その願いを〜雨の庭の建国記〜

鹿音二号

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荒れ地のダンジョン(3)

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結局、ダンジョンの入り方は魔物がいないならそのまま突入というシンプルな方法になった。
10メートルほどの大きさの穴に、土くれをまたいで入り込む。

「うわ……」

中を見て、グリウが声を上げる。
穴はすり鉢状になっていて、緩やかな傾斜が中心に向かっていた。数メートルはその傾斜が続いていて、降りるのは簡単だが登れはしないだろうと、ロープを垂らしておく。
……ロープをくくりつける支柱は、グランヴィーオが魔法で頑丈な太い石柱を作った。ベルソンが手持ちの斧で叩いてもびくともしなかった。
脆い土がすり鉢状になっている穴の中心は、また穴ができていた。4メートルほどの直径で、そのまま緩やかに斜めに下へと続いている。

「……なんか明るいな」

ランプをつけようとしたが、目が岩肌のデコボコを確認できるほどのうっすらとした明かりがある。

「本当に明るいんだな」

オハイニは感心したように手帳に書き込んでいる。

「ダンジョンには明かりがついているらしいね。ランプみたいについていたり、岩が光っていたり。花が光ってるってのもあったな」
「なんだそのバラバラは」
「さっき言ったでしょ、ダンジョンは不思議空間だって」

にんまりとオハイニは嬉しそうに笑う。

「ともかく普通じゃないし、言ったようにバラバラなんだよ、ダンジョンの特徴っていうのは」
「なあなあ、なんか、植物がある」

グリウが手近な壁を触っている。
確かによく見ると、岩にこびりつくように枯れかけた植物が這うようにあった。
そして、それが光っている。
オハイニは驚いたようにその植物をじっと見る。

「苔……?」
「苔だな」

グランヴィーオも頷いた。植物は苔という種類らしい。

「苔ということはつまり、」
「水がある」

オハイニの口から、とんでもない言葉が聞こえた気がする。

「水?」
「えっどういうことだよ」
「苔っていうのは湿った場所にしか根付かない。水辺の近くか雨が振りやすい地域の植生だよ」
「……このダンジョンに、水場がある?」

言いながら、トールはグリウとベルソンを何度も見る。ふたりとも、信じられないというような顔をしているが、目が輝いている。
荒れ地に、水が、ある。

「……行けばわかる」

グランヴィーオがラクエを連れて足を進めた。
穴が狭く、二人がぎりぎりすれ違えるくらいだ。そこを全員1列で進んでいく。
先頭にグランヴィーオとラクエ。その後ろがベルソン、次にトール。後ろの方にグリウとオハイニが後方を気にしながらゆっくりと歩く。
緩やかに下っていって、カーブを描いている。岩肌がだんだんと滑らかになっているのがわかる。苔も数が多くなり、光はますます強い。

「なんか……空気がおかしくない?重いっていうか」

グリウがなんとなく不安そうにこぼすのが聞こえる。
たしかに、妙に服が肌に張り付く気がする。

「水があるって証拠だ。……ほら」

オハイニが立ち止まり、手を宙で振った。
とたんに大粒の水が、いくつもいくつも空中で生まれては落ちていく。

「……水だ!?」
「湿気が多い……空気中に滴るほど水が多いってことだ」

ことさらすましたような顔でオハイニ。

「驚いてないで行くよ、目的はこれがどんなダンジョンか見ることだから」

見たことがないほど真面目な顔をして、オハイニは手帳を書き込みながら言った。

「ダンジョンはモンスターがいるんだ、絶対に。まだ出てきていないだけで、いつ襲われてもおかしくない。気を引き締めな」

まだまだ穴を降りていき、10分後にようやく広いところに出た。
ちょっとした広場のようだった。村の広場の一回りほどの空間で、天井はそこまで高くなく、やはり苔がいくつも生えて光っていた。
――そして。

「えっ犬……?」

あっけにとられたようなオハイニの声を聞き流しながら、トール、それにグリウとベルソンは自分たちの得物を構えた。
広場のようなその平らな地面に、獣の姿が数匹あった。
オハイニがこぼしたように、中型の犬に見える。
茶色の毛並みで、腰布を巻き、牙が発達して上顎からはみ出している。

「コボルト!」

グリウが短く叫ぶ。
こちらに気づいていたその魔物、コボルトはダッと4本の足で地面を蹴った。
犬と同じくらい頭が良く、たまに2本足で武器まで扱い、魔法まで使うその犬型の魔物に、警戒心からぐっと剣を持つ手に力が入る。トールが一歩踏み出そうとした、その時。
叫び声が上がった。
それも複数。

「ぎゃあああ!」
「キャンッ!」
「キャウウウウッ!」

一つはおそらく、人間の声で、後ろから上がった。
他は、コボルトだろう……眼の前で、牙を剥いたと思ったらくるりと尾を見せて離れていった。全部だ。
奥にすぼまった穴があり、そこに一目散に入っていくコボルトを改めて数えると5匹いた。

「……なにが起こった?」
「さあ……」
「……」

グリウとベルソンを見るが、トールと同じように疑問をそのまま顔に浮かべている。
目の前のグランヴィーオとラクエを確認するが、変わった様子はない……不自然なほど。ぼうっと二人でコボルトが逃げていった方向を見ている。
そして、最後のオハイニは。

「ひぃいい……」

しゃがみこんで、ガタガタと震えている。

「あ、姉さん……」
「大丈夫か」
「大丈夫じゃないぃぃ……」

彼女の真っ青な顔を見て、ふと、思い出した。

「グランヴィーオ。おい、もしかして魔力を感知させないとかいう術をやめたのか」
「……」

無言だったが、魔術師の男はなにか思ったらしくマントを揺らした。

「はっ……はあ……」

するとオハイニが落ち着くので、どうもトールの言うことは当たりだったらしい。

「……お前、また大きい穴でも作るつもりだったのか」

少し警戒しながら、聞く。
こちらを振り返って一瞥したグランヴィーオは、無表情に近いいつもの表情だった。

「場合によっては」
「……あのな、ここは地下だぞ。崩れたりしたらどうするんだ」
「崩れはしねえよ」

そして、グランヴィーオの口調が変わった。
いつもは貴族でも相手にしているのかと思うほど慇懃なのに、たまに、こうやって自分たちのようにぞんざいな口調になる。
自分たちは10代の半ばから住んでいた土地を追われた流浪の民で、元貴族の祖父のロドリゴの教育はそこまで行き届かなかった。グランヴィーオの佇まいは、一族が貴族だった頃が長い親世代と似ている。

「ダンジョンは突然崩れたりすることはねえ。魔力構築が厳重だ」

最初は機嫌が悪くなったのかと思ったが、今も、とつとつと話すグランヴィーオの機嫌が変わったとは思えない。

「……意味がわからねえ」
「ダンジョン自体に魔法がかかってるってこと」

はー、とため息をついたのはオハイニだった。
「よっぽど……それこそダンジョンを作る気合いがあれば知らないけど、大体の魔法なら中で使っても壊れたりすることがないのさ」
「姉さん、大丈夫かい」
「ありがと」

グリウが心配そうに手を差し出したそれに、オハイニは掴まりながら立ち上がる。

「魔法使うなら一言言ってくれよぉ」
「……ああ」

こっくり頷くグランヴィーオは、反省したのだろうか?
ともかく、オハイニは調子を取り戻したようだ。

「まあ、コボルト?も兄さんの気配に驚いて尻尾巻いて逃げたから良かったけど。今度から魔法いるときはまずアタシがやるよ」

うーん、と頭をかきながらオハイニは言った。

「グランヴィーオのは大げさすぎる。危険なときは仕方ないけど」
「分かった」
「わかった」

ラクエまで返事を返して、オハイニはニコリと笑う。

「よし。ところで、トールたちは、さっきの犬っころに勝算はあった?」

トールたちは顔を見合わせた。

「余裕だな」
「そーだな。コボルトなら何回か戦ったことはあるし」
「……ああ」
「なら、先に攻撃してくれ。アタシは補助か、どうしてもってときに出るよ。それでもだめなときは……」
「グランヴィーオサマ、か」
「まあ、そうならないことを祈るよ」

やれやれ、とオハイニは首を振り、それから全員をあらためて見た。

「壁を調べてくれ。よく見たり叩いたりして、何かないか」
「何かってのは?」
「わかりやすいのは隠し通路とか、かな」

オハイニはさっきまで書き込んでいた手帳とちがう別の冊子をポーチから取り出した。パラパラとめくりながら、

「罠とかもあるみたい。異変があったらアタシを呼んで」
「……これってただの洞窟じゃないのか?」

グリウがあたりを見回した。

「地下洞窟が掘り起こされたとかそういう……」
「言ったろ、魔法がかかってる」

冊子をしまいながらオハイニは言った。

「それに、深すぎる。魔物がいるってことはどこかに入口がないと入ってこれないだろ、そんな深い穴は周辺の国にもないし……」
「なるほど……変だな?」

グリウが首を傾げて、トールも考えてみたが、天然の洞窟というにはやはりおかしい。

「……こんなのばっかりなのか、ダンジョンって」
「そうらしい」

オハイニは頷く。

「わかりやすいのは、ペンテイラのダンジョンかな。山奥にあいた穴の下が、立派な豪邸になってる」
「豪邸?」
「それはまた……」
「誰もいないのに、ダンジョン探索に行ったときには柱にかかった燭台にはろうそくがあかあかと燃えていて、いつ行ってもついてる。発見の記録は200年以上前、未だについたままらしい」
「……まだ苔のほうがマシだな」

怪談である。
ゾッとしたのを振り払いたくて、トールは壁に近づいた。

「ともかく、調べればいいんだな?」
「ああ」

返事をしたのはグランヴィーオだった。

「この階になにもなければ、このあとは壁の仕掛けは無視で良いだろう」
「え?詳しくしなくていいの」

オハイニはキョトンとグランヴィーオを見ている。

「今回は、どのようなダンジョンか観察しにきただけだ。本格的に探索するには時間も人間も道具も足りぬ。言ってみれば、今回は浅いところにどのような魔物がいるかだけの調査だろう」
「あー……直近危険があるかだけだね、たしかに」
「浅いところ……って、俺らは1日ほどの準備してたっすけど、どれくらいの深さになるとか……」
「一番深くまで潜ったダンジョンは、200階近くあったけど、」
「200」
「まだ最下層は見つかってない。基本的に、ダンジョンのモンスターは浅いところは弱くて深いところは強い。200階ともなると魔物が強すぎて、その国の騎士団と最強と謳われる冒険者の連合軍で今もまだ探索中。死傷者は数しれず」
「げえ……」
「構造も複雑になっていって、200階のダンジョンは地図がなかったら迷って出られない迷宮だって話」
「だから地図を書くってことなのか」
「……なあ、200階ってどれくらいの深さなんだ」

ふと気になった。
このダンジョンだって、まだ入りたてだというのにそこそこの深さだろう。
おそらく鉱山の掘り進んだところより深い。
200階……というのはつまり今いるような、こういうフロアが下に200も重なっているということだ。
トールは聞きながら頭が痛くなって軽く押さえた。
グランヴィーオが来てからというもの、トールの想像を遥かに超えたことばかり見たり聞いたりする。頭が良い方ではないトールの限界が近い。
オハイニはあっけらかんと肩をすくめた。

「さーね。深いってもんじゃないでしょうね、地下だから測れないけど。一部では世界の反対側の人たちにこんにちはする日も近いんじゃないかって言われてるしねー」
「反対側?世界の?」
「ん?」

オハイニはトールをキョトンと見た。

「ああ、そっか、まだその理論は一般的じゃないか」
「反対側ってどういう……?」

グリウがしきりに手をあれこれ動かして顔をしかめている。ベルソンは首をわずかにかしげてそのグリウの手を見ていた。
オハイニは苦笑した。

「これは難しいなあ……えっとね、世界って何だと思う?」
「は?」

トールが声を上げて、グリウは手を動かすのをやめてオハイニをじっと見た。
意味がわからない。

「まーそうよね。ともかくね、アタシたちが立っている地面はどこまで続いてると思う?」

考えたこともなかった。
グリウがおそるおそる口を開く。

「……確かずーーーーっと遠くに世界の果てがあるっていうのを聞いたことあるぜ。海とか全部そこに落ちていくとか」
「……蛇に囲まれていると俺は聞いた」

ベルソンがむっつりとそんなことをいう。

トールは……聞いたことがあるような気がするし、全然知らない気もする。

「世界を囲む蛇に会いに行く男の話があった」

グランヴィーオがふとそんなことを言った。

「なら、蛇がいるってのか?」
「その男は、何日も歩いた」

トールには答えずグランヴィーオは淡々と話す。

「山を越え谷を越え、海や大河を渡り、魔獣と戦い、竜に会い、恐ろしい力を持った人の形をした悪魔にも打ち勝った。だが、男は、蛇に会えなかった」
「世界の果ては蛇じゃないのか」
「男はいつの間にか、自分の住んでいた国に戻ってきていた」
「諦めたのか?」
「いや」

ゆっくりと、グランヴィーオはオハイニを見据えた。

「男は真っ直ぐに歩いた。どんな深い谷や高い山があっても真っ直ぐに」
「……なのに戻ってきた?」
「世界の果てがなくて、全部つながってるってことっすか?」

グリウが驚いて自分の手のひらを見つめた。

「繋がって……反対側の……」
「世界は丸い、という仮説があるのさ。子どもが遊ぶボールみたいにね」

オハイニは薄っすらと笑っている。

「え!?」
「それは……」
「色々証拠はあるよ。ただ、知られていないだけで」
「なんで知られてないんだ?」
「さあね……」

オハイニは言いながら、グランヴィーオから目を離さない。

「ずいぶん物知りだよね、グランヴィーオって」
「魔術師は知者であれというのは常識だろう」
「……まあ、いいさ」

ふん、とオハイニは不満そうに鼻を鳴らした。

(なんだ?まるで知ってるのが悪いみたいに)

隠しているが、オハイニはなんだか機嫌が悪そうだ。そう、グランヴィーオが蛇に会いに行く男の話を言い出したときから。
グリウが寄ってきて、こっそりとオハイニを指し、トールに訴えるからこちらも頷く。

「俺には分からん、学がないからな。ここが向こう側とやらに突き抜けるような深いダンジョンじゃなねえことだけは祈るがな」
「……そうねえ、どこまで行くのか楽しみだわ」

オハイニは少し苦笑いしたようだった。

「ともかく、今はこのダンジョンに集中だわ。この階あらかた調べたら次に行きましょ」

オハイニがいつもの調子で軽く言って、トールたちは頷いた。
グランヴィーオは、何を考えているのか、いつもの乏しい表情でじっとオハイニを見つめていた。

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