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#5 ヒロイン(男)
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ヒロイン(男)は根っから親切な男で、服は買って帰るからいいと言ったものの、自分の服を無理やりに着せると「もう着れないから捨ててしまっていいよ」と処分まで押し付けてきた。わざわざ返しに来なくていいという気遣いなのだろう。
「よかったらうちのケーキでも食べて行って」
「そこまでしてもらわなくても……」
「助かったから、気にしないで」
ただちょっと押しの強いところもあり、本気で断っているのに遠慮していると思われたのか、目の前にケーキが並べられる。善意の押しつけは相手を困らせるだけだと分かっていないのだろうか。まあ、用意してくれたのなら食べるけど。
主人に怪我、とまではいかないが、びしょぬれにさせてしまい猛省中のケイシーはこっそりと「大丈夫ですか」と声を掛けてくる。こくりと頷いてテーブルに置かれたカップを手に取った。
まずは挽き立てのコーヒーから口に含む。店内はカフェにもなっていて、ドリンクにも力を入れているようだ。程よい酸味としっかりとした苦みが口の中に広がる。次に真っ白いクリームがたっぷりと塗られたケーキにフォークを刺す。口の中に入れると甘すぎないクリームの味が広がって、スポンジは空気のように軽い。人気店なのも頷ける味だ。
「君……、やっぱり貴族だよね」
俺が食べる姿をじっと見つめていたヒロイン(男)が独り言のように呟く。使用人を従えてこんなところにやってきて、それを否定するのもなんだか変な話だ。
「今更、怖気づいたのか?」
からかうようにそういうと、ヒロイン(男)は「まさか!」と言って楽しそうに笑う。どうせなら貴族だと言うことにビビって、俺から距離を置いてくれるととても助かるのだが、どうやらそんな俺にとってのご都合展開はやってこないらしい。
「でも貴族らしくないから驚いたよ。…………本当はさっきもキミを助けると言うより、デイブおじさんを助けに行ったんだ」
バツが悪そうな顔に俺は黙って彼を見た。貴族に対して危害を加えれば最悪その場で切り捨てられる可能性だってある。落ち度は完全に俺だったかもしれないが、貴族と平民では立場があまりに違い過ぎる。
やはりここへ来たのは軽率だったと反省する。
「そろそろ、帰る」
完食はしていないけれど、俺がここにいるのもあまりよろしくないだろう。フォークを置いて立ち上がると、ヒロイン(男)も一緒になって立ち上がり俺の手をぎゅっと掴んだ。
「名前だけでも、聞いていいかな?」
まあ、どうせ、新学期が始まれば嫌でも顔を合わすだろう。隠しておいても意味はないと思い、
「ヴィンセント・ド・シェラード。シェラード公爵家の三男だ」
と簡単に告げた。まあ、常識を持ち合わせていれば、立場が違い過ぎる俺に近づこうなんて思わないだろう。俺もわざわざ自ら災い(ヒロイン)に関わるつもりなどない。
「……ヴィンセントか。俺は――……」
「知っている。じゃあな」
いずれ彼も俺の名前から皇女の婚約者だと分かるだろう。そうなれば今みたいに気軽に声を掛けるなんてできないはずだ。頭だって悪くないはずだから、皇女が自分に言い寄ってきているのは分かっているだろう。
パタンと家の扉を閉めて店の前に回る。さすがに皇女の姿はそこにはなかった。
「よかったらうちのケーキでも食べて行って」
「そこまでしてもらわなくても……」
「助かったから、気にしないで」
ただちょっと押しの強いところもあり、本気で断っているのに遠慮していると思われたのか、目の前にケーキが並べられる。善意の押しつけは相手を困らせるだけだと分かっていないのだろうか。まあ、用意してくれたのなら食べるけど。
主人に怪我、とまではいかないが、びしょぬれにさせてしまい猛省中のケイシーはこっそりと「大丈夫ですか」と声を掛けてくる。こくりと頷いてテーブルに置かれたカップを手に取った。
まずは挽き立てのコーヒーから口に含む。店内はカフェにもなっていて、ドリンクにも力を入れているようだ。程よい酸味としっかりとした苦みが口の中に広がる。次に真っ白いクリームがたっぷりと塗られたケーキにフォークを刺す。口の中に入れると甘すぎないクリームの味が広がって、スポンジは空気のように軽い。人気店なのも頷ける味だ。
「君……、やっぱり貴族だよね」
俺が食べる姿をじっと見つめていたヒロイン(男)が独り言のように呟く。使用人を従えてこんなところにやってきて、それを否定するのもなんだか変な話だ。
「今更、怖気づいたのか?」
からかうようにそういうと、ヒロイン(男)は「まさか!」と言って楽しそうに笑う。どうせなら貴族だと言うことにビビって、俺から距離を置いてくれるととても助かるのだが、どうやらそんな俺にとってのご都合展開はやってこないらしい。
「でも貴族らしくないから驚いたよ。…………本当はさっきもキミを助けると言うより、デイブおじさんを助けに行ったんだ」
バツが悪そうな顔に俺は黙って彼を見た。貴族に対して危害を加えれば最悪その場で切り捨てられる可能性だってある。落ち度は完全に俺だったかもしれないが、貴族と平民では立場があまりに違い過ぎる。
やはりここへ来たのは軽率だったと反省する。
「そろそろ、帰る」
完食はしていないけれど、俺がここにいるのもあまりよろしくないだろう。フォークを置いて立ち上がると、ヒロイン(男)も一緒になって立ち上がり俺の手をぎゅっと掴んだ。
「名前だけでも、聞いていいかな?」
まあ、どうせ、新学期が始まれば嫌でも顔を合わすだろう。隠しておいても意味はないと思い、
「ヴィンセント・ド・シェラード。シェラード公爵家の三男だ」
と簡単に告げた。まあ、常識を持ち合わせていれば、立場が違い過ぎる俺に近づこうなんて思わないだろう。俺もわざわざ自ら災い(ヒロイン)に関わるつもりなどない。
「……ヴィンセントか。俺は――……」
「知っている。じゃあな」
いずれ彼も俺の名前から皇女の婚約者だと分かるだろう。そうなれば今みたいに気軽に声を掛けるなんてできないはずだ。頭だって悪くないはずだから、皇女が自分に言い寄ってきているのは分かっているだろう。
パタンと家の扉を閉めて店の前に回る。さすがに皇女の姿はそこにはなかった。
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