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#4 ヒロイン(男)
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さっさとこの場から退散しようと前も見ずに歩き出したので、ドンと思いっきり人とぶつかってしまった。弾力のある何かにぶつかった直後、その反動で尻もちをついてしまう。
「ヴィンセント様!」
さすがにケイシーも予想外だったのか、俺の名前を大声で呼ぶ。いくら人が多いとは言え、そんな大声を出したらあいつらにバレてしまうだろう! と思って振り返ったところで、バッチャンと思いっきり水が降ってきた。
「っ……!」
「ああっ、すまない!」
びちゃびちゃと俺の周囲で魚が跳ねている。どこか生臭くべたべたとした液体。周囲があーあ、という視線で見るせいで、一気に注目を浴びてしまった。あいつらにまで届いたのは言うまでもない。
「大丈夫ですか!」
そう言って駆け寄ってきたのは先ほどまで皇女から食事に誘われていたヒロイン(男)だった。爽やかイケメンが俺の顔を覗き込んで「怪我とかないですか?」と尋ねている。眩しすぎて直視できない。
これ、女だったら誰でも落ちるわ。
「デイブおじさん! 魚が入った樽を持ち歩くときは裏から回らないとダメだってこの前も言っただろう?」
「だってこっちのほうが近いからさぁ」
言い訳をしている小太りのおっさんは「すまないね」と軽く謝る。
「いや、俺もちゃんと前を見ていなかったから。おい、ケイ――……」
ケイシーを呼んでさっさと帰ろうとしたところで、ヒロイン(男)にぐいっと腕を引っ張られて「うちへ行こう」と抱き寄せられる。なんだこの展開。助けろ! と思ってケイシーを見ると、さすがにこの状態は想定していなかったのか、顔面蒼白になって「ついていきます」とヒロイン(男)に従っている。
待て待て待て! 注目を浴びてしまっている以上、下手に抵抗しないほうが良いけれど、出来ることなら皇女に近づきたくない。
「ちょ、まっ。俺は大丈夫だから」
「いくら夏だからって海水のままだと匂いも出るし、キミも困るだろう?」
それ以上に俺がこんなところまで来ていることが皇女にバレるほうが問題だ。嫌だとごねるけれど、さすがは騎士学校で優秀な成績を修めていただけはある。俺の抵抗なんてびくともせず、ヒロイン(男)は暴れる俺を無視してそのまま店へ連れて行こうとする。
一種の誘拐じゃないか、これ。イケメンだったらなんでも許されるのか?
「そういうことですので、皇女殿下、失礼いたします」
ヒロイン(男)はぺこりと頭を下げるとずるずると俺を引きずって店の中に入っていった。恐る恐る皇女を見ると、彼女は見たこともない鬼のような形相で俺を睨みつけていた。
………………………………………………まさか、俺だって気づいていない?
まあ、簡素な服装だし、魚が入った海水ぶちまけられてずぶぬれだし、分からなくても仕方がない。だがこんな至近距離で目も合えばさすがに気づくだろう。
皇女に対して特別な感情など抱いていなかったけれど、彼女が俺のことをどう思っているのか、この一瞬の出来事でおおよそ察してしまった。
顔すらろくに覚えられていない婚約者なんて、あるか?
ヒロイン(男)は立ち尽くしている皇女を無視してそのまま家の中に俺を連れ込んだ。中からは同じ髪色の女性が「大丈夫かい?」と言って柔らかいタオルを俺に差し出してくれる。
「ありがとう……、ございます」
タオルを受け取るとヒロイン(男)は困ったような顔で俺を見つめ、「ごめんね」と謝った。何に謝っているのか理由が分からず、俺は首を傾げた。
「いきなり家に連れてきてしまってすまない」
「ああ、そういうことか。このままでは家にも帰れなかったし助かったよ」
生臭いずぶぬれ姿で帰れば叱責されるのは俺ではない。ケイシーは俺の手からタオルを取ると「失礼します」と言って、ゆっくりと髪の毛を拭き始めた。
「着替えは……、俺のでいいかな。サイズが合うといいんだけど」
「そこまでしてもらわなくても……」
「女性からの誘いを断るために君を利用してしまったんだ。これぐらいはさせてほしい」
やたらと強引だなと思っていたが、皇女からの誘いを断るのにうってつけだったというわけか。正直に話してくれたことに好感が持てた。やっぱり主人公はこういうところで攻略対象の好感度を上げていくんだろうな。
「ヴィンセント様。申し訳ございませんでした」
髪の毛を拭きながら謝罪するケイシーに、俺は「お前のせいじゃない」と答える。そそのかされたとは言え、ここへ来ると決めたのは俺自身だ。それに前を見ていなかったのも俺が悪い。
ケイシーから返事が聞こえずに「どうした?」と振り返ると、彼は驚いたような顔で俺を見つめている。以前の俺ならきっと彼を怒鳴り散らしていたことだろう。
「ヴィンセント様!」
さすがにケイシーも予想外だったのか、俺の名前を大声で呼ぶ。いくら人が多いとは言え、そんな大声を出したらあいつらにバレてしまうだろう! と思って振り返ったところで、バッチャンと思いっきり水が降ってきた。
「っ……!」
「ああっ、すまない!」
びちゃびちゃと俺の周囲で魚が跳ねている。どこか生臭くべたべたとした液体。周囲があーあ、という視線で見るせいで、一気に注目を浴びてしまった。あいつらにまで届いたのは言うまでもない。
「大丈夫ですか!」
そう言って駆け寄ってきたのは先ほどまで皇女から食事に誘われていたヒロイン(男)だった。爽やかイケメンが俺の顔を覗き込んで「怪我とかないですか?」と尋ねている。眩しすぎて直視できない。
これ、女だったら誰でも落ちるわ。
「デイブおじさん! 魚が入った樽を持ち歩くときは裏から回らないとダメだってこの前も言っただろう?」
「だってこっちのほうが近いからさぁ」
言い訳をしている小太りのおっさんは「すまないね」と軽く謝る。
「いや、俺もちゃんと前を見ていなかったから。おい、ケイ――……」
ケイシーを呼んでさっさと帰ろうとしたところで、ヒロイン(男)にぐいっと腕を引っ張られて「うちへ行こう」と抱き寄せられる。なんだこの展開。助けろ! と思ってケイシーを見ると、さすがにこの状態は想定していなかったのか、顔面蒼白になって「ついていきます」とヒロイン(男)に従っている。
待て待て待て! 注目を浴びてしまっている以上、下手に抵抗しないほうが良いけれど、出来ることなら皇女に近づきたくない。
「ちょ、まっ。俺は大丈夫だから」
「いくら夏だからって海水のままだと匂いも出るし、キミも困るだろう?」
それ以上に俺がこんなところまで来ていることが皇女にバレるほうが問題だ。嫌だとごねるけれど、さすがは騎士学校で優秀な成績を修めていただけはある。俺の抵抗なんてびくともせず、ヒロイン(男)は暴れる俺を無視してそのまま店へ連れて行こうとする。
一種の誘拐じゃないか、これ。イケメンだったらなんでも許されるのか?
「そういうことですので、皇女殿下、失礼いたします」
ヒロイン(男)はぺこりと頭を下げるとずるずると俺を引きずって店の中に入っていった。恐る恐る皇女を見ると、彼女は見たこともない鬼のような形相で俺を睨みつけていた。
………………………………………………まさか、俺だって気づいていない?
まあ、簡素な服装だし、魚が入った海水ぶちまけられてずぶぬれだし、分からなくても仕方がない。だがこんな至近距離で目も合えばさすがに気づくだろう。
皇女に対して特別な感情など抱いていなかったけれど、彼女が俺のことをどう思っているのか、この一瞬の出来事でおおよそ察してしまった。
顔すらろくに覚えられていない婚約者なんて、あるか?
ヒロイン(男)は立ち尽くしている皇女を無視してそのまま家の中に俺を連れ込んだ。中からは同じ髪色の女性が「大丈夫かい?」と言って柔らかいタオルを俺に差し出してくれる。
「ありがとう……、ございます」
タオルを受け取るとヒロイン(男)は困ったような顔で俺を見つめ、「ごめんね」と謝った。何に謝っているのか理由が分からず、俺は首を傾げた。
「いきなり家に連れてきてしまってすまない」
「ああ、そういうことか。このままでは家にも帰れなかったし助かったよ」
生臭いずぶぬれ姿で帰れば叱責されるのは俺ではない。ケイシーは俺の手からタオルを取ると「失礼します」と言って、ゆっくりと髪の毛を拭き始めた。
「着替えは……、俺のでいいかな。サイズが合うといいんだけど」
「そこまでしてもらわなくても……」
「女性からの誘いを断るために君を利用してしまったんだ。これぐらいはさせてほしい」
やたらと強引だなと思っていたが、皇女からの誘いを断るのにうってつけだったというわけか。正直に話してくれたことに好感が持てた。やっぱり主人公はこういうところで攻略対象の好感度を上げていくんだろうな。
「ヴィンセント様。申し訳ございませんでした」
髪の毛を拭きながら謝罪するケイシーに、俺は「お前のせいじゃない」と答える。そそのかされたとは言え、ここへ来ると決めたのは俺自身だ。それに前を見ていなかったのも俺が悪い。
ケイシーから返事が聞こえずに「どうした?」と振り返ると、彼は驚いたような顔で俺を見つめている。以前の俺ならきっと彼を怒鳴り散らしていたことだろう。
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