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#28 婚約破棄
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「え? ヴィンセント様、フラれたんですか?」
俺の顔を見るなりケイシーがそう言う。普段だったら言い返していたが、そんな気力もなく俺はそのままベッドに突っ伏する。別にフラれたわけでもフったわけでもないのに、どうしてこんなにショックなのか俺はよく分からない。
「ヴィンセント様……?」
反応のない俺にケイシーが再び声をかけてくるが、俺は受け答えできなかった。
どうして俺はこんなに落ち込んでいるんだろう。
「ちょっと放っておいてくれ」
そう言うとケイシーはまだ何かを言おうとしたけれど、俺の顔を見ると一度口を閉じて、ぺこりと頭を下げる。
「分かりました」
ぱたんと静かに扉が閉まるのを横目で追って枕に突っ伏した。何もやる気が起きなかった。
それから数日が経ち、そろそろ年も明けようかと言う時、父さんに呼び出された。俺はまだ無気力に襲われていて、何を言われてもあまり考えられずにいた。来年の新年祭の話なら、俺も体調不良で休んでやろうか。なんてぼんやりと思っていた。
「失礼します」
扉を叩くと「どうぞ」とすぐに返事がある。中に入ると父さんが「お茶を用意してくれ」と使用人に命じた。
「そこに掛けなさい」
「はい」
指さされたソファに腰かけると使用人がてきぱきとお茶を用意し始めた。俺が好きなケーキなども並んでいて、父さんが俺に気を使っているのが伝わってきた。アルフレッドと遊んで以降、気落ちしていたから元気づけようとしているのか。まあ、男に告白されて、キスされて、そしてもう関わらないと言われて凹んでいる、なんて親に言えるはずがなく、そろそろしっかりしなければならないと思った。
お茶の準備が終わると父さんは使用人に「悪いが全員出ていてくれ」と言って人払いをした。
「こうして話すのも久しぶりだね、ヴィンス」
「そうですね」
「学校はどうだ? この前の定期テストではいい成績だったとケイシーから聞いた」
ぐっと、喉が詰まって声が出なくなる。テストのことはあまり思い出したくない。悔しかった、と言うのもあるが、アルフレッドを思い出してしまうからだ。胃がきゅうと締め付けられるような感覚に襲われる。
「兄さんたちほどじゃないですよ」
「お前の世代は皇女が居たり、あと騎士学校からの転入生が居たりと、ちょっと分が悪い。それに兄たちと比べなくたっていいじゃないか」
ふわりと笑う父さんを見て、こうやって甘やかすから俺が図に乗って傲慢になるのだ、と苦笑する。
「それで、皇女とのことなんだが」
どうやらこれが本題のようだ。父さんはカップを手に取って口に付ける。俺もそれを真似るようにお茶を一口飲んだ。
「ヴィンスは婚約破棄で構わないのか?」
以前、手紙を貰った時にも尋ねられていたことだ。俺の気持ちは変わっていないのですぐに返事をする。
「はい」
大人たちの間では大まかに話が決まっているのだろう。わざわざ自分の意思まで聞いてくれるなんて思いもしなかった。
「エスコートも断られ、生徒会の役員からも外されました。皇女は常にアルフレッド……、リース君と一緒に居ましたから。彼女の心をつなぎ留められなかったのは俺に非がありますが……」
「よく我慢したね、ヴィンス。他の生徒もヴィンスを理由にリース君をイジメていたと聞いたよ」
「それは……」
自業自得だ。これまで人に恨まれることばかりしていたのだから仕方ない。
「けど彼を助けたりしたんだって? 偉いじゃないか」
「そんなことないですよ」
褒められることなんて何一つしていない。俺が悪役令嬢として転生して、婚約者の前にヒロインが現れた時点でこうなることは予想できた。だからもっとうまく立ち回れたはずなのに、平穏に過ごすことばかり考えて何もかも後手に回った。
俺は何もしていない。それがどれほどの罪か、知っていたのに。
「皇女との婚約破棄は互いに汚点にはなるけれど、ヴィンスに何も非がないことは陛下もご存じだ」
「やはり影を付けていたんですね」
皇女の婚約者として常に誰かの目があるのは知っていた。知っていた上で前世の記憶が戻る前の俺は自分勝手な行動をしていたわけだが。アルフレッドが来なかったとしても、いずれは婚約破棄になっていたかもしれない。
「学校にいる間だけ、だけどね。それでいきなりで悪いだけど、陛下も新年祭が始まる前にこの件は片づけたいようでね」
つまり年内には婚約破棄をすると言うことか。アルフレッドが現れてから約半年。皇女との関係もあっさりと終わってしまった。
「分かりました。また皇宮へ行く日が決まったら教えてください」
「ヴィンスは行かなくてもいいんだよ?」
皇族との婚約は契約のようなものだ。破棄するとなればまた書面を交わさなければならない。
「けじめを付けるためにもちゃんと行きます」
「分かった。じゃあ、書類の準備が出来たら教えるね。さ、あとは楽しい話をしながらケーキでも食べよう」
にこりと笑う父さんを見て、「はい」と返事をする。
もしかして婚約破棄になるから落ち込んでいると思われているのだろうか。
俺の顔を見るなりケイシーがそう言う。普段だったら言い返していたが、そんな気力もなく俺はそのままベッドに突っ伏する。別にフラれたわけでもフったわけでもないのに、どうしてこんなにショックなのか俺はよく分からない。
「ヴィンセント様……?」
反応のない俺にケイシーが再び声をかけてくるが、俺は受け答えできなかった。
どうして俺はこんなに落ち込んでいるんだろう。
「ちょっと放っておいてくれ」
そう言うとケイシーはまだ何かを言おうとしたけれど、俺の顔を見ると一度口を閉じて、ぺこりと頭を下げる。
「分かりました」
ぱたんと静かに扉が閉まるのを横目で追って枕に突っ伏した。何もやる気が起きなかった。
それから数日が経ち、そろそろ年も明けようかと言う時、父さんに呼び出された。俺はまだ無気力に襲われていて、何を言われてもあまり考えられずにいた。来年の新年祭の話なら、俺も体調不良で休んでやろうか。なんてぼんやりと思っていた。
「失礼します」
扉を叩くと「どうぞ」とすぐに返事がある。中に入ると父さんが「お茶を用意してくれ」と使用人に命じた。
「そこに掛けなさい」
「はい」
指さされたソファに腰かけると使用人がてきぱきとお茶を用意し始めた。俺が好きなケーキなども並んでいて、父さんが俺に気を使っているのが伝わってきた。アルフレッドと遊んで以降、気落ちしていたから元気づけようとしているのか。まあ、男に告白されて、キスされて、そしてもう関わらないと言われて凹んでいる、なんて親に言えるはずがなく、そろそろしっかりしなければならないと思った。
お茶の準備が終わると父さんは使用人に「悪いが全員出ていてくれ」と言って人払いをした。
「こうして話すのも久しぶりだね、ヴィンス」
「そうですね」
「学校はどうだ? この前の定期テストではいい成績だったとケイシーから聞いた」
ぐっと、喉が詰まって声が出なくなる。テストのことはあまり思い出したくない。悔しかった、と言うのもあるが、アルフレッドを思い出してしまうからだ。胃がきゅうと締め付けられるような感覚に襲われる。
「兄さんたちほどじゃないですよ」
「お前の世代は皇女が居たり、あと騎士学校からの転入生が居たりと、ちょっと分が悪い。それに兄たちと比べなくたっていいじゃないか」
ふわりと笑う父さんを見て、こうやって甘やかすから俺が図に乗って傲慢になるのだ、と苦笑する。
「それで、皇女とのことなんだが」
どうやらこれが本題のようだ。父さんはカップを手に取って口に付ける。俺もそれを真似るようにお茶を一口飲んだ。
「ヴィンスは婚約破棄で構わないのか?」
以前、手紙を貰った時にも尋ねられていたことだ。俺の気持ちは変わっていないのですぐに返事をする。
「はい」
大人たちの間では大まかに話が決まっているのだろう。わざわざ自分の意思まで聞いてくれるなんて思いもしなかった。
「エスコートも断られ、生徒会の役員からも外されました。皇女は常にアルフレッド……、リース君と一緒に居ましたから。彼女の心をつなぎ留められなかったのは俺に非がありますが……」
「よく我慢したね、ヴィンス。他の生徒もヴィンスを理由にリース君をイジメていたと聞いたよ」
「それは……」
自業自得だ。これまで人に恨まれることばかりしていたのだから仕方ない。
「けど彼を助けたりしたんだって? 偉いじゃないか」
「そんなことないですよ」
褒められることなんて何一つしていない。俺が悪役令嬢として転生して、婚約者の前にヒロインが現れた時点でこうなることは予想できた。だからもっとうまく立ち回れたはずなのに、平穏に過ごすことばかり考えて何もかも後手に回った。
俺は何もしていない。それがどれほどの罪か、知っていたのに。
「皇女との婚約破棄は互いに汚点にはなるけれど、ヴィンスに何も非がないことは陛下もご存じだ」
「やはり影を付けていたんですね」
皇女の婚約者として常に誰かの目があるのは知っていた。知っていた上で前世の記憶が戻る前の俺は自分勝手な行動をしていたわけだが。アルフレッドが来なかったとしても、いずれは婚約破棄になっていたかもしれない。
「学校にいる間だけ、だけどね。それでいきなりで悪いだけど、陛下も新年祭が始まる前にこの件は片づけたいようでね」
つまり年内には婚約破棄をすると言うことか。アルフレッドが現れてから約半年。皇女との関係もあっさりと終わってしまった。
「分かりました。また皇宮へ行く日が決まったら教えてください」
「ヴィンスは行かなくてもいいんだよ?」
皇族との婚約は契約のようなものだ。破棄するとなればまた書面を交わさなければならない。
「けじめを付けるためにもちゃんと行きます」
「分かった。じゃあ、書類の準備が出来たら教えるね。さ、あとは楽しい話をしながらケーキでも食べよう」
にこりと笑う父さんを見て、「はい」と返事をする。
もしかして婚約破棄になるから落ち込んでいると思われているのだろうか。
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