悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている

当麻月菜

文字の大きさ
23 / 26

婚約者はもうどうにも止まらない④

しおりを挟む
 強い視線を感じてレオナードは意識を戻した。

 すぐ目の前には、こちらをじっと見つめるルシータがいる。
 まるで、在りし日のハムを求めるような強い眼差しに、レオナードは先程の”もみの木疑惑”の真相を伝えてないことに気付いた。

「……あのね、アスティリアが言っていた”もみの木”ことだけどね」

 わざと勿体ぶって言葉を止めれば、ルシータはあからさまに身体を強張らせた。

 次いで、これ以上聞きたくないといった感じて、睫毛を伏せた。彼女の奇麗なすみれ色の瞳が、憂えた影を帯びる。

 馬鹿だなぁ。レオナードはそう思った。次に放つ自身の言葉が、ルシータにとって辛いものだと思い込んでいるのだろう。

 だが、そうはならない。そんなわけがあるか。

「植物学の授業の一環で、あそこにいただけだよ」
「……は?」

 遅れてルシータは、もう一度間の抜けた声を出した。
 ただ今度は「え?」と言った。そんな微々たる違いはあったけれど、そこはさしたる問題ではない。

 それより、きょとんとしたルシータの表情に刺激されたレオナードが、残りの説明を放棄して、婚約者に頬を擦り寄せるほうが大問題である。

 でもレオナードは、理性を総動員して続きをルシータの耳に落とした。

「ちなみにあの時は、チームを組んでレポートを仕上げる課題だったから、他にも生徒がいたよ。あっ、そっかぁ……ルシータも植物学は専攻してたけど、もみの木の調査課題は僕たちの代で終わったから知らなかったよね」
「……ええ、初めて……聞いた」

 余談だが、レオナードは、もみの木の調査課題は彼の代で終わったと言ったけれど、真実はちょっとばかし違う。

 とある貴族のご子息が圧力を掛けて廃止したのだ。その理由は「好きな女の子が、自分以外の異性と授業とはいえ、もみの木に近づくなんて言語道断」というもの。

 恐ろしいほどに私情が混ざっているけれど、学園側は納得したので、それはそれということで。

「ルシータ、安心した?」
「な、なにが……ですか?あなたが他の女性とそこにいたって、わ、私は……別に……その……でも、うん……」

 一番聞きたい言葉が尻すぼみになって、レオナードはじれったい気持ちになる。

 でもルシータが左の耳たぶに触れながら語るその様は、これまた可愛らしいので我慢する。感情のままに彼女に強く触れたり、言葉を求めて嫌われたくはない。なにせ……。

 そう、なにせ、レオナードは未だにルシータの父親から結婚を反対されているのだ。

 レオナードは手を伸ばして、ルシータの額に触れる。

 そして柔らかい前髪をかきあげ、ある一点に視線を固定した。そこには、小さな小さな傷跡がある。
 これこそがルシータの父親が結婚を反対するきっかけであり、原因でもある。

 ───……まだ、消えてないか。当の本人は、この傷のことを覚えていないようだけれど。

「あ、あのっ、ちょっとっ」

 まるで飼っていた猫が実はライオンだと知ったような声を上げたルシータに、レオナードのほうが驚いた。

 なぜなら、無意識のうちに、ルシータの傷跡に唇を這わせてしまっていたから。慌てて唇を離す。何度も言うけれど、現在彼にとってこの婚約は綱渡り状態なので。

 でも視線は、傷跡から離すことはない。そして知らず知らずのうちにレオナードの表情が、くしゃりと歪んだ。

 この小さな傷は、ルシータとレオナードが祝賀会で出会ってから1年程経った頃にできたもの。

 当時、執事のカイルドが手を焼くほどのお転婆だったルシータは、木登りをしようとしていた。
 おとぎ話に出てきた幸せになれる青い蝶を探したったのか、太陽の化身といわれている三本足のカラスを探したかったのか……良くはわからない。

 とにかく思い付いたまま、無鉄砲に研究所にある一番高い木に登り始めてしまった。そこに運悪く(?)居合わせてしまったのがレオナードだった。

 彼はもちろん止めた。そして、今すぐ降りるように説得した。
 でも子供というのは駄目と言われれば、余計にやりたくなってしまうもの。そして、とうとうレオナードが背伸びしても届かない位置までルシータは登ってしまった。

 はしゃいだ声を上げるルシータを聞きながらレオナードは気が気でなかった。ルシータはそんなに運動神経が良いほうではないし、木登りは降りる時の方が難しいのだ。

 案の定、ルシータは降りられなくなった。怖い怖いと泣き出し、その場から動けなくなって……レオナードが手を貸す羽目になった。

 ルシータをおんぶして木を降りるレオナードは、ほれみたことかと小言を言うわけでもなければ、不機嫌でもなかった。
 いや、それより既にレオナードはルシータに好意を持っていたので、ヒロインを助けるヒーロー気分を味わっていた。
 
 ただここで思わぬ悲劇が起きてしまった。もうすぐ降りられるといったところで、最後の枝が折れてしまったのだ。

 もちろん、レオナードは自らルシータの下敷きになることを買って出た。だからルシータは、地面に直接叩きつけられることはなかった。
 でも、ルシータは落下する途中で、額に小枝が引っかかってしまった。

 頭の傷は思っていた以上に血が出てしまうもの。
 ご多分に漏れず、ルシータの小さな額はほんのちょっとの傷のはずなのに、大量に出血してしまった。

 痛みよりも、その現象におっかなびっくりしたルシータは、今度はわんわん声を上げて泣き出してしまう始末。

 しかも間の悪いことに、ルシータの泣き声を聞いてしまった彼女の父親が駆けつけてしまい……。

 レオナードは生まれて初めて、大人から本気で怒られてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

結婚式の日に婚約者を勇者に奪われた間抜けな王太子です。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月10日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング2位 2020年11月13日「カクヨム」週間異世界ファンタジーランキング3位 2020年11月20日「カクヨム」月間異世界ファンタジーランキング5位 2021年1月6日「カクヨム」年間異世界ファンタジーランキング87位

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

「前世の記憶がある!」と言い張る女が、私の夫を狙ってる。

百谷シカ
恋愛
「彼を返して! その方は私の夫なのよ!!」 「ちょっと意味がわかりませんけど……あの、どちら様?」 私はメランデル伯爵夫人ヴェロニカ・フェーリーン。 夫のパールとは幼馴染で、現在はおしどり夫婦。 社交界でも幼い頃から公然の仲だった私たちにとって、真面目にありえない事件。 「フレイヤよ。私、前世の記憶があるの。彼と結婚していたのよ! 彼を返してッ!!」 その女の名はフレイヤ・ハリアン。 数ヶ月前に亡くなったパルムクランツ伯爵の令嬢とのこと。 「パルムクランツ卿と言えば……ほら」 「あ」 パールに言われて思い出した。 中年に差し掛かったアルメアン侯爵令嬢を娶り、その私生児まで引き取ったお爺ちゃん…… 「えっ!? じゃあフレイヤって侯爵家の血筋なの!?」 どうしよう。もし秘密の父親まで超高貴な方だったりしたらもう太刀打ちできない。 ところが……。 「妹が御迷惑をおかけし申し訳ありません」 パルムクランツ伯爵令嬢、の、オリガ。高貴な血筋かもしれない例の連れ子が現れた。 「妹は、養父が晩年になって引き取った孤児なのです」 「……ぇえ!?」 ちょっと待ってよ。  じゃあ、いろいろ謎すぎる女が私の夫を狙ってるって事!? 恐すぎるんですけど!! ================= (他「エブリスタ」様に投稿)

処理中です...