結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜

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ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿

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 代理妻初日の朝は、シャンティにとったら悶絶するほど、甘く優しいものだった。

 ─── ただ、これは初日に限っての事ではなかった。
 
 ギルフォードは翌日も翌々日もずっとずっと、シャンティを宝物のように丁寧に扱い慈しんでいる。
 そして毎晩、夫婦の寝室では一線は超えていないけれど、それはそれは濃密な時間を過ごしていたりもする。

 さて、ここで確認をしておくけれど、シャンティにとってディラス邸での自分は、身代わり妻を演じているに過ぎない。
 けれどギルフォードにとっては、恋してやまないお相手を思う存分可愛がり、精一杯口説いている日々。

 ちなみにディラス邸の使用人にとっては、シャンティが身代わり妻であろうが、本当の妻であろうが、ぶっちゃけどちらでも構わなかったりもする。
 要は、これまで結婚どころか異性に向けて、全く興味を持とうとしなかった屋敷の旦那様が、別人のようになって女性に優しく接していることの方が重要なのだ。

 女性と並んでもエスコート一つしなかったのに、旦那様がシャンティが椅子から立ち上がるたびにスマートに手を差し出す。
 そしてこれまで仕事に没頭しすぎるあまり、1週間近くうちのご旦那様のお姿、見てないんですけど?状態だったのに、今では毎朝シャンティと朝食を取り、また夜にはきちんと職場から戻り、夫婦の寝室で二人仲良く過ごしている。

 しかも、これまで寡黙の代名詞とまで言われてきたギルフォードは、笑みを浮かべたとしても儀礼的なものでしかなかった。
 なのに、屋敷の中で屈託なく笑うこともしばしば。
 
 それを見た古参のメイドは、驚きすぎて腰を抜かしてしまった。

 という思わぬハプニングはあったにせよ、使用人一同は、これは快挙だと声を上げで喜んだ。

 あ、怪我の功名という言葉でも、まぁまぁ正解。禍を転じて福と為すなんてのもアリ。でも棚から牡丹餅が一番しっくりくるのかもしれない。

 ……まぁ、そんなことわざや慣用句は置いておくとして、兎にも角にもディラス邸の使用人達は、「旦那様っ、行け行けゴーゴー」と全力で応援していたりもする。

 なんていう前置きが長くなったけれど、そんなこんなでシャンティだけがディラス邸で一人、戦々恐々とした日々を送り、既にそれは一ヶ月が経過しようとしていた。





 日差しは日に日に強さを増し、目に映る何もかもが眩しくて、シャンティは夏がすぐそこまで来ていることを知る。

 そんなシャンティは、真っ白なつばの広い帽子をかぶり、侍女を伴いディラス邸の庭にいた。

 ディラス邸は少佐のご自宅ということもあり、とても広い。平民であれど、そこそこ裕福なフォルト家の5倍はある。
 うっかり散歩をしようものなら、迷子になること間違いなし。そしてそうなってしまった場合、最悪ギルフォードの部下まで捜査に駆り出されることになる。

 それは恥じどころか、代役失格だ。土下座で済む話ではない……とシャンティは勝手に思い込んでいる。

 だから身代わり妻を演じているシャンティは、なるべく外にでないよう気を使って、普段は趣味の刺繍を楽しんでいる。

 幸い刺繍は貴族令嬢も嗜みの一つでもある。
 なので、品のある奥様感も演出することができるので、これは一石二鳥とばかりにシャンティはせっせと針を動かす毎日だった。
 
 けれど本日は、シャンティは庭にいる。
 もちろん軍人の妻という立ち位置を勘違いして、自身も剣の稽古をしようとは思っていない。シャンティはお人好しだが、そこまで馬鹿ではない。

 あと30分ほどで到着する来客をもてなすために、自ら花を摘み、すっきりとした飲み物を用意しようとハーブ園にも足を延ばしているのだ。

「ミントにセージ。それから、ジャスミンに……。あとは……何がいるかな?」

 シャンティは振り返って、後ろにいる侍女───サリーチェことサリーに問いかけた。

「そうですね。エルダーはいかがでしょうか?」
「あっ、それ素敵です」

 ぱっと笑顔になったシャンティは、少し離れた場所にある白い花を咲かせている落葉樹の元まで移動する。

 シャンティより少し年上のサリーは、心得た様子で後に続く。
 そして花壇で摘んだ切り花が入っている籠の中から生花ばさみを取り出し、シャンティに手渡した。

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げてそれを受け取ったシャンティは、腕を伸ばして摘み頃になったエルダーフラワーの茎を左手で持って、生花ばさみを使ってそれを刈り取る。

 摘んだエルダーフラワーは、ほんのり甘いマスカットの香りがして、シャンティは思わず顔がほころんでしまった。

 ただ、すぐに視線は自分のとある指に移動する。

 シャンティの左手の薬指には、シンプルなデザインの指輪がきらりと光っている。

 実はこれ、偽装の結婚式の時にはめたものではない。代理妻を演じることになってすぐギルフォードが新しく用意したものだった。

「他人の為に用意したものなど、はめて欲しくない」

 そうきっぱり言い切って、戸惑うシャンティの指から古いそれを引っこ抜き、新しい指輪を問答無用ではめたのだった。

 ギルフォードの気持ちは推して知るべし。
 ただシャンティは、その台詞はいささか違うのではないかと首を捻ってしまった。

 なぜなら、そういう言葉は本命の相手に向けて使う台詞である。けれど、シャンティは自分の立場は代理妻だと思い込んでいるからで。

 とはいえ、逃げた花嫁さんのものを身に付けているシャンティとしたら、こんなの要りませんと言うのも、なんだかおかしい。

 だから結局、シャンティの薬指には新しい結婚指輪がキラリと光っている。ちなみにギルフォードの武骨な指にも同じものがはめられている。

 ちなみにギルフォードはわざとなのか、無意識なのかわからないけれど、会話をしている最中でも、お茶を飲んでいる時でも、それを愛おし気に触れている。

 そのことをシャンティは気付いているが、あえて口に出すことはしない。

 もし仮に指摘して、気を悪くさせるのは嫌だし、予想外の言葉でまたドキドキするのが怖いから。

「では屋敷に戻りましょう奥様。そろそろお時間ですから。お着換えをしないと……えっと、奥様?」

 ぼけっと指輪を見ていたシャンティは、2度目の呼びかけではっと我に返った。

 ……ああ、またやってしまった。

 現在、シャンティは自分が演じる上で、一番ボロがでない気さくな若奥様キャラを心掛けている。そこにぼんやりするという設定は含まれていない。

 ゆえにシャンティはがっくりと肩を落としてしまう。
 
 けれどサリーは、にこにこと柔らかい笑みを浮かべ「旦那様のことを考えておられたんですね」と、言って更に笑みを深くしただけだった。

 それは当たらずとも遠からず。
 ただ、夫を好きで好きでたまらない新妻ではないシャンティは、あはっはっはとぎこちない笑みを浮かべて誤魔化すしかなかった。
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