、謝罪の言葉を繰り返すだけだった。
子供であっても男性は女性を護らなければいけないと教育を受けていたこともあるけれど、想いを寄せている小さな女の子が血まみれの顔で泣いているのは、トラウマになりそうな程の衝撃だった。
もちろん当時のレオナードは、研究所の最高責任者のご子息である。
副責任者とはいえ格下の人間に頭ごなしに怒鳴られるなど、かなりスキャンダラスなことではあったのだ。
けれど、レオナードの父親は理解がある人間で、ルシータの父親はお咎めはなく、今でも変わらず副責任者ままでいる。
ただ、レオナードとルシータの父親には、深い溝ができてしまった。
だからこそ学生時代、レオナードはルシータのことをあからさまに庇うことができなかったのだ。「娘のことはほっといてくれ」というスタイルを貫き通すルシータの父親が枷となって。
と、いってもレオナードが「はいそうですね」と素直に頷くわけがない。
片思い歴が二桁に達していた彼は、ルシータに対して筋金入りの想いを持っている。だから何食わぬ顔をしながらも、誰にも気づかれぬよう水面下で、そりゃあまぁ色々、手を回したり、手を下したりした。
そのおかげで入学してからの1年間は、ルシータにとってまだ風当たりは強いものではなかった。
ただレオナードは危惧していた。自分が卒業したらこれまでのようにはいかないと。
念の為に、かつての家庭教師であったボードレイは学園にいてくれて、逐一ルシータのことを報告してもらうよう手筈は整えてある。
だが、それだけでは全然足りない。足りなさすぎる。
そんなわけで実はレオナードは卒業間近に、こっそりルシータの父親に婚約したいと打診した。既に自分の父親からは許可を得ている。
正式に婚約を発表してしまえば、ルシータは学生でありながら、侯爵家の許嫁となるし、レオナードも卒業したとはいえ、堂々と護る権利を得ることができる。
だがルシータの父親は却下した。
学生婚約などあり得ないと。また当主にもなっていない親のすねかじりが、生意気なことを言うなと突っぱねたのだ。それは過去の一件から「誰がお前なんかに」的な感情でくるものだった。
……娘を溺愛する気持ちはわからなくもないが、何度も格上のお貴族様に暴言を吐くルシータの父親はかなり厄介な性格ではある。
が、それに対して一度も咎めることをしないレオナードの父の器は海より深いのだろう。ということは、置いておいて。
結局、二人の婚約は、レオナードが当主となってからという話に落ち着き、彼は早々に、父親の後を継ぐために領地へと向かった。
そして異例の速さで仕事を覚え、さっくり当主となり、無事婚約することができた。「ルシータが嫌だと言ったら、すぐに婚約破棄をする」という条件付きだけれども。
それでも、婚約はできた。レオナードは、ルシータを護る権利を得た。
でもその後、レオナードが過去の事について、それとなく何度も水を向けても、ルシータは泣きつくことも、辛かったと語ることはなかった。ただの一度も。
まるでお前なんかに話してもと言わんばかりに。
ルシータにとったら戸惑いを隠すつれない態度は、レオナードにとったら頼りにならない男と烙印を押されているかのようだった。
そしてあからさまに研究員や使用人に対しては、親しみのこもった口調で会話するのに、自分に対しては一線を置く態度を貫き通す。レオナードはルシータの婚約者なのに。
これもまたルシータにとったら本心を知られたくない故のことだったのだが、レオナードにとったら、かなり辛いことであった。
誰よりも大切なのに。何より慈しみたいというのに。
レオナードは焦れた。焦れて、焦れて、焦れて─── こじれた。
ぶっちゃけ結婚してから有無を言わさず溺愛してやるから覚えとけよと、意味のわからない悪態を吐いてしまうほどに。
そんな時にアスティリアからの茶会の招待。
これはまさに渡りに船。
ルシータが人間不信になった原因を叩き潰すのには、絶好の機会でもあった。
だから、無理矢理ルシータを誘った。
もちろん彼女を皆の前で見せびらかしたい......いや、もっとはっきり言うと、過去、ルシータに想いを寄せていた男性に向けてそうしたいと思う子供じみた男心があったことは否定できない。
いやいや、もっともっと正直に言うと、そっちの方が割合的には多い。でも、ま、それは置いておいて───
「───……ねぇルシータ。嫉妬は醜いだなんて、誰が言ったんだろうね。妬いてくれる君はこんなに可愛らしいのに」
相変わらずレオナードは、ルシータの至近距離にいる。
そしてうっとりとした視線を受けたルシータの頬は赤い。可愛い。触りたい。
でもつれない婚約者は、レオナードの気持ちなど無視してこう言った。
「と、とりあえず、離れてください」
物理的に離れれば落ち着くのではないかと思ったルシータの提案なんだけれども……無情にもレオナードは首を横に振った。
「それは面白くない冗談だ」
40
あなたにおすすめの小説
それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
結婚式の日に婚約者を勇者に奪われた間抜けな王太子です。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月10日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング2位
2020年11月13日「カクヨム」週間異世界ファンタジーランキング3位
2020年11月20日「カクヨム」月間異世界ファンタジーランキング5位
2021年1月6日「カクヨム」年間異世界ファンタジーランキング87位
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
恋の締め切りには注意しましょう
石里 唯
恋愛
侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。
幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。
最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。
そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、
「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。
その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
「前世の記憶がある!」と言い張る女が、私の夫を狙ってる。
百谷シカ
恋愛
「彼を返して! その方は私の夫なのよ!!」
「ちょっと意味がわかりませんけど……あの、どちら様?」
私はメランデル伯爵夫人ヴェロニカ・フェーリーン。
夫のパールとは幼馴染で、現在はおしどり夫婦。
社交界でも幼い頃から公然の仲だった私たちにとって、真面目にありえない事件。
「フレイヤよ。私、前世の記憶があるの。彼と結婚していたのよ! 彼を返してッ!!」
その女の名はフレイヤ・ハリアン。
数ヶ月前に亡くなったパルムクランツ伯爵の令嬢とのこと。
「パルムクランツ卿と言えば……ほら」
「あ」
パールに言われて思い出した。
中年に差し掛かったアルメアン侯爵令嬢を娶り、その私生児まで引き取ったお爺ちゃん……
「えっ!? じゃあフレイヤって侯爵家の血筋なの!?」
どうしよう。もし秘密の父親まで超高貴な方だったりしたらもう太刀打ちできない。
ところが……。
「妹が御迷惑をおかけし申し訳ありません」
パルムクランツ伯爵令嬢、の、オリガ。高貴な血筋かもしれない例の連れ子が現れた。
「妹は、養父が晩年になって引き取った孤児なのです」
「……ぇえ!?」
ちょっと待ってよ。
じゃあ、いろいろ謎すぎる女が私の夫を狙ってるって事!? 恐すぎるんですけど!!
=================
(他「エブリスタ」様に投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる