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#6 皇女
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自分の見目が人を引き付けることを、アルフレッド・リースは嫌と言うほど知っていた。
地方の領主の娘として男爵家に奉公していた母は、酔っぱらった男爵に手を出されてアルフレッドを身ごもった。嫉妬深い男爵夫人にすぐそれがバレてしまい、屋敷を追い出されると実家へと身を寄せたが、母に誘惑されたと嘘を吐いた男爵によって実家からも追い出されてしまった。
祖父は母がそんなことをする人間ではないと分かっていたが、男爵に目を付けられて領地に被害が出ることを恐れた。母もそんな祖父の気持ちを理解していて、このことに関して愚痴一つ零さなかった。
自分の出自を知らされたとき、アルフレッドは貴族そのものを恨んだ。そんな彼が貴族に仕える騎士の道を選んだのは、一人で育ててくれた母を楽させるためだった。優秀な成績を修めれば、高位貴族に仕えることができるかもしれない。すれば賃金だって弾むだろうし、やはりこの世の中、金が全てだ。男ばかりの騎士学校では自分の見目を気にする人間なんてさほどいなかったし、気が置ける仲間だってできたのに、がむしゃらに励み過ぎたせいで成績優秀で国立学校への転入を薦められた。
初めは騎士になるからと断ったのだが、アルフレッドへの説得を諦めた学校長は母に相談してしまい、母から「遠慮しなくていいのよ」と言われてしまっては、アルフレッドも断ることができずに国立学校への転入を決めた。
貴族ばかりの国立学校に平民が入ったところでイジメの標的になるだけだ。しかもアルフレッドはこれまで女性との揉め事が多く――と言っても女性が一方的に言い寄ってきて、断ると態度を豹変して被害者面されただけだが――女生徒に注目されて男子生徒からやっかみを買うのは言うまでもない。
騎士学校でも男同士のイジメがあったけれど、貴族となればこちらは防戦一方だ。そんな状況、自分が我慢できるとも思えない。
どうしたものか、と悩んでいるとき、皇女が一応お忍びで家にやってきた。騎士学校で優秀な成績を修めた男がいると誰かから聞きつけたようで、初めは興味本位だったのだと思う。けれどアルフレッドの姿を目にした瞬間、皇女がただの女になった。
その日から彼女は毎日、このケーキ屋にやってきた。
お忍びでやってきているとは言っても、派手なドレスを纏い屈強な騎士を従えていれば、皇女であることは分からなくても高貴な身分であるのは一目瞭然だ。こうなると今度は店にきた人間が遠慮してこなくなってしまう。ただの営業妨害だ。
ちょっとぐらい彼女の希望を呑んでやれば、夢から覚めるだろうと思って、何度かお茶をしてみたりしたが逆効果だった。図に乗った彼女はアルフレッドも自分に気があると勘違いして無茶を言うようになった。誘いを断ると激高して扇で叩かれることもあった。
「あなた、わたくしに婚約者がいるから遠慮しているのでしょう? なら安心なさい。すぐに婚約破棄するから」
「……え?」
「今すぐには無理だけれど、そうね、年内にはってところかしら」
そう言って微笑む彼女を見て、アルフレッドは恐怖を覚えた。皇女なのだから婚約者ぐらいはいても不思議ではないが、彼女が思っているほど簡単には婚約破棄できないだろう。それに相手の気持ちなど、全く考えていない。そんな女、こっちから願い下げだ。
「新学期が始まるとすぐに収穫祭があるわ。夜は舞踏会も開かれるの。わたくしのエスコートはあなたにお願いするわ」
「え?」
「婚約者には断りを入れておくから問題ないわよ。服も全てこちらで用意するから」
そういうと皇女は満足そうに笑ってアルフレッドに背を向けた。皇女に気に入られていることだって悩ましいと言うのに、今度は婚約者という問題も立ちはだかる。
いっそのこと自分に文句を言いに来てくれたら、全て話して皇女と縁を切りたいと言うのに。
まあ、どうせ、貴族によくある「お前が悪い!」と全ての責任を押し付けられるのだろう。ほとんど手の付けられなかったケーキと紅茶を見つめ、アルフレッドは大きく息を吐いた。
地方の領主の娘として男爵家に奉公していた母は、酔っぱらった男爵に手を出されてアルフレッドを身ごもった。嫉妬深い男爵夫人にすぐそれがバレてしまい、屋敷を追い出されると実家へと身を寄せたが、母に誘惑されたと嘘を吐いた男爵によって実家からも追い出されてしまった。
祖父は母がそんなことをする人間ではないと分かっていたが、男爵に目を付けられて領地に被害が出ることを恐れた。母もそんな祖父の気持ちを理解していて、このことに関して愚痴一つ零さなかった。
自分の出自を知らされたとき、アルフレッドは貴族そのものを恨んだ。そんな彼が貴族に仕える騎士の道を選んだのは、一人で育ててくれた母を楽させるためだった。優秀な成績を修めれば、高位貴族に仕えることができるかもしれない。すれば賃金だって弾むだろうし、やはりこの世の中、金が全てだ。男ばかりの騎士学校では自分の見目を気にする人間なんてさほどいなかったし、気が置ける仲間だってできたのに、がむしゃらに励み過ぎたせいで成績優秀で国立学校への転入を薦められた。
初めは騎士になるからと断ったのだが、アルフレッドへの説得を諦めた学校長は母に相談してしまい、母から「遠慮しなくていいのよ」と言われてしまっては、アルフレッドも断ることができずに国立学校への転入を決めた。
貴族ばかりの国立学校に平民が入ったところでイジメの標的になるだけだ。しかもアルフレッドはこれまで女性との揉め事が多く――と言っても女性が一方的に言い寄ってきて、断ると態度を豹変して被害者面されただけだが――女生徒に注目されて男子生徒からやっかみを買うのは言うまでもない。
騎士学校でも男同士のイジメがあったけれど、貴族となればこちらは防戦一方だ。そんな状況、自分が我慢できるとも思えない。
どうしたものか、と悩んでいるとき、皇女が一応お忍びで家にやってきた。騎士学校で優秀な成績を修めた男がいると誰かから聞きつけたようで、初めは興味本位だったのだと思う。けれどアルフレッドの姿を目にした瞬間、皇女がただの女になった。
その日から彼女は毎日、このケーキ屋にやってきた。
お忍びでやってきているとは言っても、派手なドレスを纏い屈強な騎士を従えていれば、皇女であることは分からなくても高貴な身分であるのは一目瞭然だ。こうなると今度は店にきた人間が遠慮してこなくなってしまう。ただの営業妨害だ。
ちょっとぐらい彼女の希望を呑んでやれば、夢から覚めるだろうと思って、何度かお茶をしてみたりしたが逆効果だった。図に乗った彼女はアルフレッドも自分に気があると勘違いして無茶を言うようになった。誘いを断ると激高して扇で叩かれることもあった。
「あなた、わたくしに婚約者がいるから遠慮しているのでしょう? なら安心なさい。すぐに婚約破棄するから」
「……え?」
「今すぐには無理だけれど、そうね、年内にはってところかしら」
そう言って微笑む彼女を見て、アルフレッドは恐怖を覚えた。皇女なのだから婚約者ぐらいはいても不思議ではないが、彼女が思っているほど簡単には婚約破棄できないだろう。それに相手の気持ちなど、全く考えていない。そんな女、こっちから願い下げだ。
「新学期が始まるとすぐに収穫祭があるわ。夜は舞踏会も開かれるの。わたくしのエスコートはあなたにお願いするわ」
「え?」
「婚約者には断りを入れておくから問題ないわよ。服も全てこちらで用意するから」
そういうと皇女は満足そうに笑ってアルフレッドに背を向けた。皇女に気に入られていることだって悩ましいと言うのに、今度は婚約者という問題も立ちはだかる。
いっそのこと自分に文句を言いに来てくれたら、全て話して皇女と縁を切りたいと言うのに。
まあ、どうせ、貴族によくある「お前が悪い!」と全ての責任を押し付けられるのだろう。ほとんど手の付けられなかったケーキと紅茶を見つめ、アルフレッドは大きく息を吐いた。
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