その願いを〜雨の庭の建国記〜

鹿音二号

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荒れ地のダンジョン(4)

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剣が振り下ろされ、毛むくじゃらの獣の首が落ちた。
その後ろでは斧が振り回されている。それを避けた2頭の犬のようなモンスターの、片方はどこからか飛んできた矢に脚を貫かれた。片方は着地、斧を持った大男に飛びかかろうとしたが、柄で小突かれ弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた犬型は、両足を揃えて着地し、再度走り出そうとして――横から飛ぶようにやってきた別の影に気づく。

「……っらぁ!」

剣を持ったトールが半ば上から刺そうとしたが、犬型はとっさに飛び退き、脚力で逃げようとする。
だが、その鼻先にかすめたのは、数本の矢。犬型はなんとかその場に踏みとどまり、追加で落ちてきた矢がととっ!と軽い音を立ててその眼の前にまとめて地面に突き刺さる。
そこに、斧を構えたベルソンが走り込んできた。腕を振り上げ、振り下ろし、斜め上から胴体を叩き斬る。ごしゃ、とへしゃげた音。半ばで折られたようなコボルトの死体が転がった。

それらをちらりと見て。
グランヴィーオは目の前の小さな少女に視線を戻す。
自分の腰くらいの背丈、小さな頭に小さな手足。上から見下ろしているので足先は青色のドレスの裾に隠れてしまっている。ラクエは大人しくグランヴィーオを見上げていた。
ひとしきり眺めて、おもむろに彼女の脇に両手を入れ、自分の顔の高さまで持ち上げる。
俗に言う高い高いだということを、グランヴィーオは知らない。
ラクエは、軽かった。
だが、不自然なほどではない。小さな子どもを持ち上げたことはないが、ほぼ同じなのではないだろうか。

(たしか、霊を媒体にすると、ほとんど生前と構造は一緒になるのだったか)

だが、厳密に言えば物質そのものではない。
魔力を凝縮し、物質……人の肉体としての擬態を構築しただけだ。
その力は膨大だ。
だから、魔力を持って感じ取れるオハイニには、とんでもなく受け入れがたい気配になっているのだ。
ともあれ、重さについては調べなければならない。
次は、小脇に抱えてみる。ぷらんと手足をぶら下げ、じっとこちらを見るラクエは、どことなく訴えるような目をする。
無表情なので、見間違いかもしれないが。
一旦下ろし、次は背に乗せてみた。小さい身体を掬うように後ろ手に押さえた。

(……両手が塞がれるな)

とっさのときに動きづらい。
魔法は体内の魔力を法則に沿って並べ、放出する、感覚的な操作だけだ。
が、今のように使えなかったり禁止されていたりすると、何かあったときは武器が必要だ。最低限片手だけは開けておきたい。

「ふむ……」

ラクエを背から下ろし、その小さな従魔の姿をもう一度良く見る。
今度は、抱き上げてみる。両腕を輪を作るようにして、そこに彼女の膝と腰を引っ掛ける。
俗に言うお姫様抱っこであることをグランヴィーオは知らない。

「……なにやってんの」

ふと声がするのでそちらを見ると、戦闘が終わったらしい全員がグランヴィーオたちを呆れたような顔をして見ていた。
その彼らの足元には、コボルトが数体、その一回り大きな狼型のモンスターが2体、斬られたり射られたりし絶命している。
オハイニはしばらく呆気にとられた顔をしていたが、ブフッ、と吹き出した。

「移動の際の問題を考えていた」
「問題?」
「ラクエの歩行はまだ覚束ない」
「俺達が戦ってるときに考えることか?」

トールはもの言いたげな表情だ。

「……そいつだって、今までそこまで不自由してるように見えなかったが」
「まだ立ち止まることがあるだろう」

小さな段差や、少し斜めになっているところでは足の出し方が分からないらしい。

「子供だしなあ、そんなもんすよ」

グリウが笑って、グランヴィーオの胸のあたりに肩を預けているラクエの頭を撫でる。

「だが……」
「バ・ラクエ、荷物じゃない」

無感動な高い声が、そう言った。
一瞬誰が言ったのか分からず、全員がきょろきょろと周囲を見渡してから、グランヴィーオの腕の中の少女を見た。
あいかわらず乏しい表情だが、何となく、頬が膨らんでいるように見えるのは顎に力が入っているのか。

「……あー」

トールが間の抜けたような声を上げて、顔を片手で覆って、それでグランヴィーオも思い出した。
出会ってすぐの頃、同じようにどう移動させるか考えていたら、トールが苦言を呈したのだ。
バ・ラクエを荷物のように運ぶな、と。

「ははっ、そうだね。でもラクエちゃんは今のそれ嫌なのー?」

妙に浮かれたようにオハイニが両手を合わせて自分の顔の横に持っていく。
ラクエは表情を変えないまま、じっとしている。

「……」
「そうねー両手が塞がってるのは良くないわね。グランヴィーオ、片腕にラクエちゃんの腰を乗
っけられる?足は自分の胴体側に入れて」

言われたとおりに、ラクエの足は腹に向けて、その腰を腕の上に乗せる。不安定だったのか、小さな手がこちらの肩に置かれた。少しふらついたが、ラクエがバランスを取ってもぞりとグランヴィーオの腕に座り直した。小さな体が、もたれかかってくる。
なるほど、これなら片手は自由だし、安定性がある。

「いいな」
「でしょー?ラクエもどう?」
「……」

無言で頷いているので、悪くはないのだろう。
満足げなオハイニと、何故か頭を抱えたトール。

「何しに来たんだ俺ら……」
「平和でいいだろ?」

グリウがそんなトールの背をパンパンと叩く。

「よし解決。じゃあ……」

オハイニがあたりを見回す。
つられて全員、降りてきてすぐに戦闘になった3階を見る。
天井が高くもなく低くもない。今まで降りてきた1,2階と変わらず光る苔があちこちに密生して、明かりとしては十分だ。
フロアは広かった。
この前に通ってきた2階は、ただの通路かと思うほど面積に余裕がなかった。目の前の3階はかなり広い。あちこちの壁に穴が空いていて、奥に行けそうだ。これらの穴のどれかが、4階への道なのだろう。
もうひとつ、この階の特徴は。

「……草だ」

そう、まるで絨毯のように緑色の背丈の低い草が生えていた。
グリウがフラフラと、緑色になっているところへ引き寄せられるように歩いていく。一歩遅れて、トールやベルソンもついていく。
3人1列に並び、しゃがみ込む。

「おーつやつやしてんな緑だ」
「緑色だぞ」
「はははすげえ緑だあははは」
「子供か?」

オハイニが突っ込んだ。
荒れ地以外では、街を一歩出ればよく見かけるような雑草だろう。
ところが、彼らはまるで感動しているようだ。雑草に。
くつくつと笑うオハイニも、楽しそうである。

「なーんでこんな日の当たらない洞窟に草なんか生えてるんだか。メチャクチャじゃない?」
「……ああ」

グランヴィーオが頷くと、どうやら抱きかかえたラクエも首を動かしたらしくサラサラと頬にくすぐられた。髪だろう。
それを見たオハイニはひとしきり笑うと、ノートになにか書き込んだ。

「……さて、草に夢中な君たち!そろそろ探索のお時間ですよー」

はっとしたトールたちは慌てて武器を持って居住まいを正す。

「ど、どうするんだ?」
「そぉね……」

ちらりとオハイニはこちらを見た。具体的な指示はグランヴィーオに任せるつもりらしい。
この階から出られる穴を探したいが、数が多い。

「時間が惜しいが、ひとつずつ覗いていくしかあるまい」
「全員で?」
「ああ。モンスターが潜んでいる可能性が高い。今までの傾向だと動物型だし、穴ぐらには注意しろ」

人ひとりが立って通れるくらいのそれらの穴は、暗くて奥が見えない。
穴の正面に、トールが剣を構えながら先頭に、ベルソン、グリウ、オハイニ、グランヴィーオ(と、抱えたラクエ)の順に並んだまま、そっと歩を進めていく。
そうして、だいぶ近づいたときだ。
ばっ!と、暗い穴からなにかが飛び出してきた。
それが、警戒していたトールに正面から飛びかかった。
とっさに剣をふるったが、間に合わなかった。相手の動きが速すぎる。

「……ぐっ!?」

トールの腕をかすめ、ざっと地面に降りたそれは、小動物のようだった。
また素早い動きで何処かへ行こうとする――
が、ひゅ、と空気を裂く音がして、その鼻先の地面に矢が刺さった。
一瞬動きが止まったそれに、すぐさま矢が重ねられた。矢は胴の真ん中を貫き、力を失って倒れ込む。
その場で息絶えたそれは、うさぎのような形の魔物だった。
普通のうさぎなら、脚の先は鋼の鎌のようにはなっていないだろう。
トールはどうにも当たりどころが悪かったらしい。膝はついていないが、動けないほど激痛なのか。
血が、腕を滴り地面に落ちる。

「トール!傷見せな!」

慌てて駆け出そうとするオハイニを、グランヴィーオは襟首を掴んで押し留めた。
間髪入れず、穴からもう1匹、同じうさぎの魔物が飛び出してきた。
前に出てトールをかばうベルソン。

「ちっ、やっぱりか!」

舌打ちしながら数歩後に下がって、オハイニと並んだグリウ。
ベルソンの構える手前、一瞬で、うさぎ型は矢に撃ち落とされる。2本の矢を背中に受けて、うさぎ型はドサリと倒れた。

「トール、どうだ傷は」

べルソンが声に出してトールを気遣い、その肩を支えながら穴から離れた。
グリウはまだ動かず矢をつがえて、警戒している。
オハイニが今度こそトールに近寄り、彼の腕を取って見ると、うげ、と悲鳴を上げる。

「薬じゃダメ、魔術だな」

……相当ひどかったようだ。
グランヴィーオの腕に抱えられたままのラクエは、じっと穴の方を見ている。

「……まだいるのか?」
「わからない」

ラクエが感知できるほどの……つまり魔力の強い敵ではないらしく、彼女なりに警戒しているだけのようだった。グランヴィーオは、魔力絶縁の影響で気配や魔力の痕跡はまったく感じ取れない。
オハイニは、どうやらグランヴィーオが与えた魔力封石から魔術の行使を試みるようだった。
バッグに付けた魔力封石から、ふわっと光が漏れ出した。
光はするすると、糸を紡ぐかのように伸びていき、オハイニはそれを指先で操るように動かし、トールの血まみれの腕へと導く。
ぱあっと淡く光るのは、魔力を大量に使うせいで、調整が効かず漏れ出ているからだ。

「ふぅ……どうだ?」

治癒が終わり、オハイニは額を拭う仕草する。
トールは、驚いた顔をした。

「……きれいに治ってやがる」

腕を伸ばし、自分の目の高さまで上げる。それでグランヴィーオにも見えた。
たしかに、腕のグローブや袖は引き裂かれて血まみれだが、見える肌には傷跡も残っていない。

「すっげー」

一度弓をおろしたグリウが、気の抜けた声を出す。
グランヴィーオも、思わず感心した。

「なかなかの腕だな」

ここまで完璧に術を使いこなすのには、かなりの研鑽が必要なはずだ。
並の魔術師なら、今の3倍以上の時間がかかるだろうし、血を止めるだけだったり傷跡が残ったりすることもある。

「どーも」

だが、オハイニは浮かない顔だった。バッグに付けた魔力封石を手でもてあそぶ。

「魔力を予想以上に使っちゃったな。構築が甘かった」
「空にはなっていないだろう」

オハイニに渡したブローチにあしらわれた宝石は、グランヴィーオが1年ほど身につけ、魔力を封入した魔道具と呼べるものだった。
本来なら魔術師の魔力を込めるために何度も魔法をかけなければならないが、グランヴィーオの体質――魔力吸いは常に魔力を周囲から引き寄せている。自然と宝石に貯蓄され、今のように魔術師であれば誰でも補助の魔力として扱えるようになる。
オハイニに渡したものはかなりの量を封入したし、何より彼女自身の技量で、無駄な失敗や大量消費をしていない。

「まあね、今の傷くらいだったらあと5,6回は治せるよ」
「もうヘマはしねぇ」

トールは眉根にぐっと力を入れた。治った腕で拳まで握って、悔しがっているらしい。

「その意気よー」

逆に手を振るオハイニは相変わらず態度が軽い。
その後、トールが有言実行とばかりに穴という穴を暴き、出てきたモンスターをほぼひとりで仕留めた。

「負けず嫌いなんだよなー、トールは」
「るせ」

グリウも軽い調子で幼馴染をからかっている。

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