異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ

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#37 サラリスに棲む竜

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 自分にここまでの行動力があったことに驚きが隠せない。麓は冷えているけれどまだ雪が積もっているわけではなかった。

 サラリスは帝国最高峰と言うが、さほど大きい山ではない。夏場ならば半日程度で下山まで出来るはずだ。生憎、前世でも山登りなんてしなかったから、どれほどのものかは分からないけれど。

 しかしサラリスは長い間入山禁止とされてきただけあって道は整備されていない。これから死ぬと分かっていて、この山を登って行った騎士達のこと考えると、逃げてしまったことは責められなかった。

 時折、木々の隙間から赤い月が見える。まだ空が赤い証拠だ。アルフレッドは竜の棲家にたどり着いていないのだろう。騎士のほとんどが戻ってきてしまったと言っていたから、下手すると一人で残っているのかもしれない。どんな気持ちなのか想像するだけで胸が締め付けられた。

 厳しい寒さに足先から冷えていく。かなり着込んだがじわりとブーツの先から水がしみ込んで、すでに指の感覚がない。無心で上り続けているとついに雪が降り始めた。

 フードを深くかぶって雪を避ける。宝石を台車で運んでいるおかげで轍を追って登ってきたが、雪が降り始めると痕跡が消えてしまう。まだ木々が生い茂っていて雪はさほど積もっていないが、そろそろ樹木も生えないエリアになってしまう。そうなったら俺は何を目指せばいいのだろうか。

 危険だから行かせるわけにはいかないと言ったケイシーの顔がよぎる。だが俺の中に引き返すという選択肢はなかった。

 空がようやく明るくなってきて、夜が明けたと知る。中腹ぐらいまでは上ってこれたのだろうか。上を見上げるが頂上はまだまだ遠い。雪が積もってきているせいで足場も悪く、一気にスピードが落ちた。

 グォォォォォォォ。

 轟くような咆哮が頂上から聞こえてくる。城にいたときはどこから声がしているのか判別が難しかったが、上っているとよく分かる。頂上だ。頂上に竜がいる。

 しかしアルフレッドの母親は怒っていないと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。どう考えても怒り散らしているように聞こえるけれど、印象の問題だろうか。話したら意外といいやつなんて人間みたいなことあり得るんだろうか。

 そもそも竜がいるなら魔法とか使えてもいいんじゃないか? なんて制作陣に文句までつけてみる。――空しくなってやめた。

 雪がどんどん深くなっていく。頂上へ近づくほどまるで侵入を拒むかのように。

 頂上へ近づくほど、竜の鳴き声が頻繁に聞こえた。だがまだ空は赤い。アルフレッドが交渉しているのか、それとも力尽きてどこかに倒れてしまっているのか。台車の轍は目を凝らせば分かる程度になってしまい、これが見えなくなったら俺の心は折れてしまうだろう。

「……アルフレッド」

 呟くように声を出す。

 グォォォォ、とまた竜の咆哮が聞こえた。
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