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ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿
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自室に戻ったシャンティは、客人を迎えるために、絹と麻で織られた生地の、淡いラベンダー色のドレスに着替えた。
そして姿見に写る自分を見て、ほんのちょっとだけ顔を赤くしてしまった。
それをどう勘違いしたのかわからないけれど、サリーが鏡の奥で意味ありげな笑みを浮かべているのが見える。
「奥様、私は廊下で待ってます」
「へ?ちょっ───」
シャンティが待ったをかける間もなく、素早い動きで部屋を出て行ってしまった。
「……」
再び姿見に視線を移したシャンティは、今度は途方に暮れた顔をしていた。
今着たばっかりのこのドレスは、ギルフォードから贈られたもの。
そして驚くほどに胡桃色の髪に馴染んでシャンティに良く似合っていた。
ちなみにギルフォードがシャンティに与えたのは、これ1着だけではない。部屋のクローゼットには、柔らかい色彩を主とした品のあるドレスがびっちりと並んでいる。......並びすぎている。
もちろんシャンティは着の身着のままこのディラス邸にお邪魔することになった。けれど、数日後にはフォルト家からシャンティの身の回り品が送られてきた。
それをシャンティは、ギルフォードが祖父母を上手いこと説得してくれたものと解釈している。
だから普段は、シャンティはこれまで着ていたものばかり袖を通していた。
理由は無い。これが本当の花嫁さんの為のドレスではないことは聞かされているし。ただ、恥ずかしいのだ。
とはいえ今日は来客がある。
自身のドレスは良く言えばシンプル。悪く言えば貧相な物ばかり。なのでギルフォードに恥をかかせるわけにはいかないと、勇気を出して袖を通してみたのだ。
「……いやもう……こっ恥ずかしい」
シャンティは鏡に向かって独り言ちた。
でも、鏡に映る自分は図々しくも、このドレスを着ていることに対して嬉しさを隠せないでいる。
そしてこのまま見つめていれば、ここ最近、胸にぽやりと浮かぶとある感情が浮き出てしまいそうになる。
だから姿見から自身の姿を引きはがすように、シャンティはチェストに移動して引き出しを開ける。
そこには便箋や筆記用具といった細々とした物の中に、小鳥の絵が描かれている可愛らしい小箱がある。その中にはシャンティの宝物が入っている。
亡き両親と写した一枚きりの写真。それから、母親の形見の貝のブローチ。同じく父親の青い石が付いたカフス。あと、もう一つ。名も知らぬ人から貰った無地のハンカチ。
シャンティは箱の蓋を開け、ハンカチを取り出す。
これは両親の葬儀の後、墓地の近くの大きな樹の下で一人泣いていた時に、名も知らぬ人がそっと樹の根元に置いて行ってくれたもの。
シャンティはこのハンカチの持ち主の顔を知らない。あの時。泣いている顔を見せるのが恥ずかしくて、ずっと俯いていたからだ。
けれど、このハンカチを置いてくれたその人は、男の人だったのを覚えている。
手の大きい人だった。軍人だった。軍の礼服を身に付けたその人の袖は、少し短かった。
覚えているのはそれだけ。
でも、それがシャンティの初恋だった。けれど───。
「……結局、わからないままだったなぁ……」
シャンティは再び独り言を呟いた。
軍の関係者で、父の葬儀に出席してくれた人なら、すぐに見つかると思っていた。
シャンティの生まれ育ったのは辺鄙な町だ。軍人だってそうは多くない。まして、父親は軍事施設で働くただの一般人だったのだ。
だから多少なりとも父親か、または祖父と関わり合いがあるに違いない。そう思っていた。
けれどハンカチの持ち主は、シャンティがその町を離れる当日になっても見つけることはできなかった。
恋を花で例えるなら、シャンティのそれは硬い蕾のそれ。
だから、恋と呼ぶにはあまりにお粗末なもの。
けれど今、そのことを思い出そうとしているのは、やっぱりここ最近ぽわぽわと浮かんでくる、特別な感情のせい───でも、それを認めてはいけない。
なぜならシャンティは、ギルフォードの代理妻だから。
偽装の結婚をしている相手に本気になってしまうのは、タブー中のタブーなのだから。
それ故シャンティは、初恋の相手を思い出そうとする。
自分の好きな人は、結婚式当日に逃げてしまったアルフォンスでもなければ、ギルフォードでもない。
あの遠い晩秋の日、そっとハンカチを差し出してくれた、袖の短い軍服を着た人なのだと。
***
気持ちを切り替えたシャンティは、廊下で待っていてくれたサリーと並んで玄関に向かう。
来客用のお茶もお菓子も、もちろん準備は万端だ。
花壇から摘んだ花も綺麗に活けてある。
あとは定刻通りに客人が、ここに到着すれば問題ない。到着時間には少し早いけれど、待たせるよりは、自分が待つ方がずっと良い。
そう思っているシャンティは到着10分前に玄関ホールで背筋を伸ばして待つ。
───チック、チック。
時計の分針が2つ進んだその時、玄関ホールが何の前触れもなく勢いよく開き、艶やかな美女がシャンティに向かって一直線に走り込んで来た。そして、
「久しぶりー!会いたかったぁ」
と言って、ぎゅうっとシャンティを抱きしめた。次いで玄関ホールにもう一人、男性が現れる。
「やぁ、シャンティ。お邪魔するよ」
「……よ、ようこそ。お待ちしておりました」
豊満な胸に埋もれているシャンティは、なんとかこの言葉だけを捻り出した。
そして姿見に写る自分を見て、ほんのちょっとだけ顔を赤くしてしまった。
それをどう勘違いしたのかわからないけれど、サリーが鏡の奥で意味ありげな笑みを浮かべているのが見える。
「奥様、私は廊下で待ってます」
「へ?ちょっ───」
シャンティが待ったをかける間もなく、素早い動きで部屋を出て行ってしまった。
「……」
再び姿見に視線を移したシャンティは、今度は途方に暮れた顔をしていた。
今着たばっかりのこのドレスは、ギルフォードから贈られたもの。
そして驚くほどに胡桃色の髪に馴染んでシャンティに良く似合っていた。
ちなみにギルフォードがシャンティに与えたのは、これ1着だけではない。部屋のクローゼットには、柔らかい色彩を主とした品のあるドレスがびっちりと並んでいる。......並びすぎている。
もちろんシャンティは着の身着のままこのディラス邸にお邪魔することになった。けれど、数日後にはフォルト家からシャンティの身の回り品が送られてきた。
それをシャンティは、ギルフォードが祖父母を上手いこと説得してくれたものと解釈している。
だから普段は、シャンティはこれまで着ていたものばかり袖を通していた。
理由は無い。これが本当の花嫁さんの為のドレスではないことは聞かされているし。ただ、恥ずかしいのだ。
とはいえ今日は来客がある。
自身のドレスは良く言えばシンプル。悪く言えば貧相な物ばかり。なのでギルフォードに恥をかかせるわけにはいかないと、勇気を出して袖を通してみたのだ。
「……いやもう……こっ恥ずかしい」
シャンティは鏡に向かって独り言ちた。
でも、鏡に映る自分は図々しくも、このドレスを着ていることに対して嬉しさを隠せないでいる。
そしてこのまま見つめていれば、ここ最近、胸にぽやりと浮かぶとある感情が浮き出てしまいそうになる。
だから姿見から自身の姿を引きはがすように、シャンティはチェストに移動して引き出しを開ける。
そこには便箋や筆記用具といった細々とした物の中に、小鳥の絵が描かれている可愛らしい小箱がある。その中にはシャンティの宝物が入っている。
亡き両親と写した一枚きりの写真。それから、母親の形見の貝のブローチ。同じく父親の青い石が付いたカフス。あと、もう一つ。名も知らぬ人から貰った無地のハンカチ。
シャンティは箱の蓋を開け、ハンカチを取り出す。
これは両親の葬儀の後、墓地の近くの大きな樹の下で一人泣いていた時に、名も知らぬ人がそっと樹の根元に置いて行ってくれたもの。
シャンティはこのハンカチの持ち主の顔を知らない。あの時。泣いている顔を見せるのが恥ずかしくて、ずっと俯いていたからだ。
けれど、このハンカチを置いてくれたその人は、男の人だったのを覚えている。
手の大きい人だった。軍人だった。軍の礼服を身に付けたその人の袖は、少し短かった。
覚えているのはそれだけ。
でも、それがシャンティの初恋だった。けれど───。
「……結局、わからないままだったなぁ……」
シャンティは再び独り言を呟いた。
軍の関係者で、父の葬儀に出席してくれた人なら、すぐに見つかると思っていた。
シャンティの生まれ育ったのは辺鄙な町だ。軍人だってそうは多くない。まして、父親は軍事施設で働くただの一般人だったのだ。
だから多少なりとも父親か、または祖父と関わり合いがあるに違いない。そう思っていた。
けれどハンカチの持ち主は、シャンティがその町を離れる当日になっても見つけることはできなかった。
恋を花で例えるなら、シャンティのそれは硬い蕾のそれ。
だから、恋と呼ぶにはあまりにお粗末なもの。
けれど今、そのことを思い出そうとしているのは、やっぱりここ最近ぽわぽわと浮かんでくる、特別な感情のせい───でも、それを認めてはいけない。
なぜならシャンティは、ギルフォードの代理妻だから。
偽装の結婚をしている相手に本気になってしまうのは、タブー中のタブーなのだから。
それ故シャンティは、初恋の相手を思い出そうとする。
自分の好きな人は、結婚式当日に逃げてしまったアルフォンスでもなければ、ギルフォードでもない。
あの遠い晩秋の日、そっとハンカチを差し出してくれた、袖の短い軍服を着た人なのだと。
***
気持ちを切り替えたシャンティは、廊下で待っていてくれたサリーと並んで玄関に向かう。
来客用のお茶もお菓子も、もちろん準備は万端だ。
花壇から摘んだ花も綺麗に活けてある。
あとは定刻通りに客人が、ここに到着すれば問題ない。到着時間には少し早いけれど、待たせるよりは、自分が待つ方がずっと良い。
そう思っているシャンティは到着10分前に玄関ホールで背筋を伸ばして待つ。
───チック、チック。
時計の分針が2つ進んだその時、玄関ホールが何の前触れもなく勢いよく開き、艶やかな美女がシャンティに向かって一直線に走り込んで来た。そして、
「久しぶりー!会いたかったぁ」
と言って、ぎゅうっとシャンティを抱きしめた。次いで玄関ホールにもう一人、男性が現れる。
「やぁ、シャンティ。お邪魔するよ」
「……よ、ようこそ。お待ちしておりました」
豊満な胸に埋もれているシャンティは、なんとかこの言葉だけを捻り出した。
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