ふれたら消える

明樹

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「昊」
「悪い。今、情緒不安定なんだよ」
「泣きたい時は我慢せずに泣けよ?」
「ん…」

 夏樹が俺の肩をポンと軽く叩いて、先にリビングへ消える。
 俺は溢れ出そうになった涙を袖で拭うと、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
 泣いたって何も変わらない。これからどうすべきか、夏樹に聞いてもらいながら考えるんだ。
 もう一度深呼吸をしてリビングに入ると、夏樹がテーブルの上に水が入ったコップを並べていた。

「なあ、腹減ったから先に飯にしよう」
「ああ」

 特に気を使った様子もなく言う夏樹に頷いて、いつも俺が座る椅子に腰を下ろす。
 小学生の頃、俺の背中の傷跡のことで、夏樹の両親が家に怒鳴り込んで来たことがあった。だけど夏樹と仲良くなってから夏樹の家に遊びに行くと、とても失礼なことをしたとすごく謝ってくれた。夏樹の両親は、一人息子の夏樹がかわいくて仕方がなかっただけなんだ。
 そんなことを思い出していたら、また母さんの姿が浮かんできて辛くなった。俺は小さく頭を振り手を合わせる。

「いただきます。ここの唐揚げ美味いよな」
「うまい。俺もよく買う」

 いただきますと呟いて、夏樹が唐揚げを口に入れる。美味そうに目を細める夏樹に笑って、俺も唐揚げを口に入れる。 
 うん、うまい。美味しい物を食べると幸せな気持ちになるよな。青も、今頃は夕飯を食べてるかな…。でも、会話なんてなく、美味しく食べられないよな。それに父さんが帰ってきたら、絶対に怒られる。やっぱり俺も、家にいた方が。

「昊、箸が止まってる。後でゆっくり聞くから、弁当はちゃんと食べな」
「…夏樹、わかった」

 すでに半分以上食べ終えている夏樹の弁当を見て、小さく頷く。そして止まりそうになる箸を何とか動かして、夏樹よりかなり遅れて食べ終えた。
 食後に「デザートだ」と出されたアイスも食べ、ようやく夏樹が「話したいこと全部話せ」と俺を見た。
 俺は、テーブルの上で組んだ自分の両手を見つめて、全て話した。
 青に好きだと伝えたこと。青からも好きだと言われて嬉しかったこと。そしてキスをして…帰ってきた母さんに見られたこと。青が好きだと母さんに話したこと。母さんがひどく怒っていたことを。
 夏樹は最後まで黙って聞いていた。
 俺が口を閉じて俯くと、夏樹が席を立ち傍に来た。ふいに頭に大きな手が乗せられる。

「俺は昊の味方だよ」
「…うん」

 夏樹の優しい声に、俺は涙声で頷いた。
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